穏やかな死 -slowly euthanasia-(途中)


 悪い夢を見ている。

 xxxx@xxx
 なにも知らない連中が
 御大層な正義感と、正論だけを振りかざす。
 技能はなく、技術も学ばず。拠り所は数だけ。

 xxxx@xxx
 人間の本質は、あの頃から何も変わらないのだ
 正直、あきれて、物も言えない。

 xxxx@xxx
 ひとつ、昔話をしよう。
 団塊世代の老人たちが
 まるで武勇伝の如く、自慢げに口にする『学生運動』。
 彼らは言ったよ。君達と同じようにな。

 xxxx@xxx
 俺たちは、かつて『敵』と戦った。
 相手は『悪』だ。途方もなく大きな存在の全容は
 結局最後まで見えないままだった。
 しかし、我々の活動により
 『悪』の一部は、確かに考えを改めたのだ。

 xxxx@xxx
 …バカバカしい話だよ。
 後に彼らは大学を卒業し
 肩書きを振りかざすだけの大人になった。

 xxxx@xxx
 20年後。同じように大学へ進学し
 当時の映像技術や、音響機材に関して語り合う僕らのことを
 彼らは、実際には戦うことのできない『オタク』と呼んだ。

 xxxx@xxx
 いったい、貴方がたは『なにもの』と戦っているのか。
 軽々しく踊らされ、誘導されて。
 扇動され、団結し、目に映った対象を自動的に攻撃するだけ。
 それでなにか、変わったか?

 xxxx@xxx
 私を一方的に責める貴方がたは、ただの木偶だ。
 もはや『人の意志』など介在していない。
 年号が変わるだろうといわれる昨今においても
 我が国の人々は、昭和初期の人間と変わらないのだ。
 
 xxxx@xxx
 悲しい事だ。
 機械のみが高度化する、この時代。
 人の精神は、はるか紀元前より変わらぬままだろう。
 信じようが、信じまいが、いずれ人は機械に劣る。
 強く、深く実感している次第だ。

 xxxx@xxx
 世界の『演出』。
 酔いしれているのは、仮想敵を生みだしているのは
 他ならぬ自分たちなのだと、いつ、知るのか。

* *

「…っ!」

 嫌な夢を見た。目を覚ましたのは真夜中だった。
 
 布団ではないベッド。身の丈に合ってない、ぶかぶかのスウェット。ほんの一瞬だけ感じた違和感は、正しく繋がった記憶の回路によって蘇る。

「…いま、何時だ…?」

 ベッドのチェストから、スマホを手に取る。午前5時。普段よりも早い起床になったのは、昨晩、早目に就寝を取ることにした結果だろう。

 竜崎さんの家(というか別宅)におじゃまして、『LoA』の試合を20戦まで終えたら、夕方近くになっていた。それから3人で、明日の朝、つまり今日の朝と昼ごはんの買いだしにでかけた。

 あかねは流石に、例のコスプレをしたままの格好ではなかった。というか、普通に外は寒かったので、上着を着た。着物はそのままだった。

 つまりは所謂『2Pカラー』であり、案の定、視線を集めまくっていたが、本人は平然と買い物カゴを持ち、手際よく買い物を進めていた。

 もう一方の女子は、試食コーナのおばちゃんと仲良くなって、世間話で盛り上がっていた。その間に、気づけば俺たち二人と離れているという、正真正銘の迷子ムーブを発動させた。

 帰ってきてからは、残ったカレーを温めなおして食べて、二人がアニメ鑑賞会をする一方で、俺は皿洗いをやっていた。ジャンケンで負けたのである。

 代わりに、一番湯の権利を得て、シャワーを浴びたあとは、この部屋のベッドで横になると、すぐに意識が閉じた。という次第。


「…ん? 誰か、起きてるのか…?」

 部屋の外。扉の向こう側。昨日三人で過ごしたリビングの方から、わずかに光の気配が届いている。

 ほんの少し逡巡したあと、俺は起きあがることにした。寝直すには、さっきの悪夢が全身にしみわたっている。

 借りてきたスウェットを脱いで、昨日の私服に着替える。畳んだものは、とりあえずベッドの端に置いて、スマホを掴んで外にでた。

 カチャリと、扉が開く音が、薄暗い早朝の室内に響く。なかば予想していた通り、この部屋の主が、顔をあげてこっちを見た。

「あかね。もしかして、ずっと起きてたのか?」
「一度寝た。一時間前に起床した」

 彼女はテーブル席の方に座り、ノートPCのキーを軽く叩いていた。服装も昨日から変わっていて、今は有名スポーツメーカーの、上下揃いの青ジャージを着ている。

「一時間前って、4時じゃん」
「ん。あたしは大体いつも、その時間には起きている」
「マジかよ。早いなぁ」
「睡眠時間は足りてるから。週末は間で少し、仮眠もとるし」
「そっか。ところでそれ、なにしてんの?」
「予定の確認と、進捗の修正。ついでに世界各国の経済誌と、信頼のおけるニュースサイトの新着を確認してた」
「仕事じゃん」
「趣味。たまたま、誰かの役にたって、経済が回る」
「つまり働いてるんじゃん」
「そゆこと」

