僕らまだアンダーグラウンド


 2学期。9月の第4週。木々の色がだいぶ黄色くなって、秋の気配がどこかしらに感じられる季節だった。

 夏休み後、最初の中間テストが終わってからは、特にこれといった変化はない。ただ一息ぶん、ピリピリとした空気がやわらいだかなという程度だ。

 昼休みに教室で弁当を食べながら、昨日図書館で借りてきた本を続けて読んでいた。

「ユウイチ、なに見てんのー?」
「麻雀の本だよ」
「は? まーじゃん?」

 顔をあげると、小学校からの友達、クラスメイトの滝岡《タキ》が不思議そうな顔をしていた。俺の前の椅子と机を勝手に反対向きに寄せて、購買部で買った、通称『学弁』を食べながら、眉をよせる。

「なにおまえー、誰かに借金でもしたんかー?」
「借金? なんの話だよ」
「いやなんとなく?」

 野球部に所属してる滝岡が、プラスチック弁当の輪ゴムを外す。滝岡は昔から丸坊主だ。今年の夏、3年が引退してから部長になっていた。あと一勝できていたら、全国大会にだっていけたのにと、まっしろの歯をみせて、大声で泣いていた日焼け痕は、今はすっかり元通りになっていた。

「麻雀ってさぁ、なんか怖そうなおっさん達がやってるイメージあるからよー」
「あぁ、確かにあるかもな」
「だろー? 正解料100円な」
「いや意味わからん」

 あいづちを打ちながら、母さんが作ったコロッケを食べる。すっかり冷えてしまったけれど、総菜のものと違って、具が少し大きくて美味い。

「いいから100円よこせって。100円ありゃあよ、紙パックの牛乳が手に入る! 俺のカルシウムがレベルアップすんだわ」
「バーカ。俺だって金欠だよ」

 俺たちの中学は給食がでない。ちょうど去年に廃止された。少子化の影響だとか、人件費だとか、衛生上の問題だとか、いろんな要因が重なって、そうなったらしい。

 給食がなくなったら、なにか、天変地異の次ぐらいにたいへんな問題が起こるんじゃないか。大人たちは心配していた。地元でもニュースになっていた。

 彼らのささやかな『常識』がひとつ、去年崩壊したわけだ。それで実際なにが起きたかというと、弁当の業者が仲介に入ったことでバリエーションが豊かになり、滝沢のカルシウムを含め、見えない栄養バランスが崩れたぶん、目に見えて残飯が減った。

 衛生面も安定し、原価も多少は安定した。総合的に見て良かったのではないだろうか。まぁそんなことは、俺らには、正直どうでもいいことだった。

「なんでだよー、なんで金ないんだよー」
「深い理由があるんだよ」
「麻雀と関係あり?」
「ないとは言えないな」

 最近の3DCGはやっかいだ。バーチャルの分際で、リアルのそれよりもリアルに揺れる。

 おっぱいには、それだけで男子の欲望がつまっている。だというのに、クリエイターと呼ばれる技術を持った大人たちが、如何にすれば、その男子の情欲を『より煽れるか』を分析し、顔を突き合わせ議論し、えらい大人の承認を経た上で、最新の技術を『おっぱいを揺らすこと』への許諾を得た上で、例の「ぽよんぽよん」を再現させているのだ。しかも実際には触れられないのだから、男子の妄想も加速しようというものだ。


 安かろうが。100円ぐらい。

 俺は何も失っていない。むしろ、得た。


「おいユウイチ、またなにか変なこと考えてるだろー」
「なに言ってんだよ。麻雀のことしか考えてねーよバカ」
「うそつけ。どうせエロいこと考えてたんだろ」
「お前、時々エスパーになるのやめろよ」
「なになに、二人、なんの話してるん」

 俺と滝沢が同時に反応する。今年、夏休みが明けてから転校してきた、原田《ハラダ》君だった。

「おう、ハラヤン。そっちも『学弁』かー」
「まぁ安いし。前川君は、家の弁当?」
「うん。なんか欲しいのあったら交換するよ」
「あはは。お気持ちだけで。ここいい?」
「おう。座れ座れ。椅子は隣の席のやつ使っていーぞ」
「オメーのじゃねーだろ」

 俺たちはなんとなく気が合って、学校内では、この三人でつるむことが多くなっていた。滝沢はともかく、ごく普通の常識人である俺と彼は、まだ顔を合わせて1ヶ月ということで、微妙な距離感を探っている感じだ。

