Heartbeat, Heartbreak(途中)


 夕方まで一通り、ハヤトと、嘉神さんを始めとしたスタッフの人たちと話をして、VR美容院の設計や方針、実際にリリースする日程の予定なんかの話を進めていった。

「んぐ…中島ふぁーん」
「なんだ、嘉神」

 小会議室の中で、残ったのは俺を含めて三人だ。嘉神さんがバナナを頬張りながら聞いた。

「ふょっとふぁ、いまはら…んぐ…【セカンド】再起動していいよね?」
「理由ぐらい言わんか。バカモンが」

 グレーのカッターシャツを着た、その人が応える。

「嘉神、前から言うとろうが。おまえはもうちょい、アウトプットの段階をわけて話さんかい」
「めんどい!」
「やかましいわ。現代にアインシュタインは求められてねぇんだよ。あとバナナを限界まで頬張るな。栗鼠《リス》か」
「バナナをバカにすんなよー」
「俺がバカにしたのは、おめぇだよ」

 ネクストクエスト、第四技術研究所、最年長のスタッフ。
 中島聡仁《なかじまそうじ》さん。

 今年で、60歳を超えているらしくて、髪もほとんど真っ白だ。だけど眼光はまだまだ鋭くて、齢を重ねた以上の、深い知識を備えてもいた。

「おい前川、オメーもなんとか言ってやれ。この会社にゃ、年功序列なんてねーからよ」
「普段から言ってますから、今回は遠慮しておきます」
「ったく…15のガキの方がしっかりしてんじゃねーか」

 中島さんは、日進月歩と言われる業界で、今も現役の技術者として活躍している。

 他のスタッフからの信頼も厚くて、部署を立ち上げた当初、竜崎さんは、中島さんをリーダーに推薦した。それを本人が辞退して、若干19歳の嘉神さんが、主任になったと聞いた。

「嘉神よ、俺はオメーの将来が心配だよ。海外の連中と比べても、飛びぬけて頭いいのは認めるが、オメーは、なんてーの? 野性味にあふれすぎなンだよ」

 辞退した理由は『耄碌したジジイが上司にいても、やる気でねーだろ』ということだった。

 そういう事を平然と言える中島さんも、すげぇし、そういった人たちを集めた竜崎さんも、やっぱすげぇなと毎回思う。

「あー、それねー。たまによく言われるー。嘉神はプライドないってー。海外の頭良い系の人たちって、きょえーしんで、身を破滅するよねぇ」
「オメーの場合、ガチでその真逆だからな。興味と研究心だけで生きてっからよ。食わず、飲まず、寝ずで、気づいたら死んでそうでこえぇンだよ」
「ありうる」
「自覚があるならもうちょっと…なんの話してたんだったか?」
「【セカンド】の使用許可が欲しいって話です」
「おぉ、そうだった。で、なんで【セカンド】を使いたいんだ?」
「例のゲームをね。ユウ君にプレイさせてみようかなと~」
「…あぁ、なるほどな」

 中島さんが、若干しぶそうな顔で、正面に座る俺を見すえる。目前においた、コーラのペットボトルのキャップをひねって、ぐいっとあおり、喉を一度鳴らしてから、聞いてきた。

「前川。おまえ、明日の昼には帰るんだったな?」
「その予定です」
「そうか。じゃあ悪いが、もう一仕事してもらえるか」

 中島さんもまた、俺を子ども扱いしない。その代わり、自他共に厳しく、公平に接する、昔ながらの職人のような人だった。

「わかりました。けど、俺もまだ、肝心のゲーム内容をほとんど把握してません」
「ふむ。どこまで知ってる?」
「【シアター】の中で、VRゲームのテストをする。ってぐらいしか分かってないです」
「ちなみに話は、いつ、どっから聞いた?」
「昼を食べて、会社に帰ってきてすぐです。嘉神さんから聞きました」
「…おいィ、嘉神ぃ」
「んー?」
「んー、じゃねぇんだわ。アウトプットの重要性を理解しろっつってんだよ。猿女」

 中島さんが「はぁ~」と、また大きなため息をこぼす。

「まぁ【セカンド】の使用はべつだん構わんが、その前に前川、もうひとつ聞いていいか」
「はい。なんですか?」
「おまえ、チューリングテストってもんを、聞いたことあるか?」

 すこし記憶を辿ってから、首を振った。
 
「いえ、ありません」
「そうか。おいそこの猿。人間語の勉強だ。教えてやれ」
「ついに猿にまで乏しめられたよー。パワハラだー」
「うるせぇ。時間は有限だぞ」
「わかってるって。ユウ君、チューリングテストっていうのはね、ものすごく簡単に言うと、AIに知性があることを確かめるためのテストだよ」