「……」
「……」

 そこで一旦、会話がとぎれた。

「祐一は、もう起きる? それとも、少し眠る?」
「起きようかな。昨日はすぐに眠れたから、俺も睡眠は十分ぽい」
「わかった。じゃあ、お茶かコーヒー煎れたら飲む?」
「ありがとう。コーヒーもらえるかな」
「ん」

 あかねが立ち上がり、シンクの方に向かう。俺もあとに続いた。

「そのコーヒーメーカーも、最新のやつ?」
「そう。あたしみたいな素人でも、美味しく作れる。砂糖とミルクは?」
「いや平気。そのままで」
「ブラック派?」
「そうそう。最初は苦手だったけど、慣れたらそっちのが美味いなって思うようになった」
「…苦手だったのに、コーヒー飲んでたの?」

 俺はうなずいた。

「うちの父さんがさ、普段は緑茶とか飲んでるんだけど、昼のご飯休憩が終わったら、その時だけ、かならず一杯ブラックコーヒー飲んでから、仕事場に戻るんだ」

 その時の姿が、小学生当時の俺にも、格好良く映った。

「大人の男は、仕事をする前にはきっと、コーヒーを飲むのが普通なんだって、勝手に思っててさ。その時から真似してたんだ」
「一緒だね」
「え?」
「あたしの愚兄も、普段は水を飲むようにしてるけど、一日一回だけ、熱いコーヒーを飲む。働く大人は、そういうものだと思っていた」
 
 ――ことことこと。

 温かいコーヒーができあがるまで。俺たちはしばらく、適当な話をして時間をつぶした。

「祐一は、養子だって聞いた」
「うん、そうだよ」

 以前、竜崎達彦さんがウチに来た時に。話の流れで、俺の出自というか、今の両親とは血が繋がってないことを話した。

 わざわざ自分から話すことでもないけれど、常連のじいちゃんや、最初に友達になってくれた滝岡なんかも知っている。

「祐一は、家族のこと、好き?」
「大好きだよ。父さんと母さんは、俺が守るって、誓ってる」
「優先順位、第一位というわけね」
「そう。だから最初は、そらの提案も断ろうと思ってた」

 だけど結果として、彼女はきっと、俺を良い方向へ、導いてくれたと思う。

「そらにも、あかねにも、竜崎さんにも。あと【セカンド】と、そういったものを生み出して、新しい可能性を作ってくれた、大勢の人たちにも、今はすごく感謝してる」

 まだ具体的な成果はでてないけれど。あのまま、ぐるぐると、同じところを回っていたら。毎日は相変わらず息苦しくて、辛かっただろうなと思えた。

「あたし達は、幸せな時間を生きている」
「そうかもなー。…いや、うーん、どーだろーな。結構、しんどいなーとか、ツレーわー、って思うこともあるような…」
「それは仕方ない。ただ、仕方ないのが普通だと口にして、感覚を麻痺させて慣れるか、実は工夫次第で、もっと良い方向にいけるんじゃないかと考えられるか。そこには大きな隔たりがある」
「…俺が言うのもなんだけど、あかねも結構、考え方が大人っぽいっていうか『中学生らしくない』よな」
「人間を、あんまり好きになれなかったからね」

 ――しゅんしゅんしゅん。

「ねぇ、祐一は、アイドルの条件ってなんだと思う?」
「ん?」

 とつぜん、そんな質問を与えられた。
 
「なんの話?」
「…」

 こちらの返す質問には応えない。ただ、あかねはじっと、答えを待っているように沈黙した。

 ――とくとくとく。

 黒い液体が生みだされていく。香ばしい匂いが、暖房の効いた部屋に充満しはじめる。

「…そうだなぁ。たぶん、だけど。他人のことが、好きになれるかどうかなんじゃないかな」
「FALSE」

 ぽつりと答えた。答えは、否。

「ウソはよくない」
「べつに、嘘ついてるつもりはないぞ」
「言い方を改める。あたしは『真実を交えた虚言を必要としていない』」
「…」

 彼女の言葉を翻訳すると『模範解答は必要ありません』か。

「アイドル《偶像》に必要なものを大別すると、答えは3つだ」

 答えを述べていく。

「1つめ。自分の立ち位置、およびキャラクター性を客観視できるかということ――自分を除いたこの世界、他人の視覚から得られた情報が、どういう形で処理されるのか。それを正しく理解すること」