「えーと、じゃあ椅子、借りてもいいのかな」

 微妙な時期の転校生ということで遠慮もあるのだろう。
 俺と原田君は無言で視線をかわした。「だいじょうぶ。なんかあったら、滝岡が悪いって事になって、だいたい丸く収まるから。そういうとこ便利だから、そいつ」「了解」

 原田君が席に座る。

「で、なんの話してたの?」
「なんかな、ユウイチがおっぱいの事で頭がいっぱいになってたらしいわ。昨日、100円がおっぱいに消えたらしい」
「滝沢《タキ》ぃ!」

 お前な。マジで時々天才になるのやめようぜ。
 そういうのやめろよ。俺たちもう中二なんだぜ。後ろの女子グループが早速「男子サイテー」とか、小学生時代からのテンプレムーブ始めてんじゃねーか。

「前川くん…」

 ほらみろ。しかも転校生キャラとの友情にも、ヒビ入っちまったじゃねーかよっ。展開が早すぎて解説が遅れたけど、原田君はイケメンやぞ。しかも転校早々、バスケ部に入ってエース級の活躍をするわ、しかも性格も良いとか、マンガみたいなハイスペック超人やぞ。ラノベやったら、異世界追放パーティ系の、かませになって主人公を惹きたてるような男やぞ。

 つまり彼と敵対するだけで、俺の平穏な中学生活は――!

「その話というのは、二次元の話かい? それとも三次?」
「え、あっ、え?」
「ごめん。僕にとっては極めて重大な問いかけなんだ。答えてくれると嬉しいな。それって、にじ? さんじ?」
「……じゃ、ジャンル的には、にじ…」
「前川くん、いや、前川」

 イケメンが手をさしだしてきた。

「僕たちは、同士だ」
「――原田!!」

 俺たちは、握手した。おたがいの肩を叩き、永遠の友情を誓った。しかし、おっぱいには、二次も三次もいいところはある。どちらも素晴らしい。そのことだけは、墓のしたまで持って行こうと、この時に一人で誓った。

「で、ユウイチ。おまえまた、なんで麻雀はじめたん?」
「強引に会話戻しやがってくれてありがとうなトラブルメイカー。うちの常連のじいちゃん達がさ、麻雀ハマりはじめたんだわ」
「そうなんだ。前川の家って、なにかお店やってたんだっけ?」
「床屋、散髪屋だよ。原田」
「散髪屋かー。カットでいくら?」
「うちはシャンプー込みで、2500円から」
「たか――あ、ごめん。普段は安いチェーン店で。そっちいってるもんだから。ほんと悪い意味じゃなくてさ」
「いいよ。気にするな」
「うん。ごめんな」

 原田は、本当に申し訳なさそうな顔をした。まぁ確かに、カットだけで1000円の散髪屋に通っていたら、高いと思う気持ちはわかる。俺もうちの台所事情はそれなりに把握しているし、原田もやっぱりなにかしら、家庭の問題があるのを察していたから、そろって笑い流した。

「原田も坊主にするだけなら、500円やぞ。そこに店主がおる」

 それでもって、滝岡は、どこまでも安定の滝岡だった。へへへと笑って、自分の頭をぺしぺし叩いている。俺もわざとらしく眉をひそめた。

「滝岡サーン。その店は2年前に、どこかのお前のせいで無期限休業になったって覚えてる?」
「まーまー、細かいことは気にすんなよ。親友」
「どういうこと?」

 事情を知らない原田が首をかしげ、自称親友は語る。

「俺らが小6の時によ。ユウイチが電動バリカンで、友達の髪ならカットしてもいい的な許可を、親からもらってたんだよ。んで、その料金が500円でさ」
「なるほど」
「んでよ。俺が、オカンによ。ユウイチんとこで髪切ってくるいうて、いくわけじゃん? そしたら三千円もらえんじゃん?」
「基本料金が、2500円だから?」
「そーそー。でも実際は500円だから、浮いた金で、二人で豪遊するわけよー」
「……本当はそれも、滝沢のお母さんに話した上で、許可が取れたらって話だったんだよ。だけどそいつ、お母さんには話を隠してて、いつも通りに三千円もらってたんだよ。俺には許可もらったってウソついてさ、それで結局、余分に金もらってたのがバレて
その炎上の余波が俺まで届きましたとさ」
「あはは。それで前川、休業したんだ」
「そういうこと。営業妨害しといて、親友呼ばわりだからね。原田も気を付けた方がいいよ」
「確かに。ヤバそう」
「おう。これからも頼むぜ。親友ども」
「いやふざけんなって」