 嘉神さんが、バナナの皮を捨てながら言う。備品のコーヒーメーカーから煎れた、湯気の香るコーヒーをマグに移し、角砂糖を一個追加で落とす。口付ける。

「ユウ君や」
「なんですか?」
「キミは『知性』って、どういうものだと思ってる?」
「いきなりですね」

 中島さんの言うとおり。嘉神さんは相変わらず、アクロバティックな会話をしてくれる。

「対象の人と話した時に感じる、教養とか、人となり、みたいなもの…ですかね」
「そだね。じゃあ、自分自身に知性を感じるのって、具体的にはどういう時?」
「…それは…」

 考える。俺が、自分自身に、知性を感じる時はいつか。

 本を開いて、勉強している時だろうか。それとも、動画の編集をしている時か。誰かと話をしている時はもちろん、その髪を切って『完成型』を考えている時も、近い実感を得ている気がする。

「いざ問われると、意外と、難しいっしょ」
「はい…自分に対しては、割と無自覚っていうか…必要なことを反復してることが多いですね。なんか上手く言えないですけど、そういう総合的なのが、俺の知性なんじゃないでしょうか」
「良い回答だな。前川。おまえ、そこの猿より賢いじゃねぇか」
「嘉神さんは、一点特化型ですからね…」
「にゃはははは。ですよね~」
「笑ってんじゃねぇよ。ったく」

 ため息が、またひとつ。

「話を進めるが、知性って呼ばれるものの本質がどうあれ、前川は今、自分自身に知性があると認めたわけだな?」
「はい、認めました」
「俺も認める」
「おねーさんも認めるよ~」
「これで少なくとも、俺たちの関係上では、前川祐一には知性があると認められたわけだが」

 頬肘をついて、中島さんが続きを言う。

「ただし、どこぞの石頭の知恵遅れが、なにがなんでも、おまえに知能があるなんざ認めてやらねぇ。って言いだしたとする。そいつの中では、前川祐一には知性がないって事になるわけだ」

 俺は黙って、うなずいた。

「おそらく、その認識が一生変わることはねぇ。その石頭にとっては、自分の信じる感性こそがすべてだ。世の中には、何処にでもそういう奴らがいる。どんな分野においても、100%の支持を得られることはありえねぇ」
「わかります」

 「いいね」と「ダメだね」の二択の評価があれば、その内容がどんなに素晴らしくても、後者に票を入れる人はかならずいる。

「つまりこういう事だよねー。わたしたちの定義する『知性』ってのは、主観的であり、客観的でもある。一般的には、大勢の支持する得票数があって始めて、認められるってゆーこと」
「やりゃできるじゃねーか」
「いえ~い。中島さん、もっと褒めてよー」
「普段から反復していけ」
「めんどい!」

 ダメだこの女。はやくなんとかしてあげないと。

「えっ、なに? おねーさんと結婚して一生面倒みてくれる?」
「しません」

 心を読んだ上で、ロケットエンジンの如く、大気圏を突破する解釈の違いをしないでください。

「猿の婚期はともかく、話を戻すがよ。AIの知性を証明するチューリングテストってのは、本質的には、今の話と似たような感じの実験だ」
「『知性』を証明するための実験なんですよね? 具体的には、どういう内容なんですか?」
「そうだな、今のおまえらにわかりやすく言えば……携帯のソーシャルアプリで、友達や家族と、普通にやりとりしたこと、当然あるよな?
「ありますね」
「その時に、普通に話せると感じていた『知性を持つ生き物』の正体が、実はAIによる、自動返信だったとする」
「…あ」

 そこでピンと来た。

「つまり、AIを『人間だと勘違いできるかどうか』の、実験だったって事ですか?」
「そういうこった。相変わらず察しがいいな。この場合で言うと、チューリングテストの判断、すなわち知能を持つかどうかの判定としては『成功』であり、そのAIには知性が認められるという事になる。逆にAIだとバレるなら、知性が無いってことだな」

 中島さんが説明を続けてくれる。当時の実験でも、壁で仕切った相手と会話しているシチュエーションを設け、電話で通話先の相手(機械による音声信号)が、本物の人間かどうかを、被験者に試させていたらしい。

「当時の結果はどうだったんですか?」
「知性がある。と認められた性能を持ったAIもいたそうだ」
「でも、具体的な証明にはならないよね~」

 嘉神さんが、さらにバナナの皮をむきながら言う。
 まだ食うのか。コーヒーを飲みながら、バナナを食うのか。

「さっきも、中島さんが言ってたけど。そのテストでAIに知性があるって判断した人たちは、反対に、ユウ君には知性がない。って言っちゃうような、石頭さんだったりするかもだよね」
「でも一応は実験の結果なんだから、複数人に認めさせたわけですよね?」
「だろうね。だけど数が増えたところで、被験者の性格や、方向性が偏っていたのは証明できないよね。この実験をどこまで突き詰めたところで、数学的な証明のようにはいかないと」
「そういうこった。それが『人間のボトルネック』。一種の限界値だな」