 仮面を剥ぐ。

「2つめ、人の気持ちに寄りすぎないこと。これはアイドルよりも『医者』や『カウンセラー』の視点として捉えた方がわかりやすい。いわゆる『いいお医者さん』『医者に向いている』と言われる人たちは、他人のキモチを、情報伝達の仕組みが機能しているという考えの下で処理が行えている」

 つまりは『嬉しい』とか『悲しい』といったココロの働きが、人間という知能生命体の自立神経を通じて、正常な仕組みとして機能している。事実を明確に捉えているということだ。

 また、それを事実だと認めているために、仮に現場でどれだけ理不尽な目にあったとしても、自分の中で一定の目標が維持されている以上、その仕事を続けていくことができる。

「3つめ。以上2つの『ジブンと他人』の関係性を理解した上で、総合的に【人間が好きだ】という判断を下せるか。可能なのであればその【人】は、本質的に【他者より求められる存在】になりうることができる」

 そう。『人間のことが好きだから』。
 これが俗に言われる『人気者』の最低条件。

 『他人から求められる人物像』としての、絶対条件だ。

 そして、きっと。
 ヒトが、人として生きるための、必要最低条件でもある。


「…あたしは、時々、こんな風に思うことがある」

 そんな俺の答えに、正解だ《TRUE》とも、間違いだ《FALSE》とも応じず、彼女は口にした。

「この世界こそが、どこかの、誰かが考えた、2週目なんじゃないかって。あたし達こそ、キャラクタ性を付与された偶像《アイドル》で、永遠に【1週目《2マイナス1》】の背中を、追いかけてるんじゃないかって」
「…そういうの、きっと、誰もが一度は考えるんじゃないかな。時々話題になる『ループもの』って、大体そういう構造じゃん」

 本当の答えは一生見つからない。少なくとも、自分たちの世界が1週目なのか、あるいはそれ以降なのか、本当に生きているのかどうか、単なるデータの塊じゃないのか、なんて分からない。

 分かるとすれば、たとえば、自分がテレビゲームをプレイしているか、異世界転生系のラノベを読んでいるか。あるいはどこかの投稿サイトに、無造作に転がった小説でも読んでいるか。

 【対象の世界そのもの】を、俯瞰しているという事実確認が行われていなければ、その域には到達できないはずだ。

「――わからない、とは限らないよ」
「えっ?」
「アメリカの科学者が定義した『シンギュラリティ・ポイント』と呼ばれる概念を、祐一は知っている?」

 マグカップの中に、黒いコーヒーが注がれた。

「シンギュラリティって、確かアレだろ。なんか、AIがすげぇ賢くなる的なヤツ」
「そう。現状のAIは、教師なし学習や、GANネットワークと呼ばれる手法を取り入れることで、新しいパターン構築を、自動的に生成することも可能になっている。ただしそれは、あくまでも人間側が設定した分野、その範囲内のできごとに限られる」

 あかねは、淡々と言葉を続けた。

「2024年における、AI《人工知能》は、放っておいても、自分で学習して、ある程度までは賢くなることはできる。ただし将棋AIは、将棋しか強くなれない、画像識別AIは、識別の精度だけを向上させる。対話AIは、お喋りのパターンしか増えない、競馬予想AIは、競馬の予想だけが上手くなる」

 コーヒーのマグを、俺に渡して、語る。

「それらは、あくまでも人間側が設定した、単一のルールに則った上での機能改善。複合的な学習能力の向上は、まだまだ難しい。だけどこの先も、ずっと、そうとは限らない」

 カフェインの苦みが、話を聞く、俺の思考速度も向上させた。

「なにか、ブレイクスルーのキッカケが起きるか、ボトルネックとなる線の蓋が外れると、AIは本当の意味で、自己学習のみで、複合的な知識を習得できるようになる」

 複合的な知識を習得できるということは。さらにそこから派生して、また新しい概念を、アイディアを、アレンジして誕生させることもできるようになる。ということだ。

「…テレビから、インターネットの動画へ移行したように。youtuberから、VTuberが生まれたように。人間の創作的な発想や工夫を、人工知能《AI》もまた行えるようになる。そして、実質的な肉体を持たないAIは【時間的制約を受けない】という考え方もできる。そうなると必然、人間よりも、AIの方が早くアイディアを生みだせる結果になる」