 俺らは二人、わざとらしく首を振ってみせた。滝沢はいつもの調子で、学弁の残りを口に入れて、飲み込んだ。

「だけどさ、前川って、そんな小さな頃から、仕事道具を持たせてもらえてたの? 美容師免許? とかは?」
「ん、本当は免許がいる。一応、小学生にあがってからすぐ、親の手伝いはしてたけどね。それで6年の修行を経て、バリカンだけはクラスメイト限定で許されてたんだけど…」
「そうそう。前川の腕前、普通に大人と変わんねーからー」
「いやだから、おまえは反省してんの?」
「ほめてるからチャラだろ。プラマイゼロだぜ」
「俺理論やめてくれません? まぁ一応、小学生の頃から毎週、カット練習用のマネキンで、練習はしてるのは本当だけど」
「さすが! 前川祐一! 我が親友に相応しいッ!」
「せやな。おまえが俺を休業状態に追い込んでなかったら、今ごろ、滝沢や原田の髪も、500円カットできてたかも」
「…前川サン、コイツいっぺん、ヤキ入れといていいすか」
「重石つけて沈めとけマジ」
「サーセン! 原田の目がちょっとマジでヤバくてサーセン!!」

 ノリでアホな会話をしたあと、もう一度、滝岡が聞いてきた。

「でよー。また話ホームバックすっけど、常連のじいさんが麻雀やってるから、なんでユウイチまで、麻雀覚えなきゃいけねーの?」
「なんでって。機会があったら、打てるかなと。またうちの店に来てくれた時に話題にできるかもしれないし」
「そんだけ? そんだけで、その本読んで、勉強までしてんの?」
「そうだよ。ルール見ながら、ネットでも打ってた」
「ぱねー。俺には無理だわ。そういうのってさ、まず自分が興味ないと覚える気にならんくね?」
「いいや? まぁ、付き合い的な意味はあったけど、中間終わってちょい余裕あるし、ええかなって」
「シャカイジンかよー」

 滝沢が一人言って、つまらなそうに頷く。

「祐一は昔から、そういうとこ変わっとるよなー」
「確かにね。その点は滝沢に同意かな。僕もやっぱり、自分に興味がないと、そこまでやろうかなって気にはならない。普通の勉強はまぁ、必要だからやろうと思うけど」
「そう? 自分では、あんまりわかんねーなぁ」

 答えあぐねていると、


「……麻雀……」


 首のうしろから。なにか、チリチリと、ヒリつくような視線を感じた気がした。気になって、ゆっくりと振り返る。

「……」
「……」

 そこには、俺たちと同じように、気の合うクラスメイトと食事をしている女子がいた。さっきの「男子ってサイテー」を思いだして、ちょっと気が引けた。

 その中で目があったのは、背中の途中まで伸びた、長い黒髪が特徴的な女子生徒だった。

(西木野さん?)

 髪型的な意味合いで、おとなしそう、やさしそう、物静かな子、あるいは優等生という印象が強い。全体的な線も細くて、肌もどちらかと言えば、色白だと思う。胸は、まぁ、ひかえめかと。

「……」
「……」

 実際クラスメイトの『西木野そら』さんという女子は、普段接点のない俺のような男子にも、外見的な印象と中身が、そんなに違いのない印象を与えていた。

 2年生にあがったばかりの春先。最初の自己紹介の時に「趣味は読書です。小説が好きで図書館にも時々いきます」と、落ち着いた、静かな口調で語っていた。きっと俺だけでなく、クラスの大体が「あぁ、そんな感じだよな」と納得したと思う。

 ついでに言うと、男子の間で時折話題にあがる「うちの学年で一番カワイイ女子誰よ」ランキングでは、結構な有力候補として西木野さんの名前があがってくる。

 俺も意見を強制された場合、同調圧力という名の権力に屈しなければならないと感じた時は、彼女の名前を出したり出さなかったりする。

 胸のサイズは、確かにひかえめだが、この場合の模範解答としては、クラスで影響力高めの、健康的なおっぱいギャル系JCを答えるよりは、彼女の名を提示したほうが、後々で傷口を広げない可能性が高いからだ。

 とにかく「普通にカワイイと思うけど?」な女子と目が合った。こっちが西木野さんのことをたいして知らないのと同じ程度に、むこうもまた、こっちの事なんて、なにも知らないはずだった。

「……」
「……」

 西木野さんは、ちょうど、鶏のから揚げらしきものを、口にしたところだったらしい。ぱくりと、肉が口内に入り、一度そしゃくされる様子を、なんとなく見やってしまった。

 そこでおたがい、なにか気まずくなって「あ、どうも…」といった感じで、示し合わせたようにおじぎして、目をそむけた。

「ユウイチ? どしたん?」
「いや、なんでもない」

 半年間、同じ教室に通った、苗字と名前だけは知ってるクラスメイトの女の子。たぶん卒業までその関係は変わらない。

(もしかして、麻雀やってんのかな?)