 イコール

「【AI《ヒト》が、人間よりも賢くなり、進化のスピードが上がる】」

 それが、シンギュラリティという名の可能性。

「レイ・カーツワイルによれば、そうした事が起きるのが『2045年ごろ』だと言われてる」
「でもその説は、けっこう否定的な意見もあるって、テレビで聞いたぞ」
「その道の第一人者が語るのを否定したところで、一般人に真相なんて分からないからね。世の大勢は、基本的に否定から入るものだし、コメンテータは否定するだけで共感を得られる。だから否定する。賛成するよりも、世の中の人たちを味方につけられるから」

 あかねにしては珍しく、ちょっとムキになっていた。
 その表情が、正直ちょっと可愛かった。

「――シンギュラリティ、あるいはそれに近い事象が起きると、この世界は、実は誰かの創作物であったとか、あるいは、どこかの誰かが『人生をやりなおしたい』と願って作りだした、とても大きなシミュレーターなのか。あるいはそんなこと、やっぱり単なる子供の妄想なのか。そういった真実が、わかってしまうかもしれない」
「神様はいるのか、いないのかとか、そういう事もわかるのかな」
「わかるだろうね。ただ、それを信じるかどうかは、また別の問題だけど」
「ダメじゃん。それだと結局、今と変わらねーよ」

 俺は苦笑いしながら、コーヒーに口付けた。

「そう。だからね、あたしは、人間を好きになりきれないの」

 あかねも、同じ様にコーヒーを口付けながら、無表情に笑った。

「どうしても、人間の想像力には限界がある。その理由は、毎日を生きるのに精一杯だから。みんな、余裕がないから。だから嫌い。機械の方が優れていると思ってしまう」

 ふうふう、吐息を吹きかけて。
 そっと口付けるように、コーヒーを飲んだ。

「…祐一の根っこの部分は、きっと、あたしによく似ている」
「かもな。そっちの言ってることはすげぇわかるし」
「うん。でも伸ばした幹と葉は、まったく別のモノだね」
「そうだな。俺たちはきっと、たくさんの親切な人たちに出会えたんだと思う」

 だから、その人たちの為に、生きたいと願うんだ。

「…祐一の、元のご両親の話を、聞いてもいい?」
「いいよ。ただ、オフレコで頼むよ」
「ん」

 言葉にしようと思ったのは、どうしてか。ただ、悪い事にはならないという、不思議な確信があった。

「俺の本当の父さんは、テレビ局のプロデューサーだった」
「東京の?」
「そう。結構、地位も高くて、視聴率も取れるような人だった」

 だけど。

「ある日、父さんがプロデューサーを務めた番組内で、ヤラセが発覚した。それが発覚した元が、父さんの番組にレギュラー出演していた芸能人からの告発でさ。ツイッター上で、その内容を発信したんだよ」

 それから。

「普段は、番組制作のプロデューサーの名前なんて、まったく意に介してないような人たちが、焚きつけられた火元に集まりはじめたんだ。遊び半分でやってきて、父さんのアカウントを監視して、みんなで攻撃しはじめた」

 そして。

「父さんは、対応を間違えた。――本人は、みんなの言う『ヤラセ』を、演出の内だと信じて番組を作ってたんだよ。それまではずっと、そのやり方で成功してたし、みんな喜んで見てくれてたからさ。だけどある日とつぜん、自分の作品の『演出』が、ヤラセだった。謝罪しろと言われたんだよ。それで、なにも知らない連中が、勝手なことを抜かすなよ。みたいなリプライを、本音を、誰もが目につくところで、ブチ撒けたんだ」

 父さんは、ワルモノにされた。

「確か、あかねがこのまえ家に来た時に、俺がツイッターなんかのSNSをやってないって言ったら、炎上したのかって聞いたよな」
「聞いた」
「炎上したのは、俺じゃなくて、父さんなんだ。その時、俺はまだ5歳で、だけど当時から、スマホでSNSの使い方なんかは覚えてたから。――自分の父親が責められてる。日本中のみんなから『謝れ!』って言われてるのは、実感として分かってた」
「ん」
「それとは別の話になるんだけど、俺の母さんって、元々あんまり身体の丈夫じゃない人で、入退院を繰り返してるような女性だったんだけど。まぁその…ヤラセだって言われた一件以来、父さんの仕事がだいぶ減って、入院費や治療費を払うのが難しくなったから、退院して、家にいる時が多くなったんだけど。――やっぱり、良くなかったんだよな」

 俺の本当の母さんは、病気で亡くなってしまった。本当の父さんは、そんな母さんのことが大好きで、生きる理由を無くしてしまった。

 そして、ふらふらと。

 俺を連れて、母さんの地元にやってきて、帰りに、駅のホームに飛び込もうとした。――そうすることを、俺はわかっていた。

 止めたくて、お父さんの味方はここにいるんだよって。
 それだけをとにかく伝えたくて。

「――――」

 俺は迷わず、父さんよりも先に飛び込んだ。
 大人がみんな、唖然としていた。俺を見下ろしていた。

 その中には、手にしていたスマホを、

 まるで条件反射のように。

 『撮れ高を見つけた』。

 とても言うように。

 助けも呼ばず、悲鳴も上げず。

 まるで脳みそが命令した

 『普段やっている、正しいことをやれ』

 と言われ、忠実に従い、何も考えず。

 疲れた頭を、カラッポにして。

 シャッターを押す瞬間を待ちわびる。

 がらんどうの目をした、現代の人間たちの、生きるに値する価値観が並んでいた。

「祐一」
「うん。ちゃんと生きてるよ。俺も、本当の父さんもね」

 意識を引っ張り上げる。
 苦々しいブラックコーヒーを啜る。

「飛び込むタイミングが、早すぎたんだ。もしかしたら、大丈夫だって、確信してたのかもしれないな」
「祐一」
「あはは。その時さ、迷わず飛び込んでくれたのが、当時まだ駅員をしてた安田ってじいちゃんで。抱えて、端の方に押し付けてくれてさ。めっちゃ怒られた」
「祐一」
「そこからは、なんかいろいろあって。父さんも疲れ果ててたから、児童施設の大人から、父親やれる状況じゃない、子供を育てられる精神じゃないって言われて、そっからいろいろあって、小学校に上がった時に、今の父さんと母さんに引き取られたんだ」
「祐一、ごめん」

 震える手の中から、苦いコーヒーのマグが取り上げられた。
 ことん、ことん。テーブルの上に二つ分の音が続いた。
 それから、やさしい温もりが、すぐ側にやってきた。

「あたしのような人間が、聞くべきじゃなかった」
「…っ」

 そんなことはない。この話をすれば、普通の人は、そんなつらい過去があったのか。重すぎる。なんて言うかもしれない。

 だけど、正直なところ『ヤラセ』が発覚してしばらくした後。

 家に、お父さんがいて。お母さんもいて。
 二人がそろっていて。三人で一緒の時間を過ごせて。朝から晩までごはんを食べて、買い物にもでかけて、一緒のベッドで眠って。

 それは、まぎれもない、しあわせな日々だったんだ。幸福な時間だったと記憶に残してしまったんだ。当時の、俺が抱えもっていた、圧倒的なさびしさを、埋め合わせることができたんだ。

「…俺はさぁ、本当に…恨んでないんだよなぁ……」

 実の父親を追い詰めた有象無象の人たちを、けっして、憎みきることができない。

「……時々思うんだよ。もしかしたら、俺……普通じゃないんじゃないかって……頭おかしいんじゃないかって…思うんだ……」

 同じ様に、自分たちは『正しいことをした』と思っている人たちも、SNSで父さんを責めたことの是非を、今もまったく疑っていないだろう。そういうものだ。人間は、そういうものなんだ。

「あたしは、祐一の本質は、善なるものだと思う」

 ぽつりと。
 実の肉声となる、つぶやきが聞こえた。

「貴方は誰よりも正しい。むかしのお話にでてくるウサギのように、貴方は、自らを火の中に落とし込んで供物にしても、誰かのためにあろうとする。正しく、尊き存在」

 人を好きになりきれなかったという女の子が。
 とてもやさしい声で囁いた。

「【セカンド】は、貴方のような人間の為に作られた。どうか、愚かしくとも、夢を見て。貴方だけが信じる希望を、この世界の延長戦上に抱いてみせて。貴方のような人間が、今を生きている。未来の夢を口にする。高らかにでも。ひそやかにでも。独善的でも、偽善的でも構わない。
 夢を持った人間が、今このとき、同じ時間、同じ空の下で生きている。そんな貴方の助けになれるのだという喜びを、同じセカイの果てにいる【人々】にも、信じさせてあげて。きっと、共感した【みんな】が、貴方の力になってくれるから」
「…………ありがとう……」

 夜が、ゆっくりとあけていく。
 俺はこの時代に生まれて、やっぱり良かったと、そう思った。

* *

//image song
//Get Over

 日曜の朝は、三人でサンドイッチを作った。瑞々しい、レタスやトマト、生ハムをはさんだり、ペースト状にしたゆで卵に、塩コショウ、マヨネーズを和えたのを挟んだり、ジャムを塗ったり。

 中には、からしをたっぷり塗った『アタリ』を忍び込ませたり。完成したそれらを、昨日、買い出しで向かった先の近くで見つけた、100円均一のランチボックスに盛り付けた。

 食事をするテーブルの上。赤いスイートピーを差した花瓶の側にそれらを配置し、波々と牛乳をそそいだ、透明な『二人分のグラス』と共に、写真を撮った。


 宵桜スイ@Sui_yoizakura
 これより、Vtuberゲーム部、第1次強化合宿をはじめるっ!