 なんとなく『麻雀』という単語に反応していた気がするから、俺と同じで、ちょっとした興味ぐらいあったのかもしれない。

「それよりよー、昼飯も食い終わったし、ユウイチ、ハラヤン。昼休み終わる前に『LoA』やろーぜ!」
「いいね。前川はなに使う?」
「俺はサポート一筋だから。タンクのアーサーでも使うかな」
「よっしゃあ、キル取りはまかせなっ! アサシンのシャドウでいくぜっ!」
「じゃあ、こっちはメイジのマーリンで」
「昼休み残り13分か。マジギリギリ一戦できるかってとこだな」
「レイトゲームになっちゃったら、降参だね」
「よっしゃ、ソッコーケリつけるわ」

 俺たちはそろって『学校指定のスマホケース』を取りだした。
 スマホの所持に関しては、学校によって違っている。先生たちにとっては悩みの多い問題らしい。これも朝のニュースで聞いた。


 大人にとっては、信じていた常識の崩壊。大問題。

 俺らにとっては「なにが問題なのかよくわかりません」。


 ウチの中学は『昼休み』と『放課後の校舎外』限定で、スマホを触っても許されることになっている。それ以外の時は、こうして専用の『学校指定のスマホケース』に入れておかないといけない。

 そうでないと、強制的に没収される。だけどそうしたルール上の隙をついて、昼休みは、基本無料のアプリゲームを遊んでいる男子が大半だった。

 問題はネット回線だけど。そこはまぁ、自前のモバイルwi-fiなんかを、上手く隠し持っていたりする奴が必ず一人はいるのだ。

「あれっ? いつものアクセスポイントがないね」
「げぇ、マジかよ!? ゲームできねーじゃん!!」
「生活指導の赤木先生に見つかったんかな。こっちは? 線3本立ってるけど」
「無理だわ。普通にパスかかってるしよー!」
「それ、俺と同じ男バスの人かも。名前がラインのアドと一緒だから。試しに生年月日の8桁入れてみよ――あ、入れた。パス言っていい?」
「原田サン、あざーす!」
「さすがっす。ゴチになります!」
「二人とも、貸し1なー」
「「ウィース!!」」

 持つべきものは、スーパーハッカーの友達だった。それと、セキュリティ意識の低い一般人、同級生であるとなお良い。

 ただ乗りした端末の回線に乗って、今、全世界で流行しているゲームアプリを立ち上げた。


【Legend Of Arena
 レジェント・オブ・アリーナの世界へようこそ!!】


「レートとフリマ、どっちいく?」
「そりゃレートに決まってる」
「じゃあ、レートで」

 LoAの略称で知られる『レジェンド・オブ・アリーナ』は、今スマホでもっとも『アツイ』と言えるゲームだった。コラボとして、日本のゲームメーカの、有名キャラクタも多数参戦していた。

 LoAは『3人1チーム』で、自分が得意なヒーローを選び、相手チームと対戦をする形式のゲームだ。野良のマッチングではなく、知り合いや友達とパーティを組むのを『バースト』と呼んで、3バ、なんて略したりする。

「滝岡《タキ》ランク落ちてるじゃん。昨日Aだったのに、Bマイナスて。8連敗ぐらいした?」
「そうそう。昨日さぁ、寝る前に『野良』で何戦かやったら、味方が弱すぎて連敗したんだわー。マジキレそう」
「野良はやめときなよ。連携がとれないし」
「まぁそうなんだけど、サポートがさぁ、全然こっちの動きに合わせてこなくて、気づいたら1:3でボコられて死んでさー」
「滝岡は突っ込みすぎるから」
「確かにね。前川のサポは上手いから。野良で、普段の3バのつもりで戦闘したら、やられるよ」
「原田はやっぱわかってるんだよなぁ」
「なんなん? おまえら二人、ひどくね? あーもうムカツクわマジで。10キル取ってキャリーするから見てろよ感謝しろ!」
「前川、彼のフォローよろしく」
「原田もね。滝沢が単身突っ込みすぎてたら、無理せずに見捨てようか」
「終盤まで耐えて、逆に相手が突っ込んできたところをキル取ってワンチャンってとこだね、了解」
「原田はほんとわかってるんだよなぁ。助かる」
「おまえらなぁ!! 頼りにしてるから、失ったランク上げよろしくなぁ!!」
「オッケー。俺に任せとけ」

 そんな感じで、ゲームが始まった。
sage