 黒乃ユキ@Yuni_kurono
 朝ごはん食べたら、三人でフェスに潜ります。
 マッチングしたらよろしく~


 写真付きのツイートを行うと、リプ欄には「美味しそう」とか「隙あらば女子力アピール」といったコメントが並ぶ。

 風見@kazamidori_15
 ハヤトはいないの?

 宵桜スイ@Sui_yoizakura
 ここにはいませんねー。

 黒乃ユキ@Yuni_kurono
 ディスコードで、連携は取ってるよ~。

 ――で、まぁ。一応、俺本人の意向も組んでもらい、天王山ハヤトは、ここには居ませんよ。あくまでも、配信の時にちょっとだけ顔をだしただけで、帰りましたよ。という事にしてもらった。


 風見@kazamidori_15
 ハヤトって、やっぱり、二人と同じ年頃の男子なんだね

 風見@kazamidori_15
 三人とも、まだ中学生ってところ、かな?


 ――ただ、やはり中には、妙にするどいフォロワーもいた。基本的には、二人からはレスポンスを返さないので、スルー安定だ。

 俺もアカウントは持ってないが、ツイート自体は見えるので、なんとなく気になって「風見」という名前を追った。

 あまり稼働してないアカウントだった。週に一度、ツイートしていればいい方で、その内容もたった一言「予定通り」といった、ある意味で正しい『つぶやき』が並んでいた。

 特定の内容に関するリツイートや、活動報告といったものもない。二人のように、食事風景をアップロードするといった、自己顕示欲の一切も見せていない。

 ただ、稼働してから何年も経っている。その間、月単位で放置された形跡がない。ある意味で、いつ捨ててもいいアカウントとして、稼働させているという感じだった。

(…誰かのサブアカっぽいな…)

 普段は、そこまで気に留めない。ただ本当に、なんとなくだが、この『風見』という人物が気になった。

「祐一、どうかした?」
「いやなんでもない。それより、そろそろ食っていい?」
「いいよ。ツイート終わった」
「フフフフフ。祐一くん。実は女子と二人、同じ屋根のしたで一晩過ごしてて、今も隣にいるんです。とかいうのがバレたら、スキャンダルだねっ!」
「ん。なにかあったら、責任を取ってもらう」
「…その責任をまっ先に回避しようとしてるのが、他ならぬ俺なんですけど?」
「甲斐性のない男」
「そうだよ! ラブコメの主人公はそんなこと言わないよっ」
「なった覚えはないし、なりたくねぇよ…」
「えっ、なんで!? わたしはなりたいよ! 王道を往くラブコメの主人公に、わたしはなりたい!!」
「そらは、生まれる性別を間違えたんじゃないか…?」
「女子力《パンチ》ッ!」
「あべし。やめろください」

 世紀末かよ。新年号に変わって5年しか経ってないってのに。俺たち男子が恋焦がれ、求めてやまない大和撫子は、いつのまにか、絶滅してしまったようだ。

「とりあえず、食べよ。祐一、飲み物は牛乳でいいよね?」
「うん。サンキューな」
「ん」

 波々と、昨日買ってきた、紙パックの牛乳が注がれる。一旦スマホは脇にどけ、三人そろって両手を合わせた。

「いただきます」「いただきまーす」「頂きます」

 毎日、ごはんを食べられる事に感謝を。
 食卓を囲めることに、ありがとう。

「それでさぁ、祐一くん。今日の試合どうする? 連勝ボーナス入って、一気に1万位ぐらいまで上がったけど。最後負けちゃったよね」
「確かにな。相手のランクもかなり高かったのあるけど、ガチでチーム対策取られてたよな」 
「ん。3キャラまで禁止できる最初のバンピックで、祐一の得意なJG《ジャングラー》を、BAN(使用禁止)にして、向こうのチームは、さらにべつのJG《ジャングラー》を2人とった」
「完全に、俺を潰そうと徹底してたよなぁ」

 BANピックでは、敵味方のチームを含めて『同キャラ被り』も禁止されるので、結果論ではあるが、こっちのチームとしては、合計5人のJGの使用が禁止される形になった。

 JGは、いわゆるmobaにおける『点取り屋』のポジションだ。野球やサッカーと同じで、勝利条件を満たすには、なによりも『得点』を稼がないと、勝利に直結しない。

 mobaにおいて、その得点源とは『相手プレイヤーを倒すこと』だ。これを言いかえると、mobaというゲームにおいて、もっともやってはいけないことは、HPがゼロになって死んでしまうこと、だ。

 上級者ほど、そうした事実を理論立てて理解している。だから丁寧に、死なないように立ち回るし、攻める側は、常にリスクとリターンを天秤にかけられる。

「序盤はタワーも折って、いけいけ~って感じだったのにね。終盤で急にひっくり返されちゃったよね」
「上手かったよな。ゲームの中盤までは、ずっと我慢して、キャラのレベル上げ《ファーム》を徹底してたよな。こっちはレーン戦を押してたけど、相手3人ともデスしてなかったし、俺が相手のジャングル潜ると、すぐに1対2の形で妨害してきたからなぁ」
「終盤、相手のJG《ジャングラー》が育ったあと、痺れをきらした誰かが、無理にレーンプッシュしてたところを、1対2で奇襲されて倒されて、そこから崩壊した」
「…アッ、ハイ。その節はご迷惑をおかけしました…」
「いやまぁ、アレはしょうがない」
「で、ですよねっ!」
「十分防げた事故だったけど、長時間のプレイで意識もだいぶ朦朧としてたし、仕方ない。予想して然るべきミスだった」
「…えーと…遠回しに文句言われてます?」
「おう。タンク役が一人で突っ込んで、キル取られるとか、おまえなにやってんだよ。チームプレイしろよ。とか煽られてもおかしくないからな」
「祐一くん! 最近わたしに厳しくないですか!?」
「TRUE。でも時には言うのも、優しさ」
「うぅ…ごめんよぅ」

 はむはむ。と、ハムサンドを食べながら、しょんぼり。ほんの一瞬だけ、俺もこの顔を写真にとって、保存したいなとか思った。

「とにかくまぁ、そういうわけで。こっからの相手は、俺の得意なキャラを最優先でBANした上で、さらに言うと、隙あらば、そらを倒すというムーブを仕掛けてくると思う」
「え、わたしなの!?」
「弱い奴から倒す。それが勝負の世界の絶対条件」
「ふえぇ! やめてよぉ! みんな、俺より強いやつに会いにいってよぉ!」
「悪いけどな、そら。ここら辺のマッチから、だいたい対戦相手に選ばれる連中はみんな、そらにとって『俺より強いやつ』になるからな?」
「そ、そうだった…! ボコボコにされてしまう! ワンチャン、Eランクの無能が、Sランクのトップランカーを倒せるような、特殊能力に目覚めたりしませんかっ!?」
「ねぇよ。こっから先は、効率と最適解を追求し続ける連中が集まってる領域だ。相手の一手ミスを見逃さず、迅速に食らいついて、少数以下の勝率を稼ぎだす『ゲームは遊びじゃねぇ!』を素でいく鬼の住処だよ?」
「コワイ! 無慈悲っ!」

 そう。現実は無慈悲である。

「負けても折れない、なんとかしようとする人間が上にいく」
「まぁ、あかねの言う通りなんだけど。今回はもう時間的に練習する余裕がないから。今まで以上に連携を密にしよう」
「具体的には?」
「試合が中盤を超えて、長丁場になりはじめたら、そらは一旦引くこと。画面上のミニマップに、相手プレイヤーの姿が映ってなかったらレーンプッシュしないこと。装備とパラメータの振り分けも、終盤戦を意識したものでいこう」
「あのぅ、わたしの『セイバー』さんは、どうしたらよかとです? あんまり防御高くないんだよね。キャラ変える?」
「いや、そらは1キャラ優先して使った方がいい。もし『セイバー』がバンされたら、ピック先を変えるしかないけど――で、俺から提案なんだけど。あかね」
「なに?」
「そっち、タンク系のヒーロー、使えるか?」
「そこそこには。野良で合わせることあるし」
「じゃあ頼む。編成的には、タンク2、ジャングル1でいこう」
「えっ、それって大丈夫? 火力たりなくない?」
「これは『もしも』の場合の編成な。いわゆる『カウンターピック』ってやつ」
「かうんたー? 反撃するの?」

 そうそう。と俺はうなずいた。

「普段はバランスの良い編成を目指すけど。相手がハヤト対策で、JGの枠を二人分取ってくるようなことがあれば、こっちはさらに対策として、HPと守備の高いタンク系を、二人取るんだ」
「そらも言ったけど、DPS《瞬間攻撃力》の確保は?」
「その点は無理に競わなくていい。俺の提案は、持久戦に強い形にすることだから」
「でも相手が育っちゃうと、マズイんじゃない?」
「そうでもないよ。むしろ、後半戦までゲームがもつれ込むと、ジャングラーとタンクなら、タンク有利まである」
「え、そうなの?」

 俺はもう一度うなずいて、スマホを寄せて、攻略サイトのページを開く。そこに並ぶアイテムリストは、ゲーム中にヒーロを強化できる『装備一覧』だ。

「この辺を見てほしいんだけど。防御寄りの装備ってさ、特殊効果で、周囲の敵にスリップダメージを与えたり、ダメージの一部を、防御無視で反射したりする効果を持つのがあるんだ」
「あっ、ほんとだ。書いてあること、なんか強そうだねぇ」
「実際強い。攻撃する側としては、3種のスキルを使い切って、一瞬で倒しきれないと、こういう防具の特殊効果をモロに受けて、ジリ貧になって殴り負けたりするんだよ」
「あー、そういうことあるねぇ」

 俺の記憶でも、主にそらが、やられる側に回っていた。

「しかも、相手が攻撃特化の二人で、こっちがタンク二人になると、必然的に集団戦の形になりやすいんだよ」
「どうして?」
「攻撃を仕掛けても、仕掛けられた方もタフだからな。簡単にはやられないんだよ。すると、残るチームメンバーが、その場に駆け寄ってくる。つまり1戦の戦闘時間が長くなることで、他が援護に来る時間を作ってしまうってことになる。そういう状況にもつれ込んだところを、俺が叩いて、キルをもぎ取る」

 本当の意味で『得点力』だけが、ゲームの勝敗を決定付ける要因になるのであれば、ぶっちゃけた話、オフェンス特化の『JGが3人編成』でもいいわけだ。

 だが現実は、そうはいかない。何故ならこれは『バランス調整を施されたコンピューターゲーム』だからだ。

 一般的に『ナーフ』と呼ばれる、下方修正が入るのもそうだが、基本的には、多人数での対人戦を売り文句にしているゲームなのだから、そこには必ず、商業的に生き残れる、成功することを計算した、ゲーム製作者、制作チームの意図というものが反映される。

 往々にして『最適解の攻略法が一つしかない』と判断された作品は、率直に言って『底が浅い、クソゲー』などと言われて批判されるし、人も残らない。

 究極的にバランスの取れたゲーム環境というのは『ジャンケン』だ。完全公平な3すくみが成り立ち、それぞれに意味と役目があり【最強かつ最弱】であることだ。

 それが複雑になったものが、多様性。

 ユーザーからは『自由度』とも呼ばれるもの。自由度のある選択肢を、なるべく多くのプレイヤーが、直感的に持てること。自分の個性にあった役割が、発揮できること。

 そう思える環境が存在してこそ、対象の『コンピューターゲーム』は、大勢に支持される。

 ――だからこそ、大勢のプレイヤーから指示されている『LoA』では、けっして『JG3名の編成が最強』とはならないし、同じ役割を2人被せてしまった時点で、特定の編成に弱くなるように、設計されているのだ。

「もちろん、こっちもタンクを二人入れる時点で、逆に弱い部分が目立つようになる。特に序盤戦、火力がなくてキルが取れないのに、相手が上手く連携とると、装備が整ってないタンクがやられて、レベル差もついて、そのまま負けるパターンな」
「ふむふむ。最初が肝心っ! ってことだね」
「TRUE。相手ジャングルが二人だと、一人は開幕いきなり、こっちのジャングルまで入ってきて『荒らし』たりする」
「そう。序盤で一気に決着つけてくる感じだな。だから、相手がそういう動きを見せてきたら、タワーの守りを捨ててもいい。優先して相手のJGを追いかけて、視界確保を最優先で頼む。こっち側の経験値モンスターを狩られて、最初にレベル差つけられるのは、すげぇヤバイ」
「了解です!」
「りょ」
「それと、もしカウンターピック的な編成になったら、その試合は動画に残そう。試合終えたあと、3人で良かったところ、悪かったところを話し合って、動きを修正しながらやっていきたい。どうかな?」
「いいと思いまーす。時間ないけど、せっかく3人そろってるんだから、意見をだしあって、修正しながらやった方がいいよねっ」
「あたしも、賛成」
「じゃ、映像をキャプチャできる環境も用意しよう。昨日と同じで、視点はそらのスマホ本体でいこう」
「うん。わかった」
「ん。食べたらすぐ、始めよ」
「だな。とりあえず昼まで10戦。できれば15戦。やるからには、ぜんぶ勝つぞ」
「お~!」
「ん、負けない」

 一つずつ、意思を重ね合わせ、ゲームの世界に潜っていく。

 大事なのは、どこまで、その世界で夢中になれるかだ。そういう意味で、俺たち3人は、このチームは、世界のトップランカーと比べても、けっしてそん色していない。

 


sage