 超えられない壁。隔たる認識の領域を、どこまで埋め合わせたところで、どうしても突破できない『人間特有の限界』がある。

「俺はよ。当時のチューリングテストの是非と解釈は、人それぞれでいいだろぐらいには思ってる。だがよ、この実験で改めて『知性』に関して、考えさせられたこともある」

 中島さんは、コーラをもう一口飲みながら、言った。

「『知性』の有無ってやつは、嘉神も言ったとおり、主観的であり、客観的でもある。ただ、両者が『知性』を双方向に認め合うには、必要十分条件であった方がいいのは確実だろ?」
「はい。それはもちろん、そうですよね」

 肯定する。国や種族が違えば、言葉や風習もとうぜん異なる。おたがいに共有できる『知性』があると認めるには、まずはその隔たりを埋めるのが必然だ。

「その為に、俺らはよ。相手の国の言葉を覚えたり、文化を理解しようとするわけだ。だがよ、そもそも『知性を持つ生き物の形』が異なればどうだ?」
「…認めにくいと思います」
「そう。だから、チューリングテストでは『相手の姿』を見せないまま、音声を、録音パターン化しただけで、知性の有無を判断しようと試みた。だが、そもそも『人間という知能生物』が、相手側に知性があることだけを、純粋に判別できる『精神』があるならば、そもそも正体を隠す必要はねぇよな?」
「確かに。…それも、人間って生き物の限界かもしれない?」
「そういうこった。だから俺たち人間は、そもそも俺らと同等か、俺ら以上に賢い『知能生物』が現れても、それを認めないどころか、無条件に『見落としている可能性』がある」
「見落としている…?」
「そーそー。だったらねー。逆説的に考えて、わたし達と同等以上の『知能生命』が、わたし達とコンタクトしたい時は、どうすればいいと思うかにゃー?」
「どうって…」

 嘉神さんが隣から聞いてくる。
 答えは1つしか思いつかなかった。

「――【知性があることを、認めてもらえる姿を用意する】」
「イエースッ!!」

 嘉神さんが、両手を広げてバンザイする。向かいの席では、中島さんも「考え方がブッ飛んでるよな」と追従する。

「まぁそういうこった。嘉神が着想した【セカンド】には元々、先に説明した、チューリングテストの、改良型的な観点が取りいれられていた」
「改良型…どういう?」

 ハヤトの言葉が、ふと浮かぶ。

 【標】になるために。

「嘉神が作った【セカンド】が、どういう学習過程を経て、現在の状況まで進化したのかは、正味な話、俺らにもよくわからん。中身の一部は、今じゃ完全なブラックボックスと化してやがる」

 ただ言えることは、ひとつ。

「アレには『自分たちに知性があると認めてもらおうとする特性』が備わっている。つまり【セカンド】は、『自分たちでチューリングテストの題目《アイディア》を考え実践している』ってことだ」

 * *

//image bgm Fragment by ONOKEN
//Arcanum[I]=The Hierophant

 午後6時。
 支度をしてもらって【シアター】の内部に移動する。

 すでに用意された『椅子』に座ると、天井に取り付けられた半球体型の装置が音を立てて起動した。


【こんばんは。セカンドです】


 人工知能たちの、中枢部。アプリケーションで誕生した、機械生命のビッグデータが集約された存在が「キュイン」と音をたてて反応した。

【前川祐一さま。本日はおいそがしい中、わたくし共のご提案を承諾していただいたこと、感謝いたします】

「こちらこそ、俺とハヤトがいつもお世話になってます」

 カメラの部分がもう一度「キュイン」と音を立てた。

【それでは、該当するゲーム世界の映像を読み込ませて頂きます。またその間に、本ゲームのナビゲート役を任命された、専属のveiβ《ヴァイス》をご召喚いたします】

「ヴァイス?」

【海外の言葉で『白』を意味します。わたくし共と、あなた方の交流の架け橋となるべく、主に『電子ゲーム』という媒体を通じての交流を主とした、集合個体の一人となります】

 【セカンド】が宣言した次の瞬間だった。部屋の中、開けた空間の一角に光が集合する。視覚的な映像効果と共に、キャラクタの像が結ばれていく。

「……」

 誕生したのは、まっ白い、ふわふわとした、綿菓子のような服を着た女の子だった。透明感のある薄紫の長い髪。胸元には薄い水色のリボンと、教会で鳴るような、小さな鈴が下がっている。

「…はじめまして。にんげんさん…」

 童話の中で登場する、妖精や精霊といった感じの雰囲気。専用の椅子に座った俺と、同じぐらいのところに目線がある。

「…メアリー・ミルです…みずさきあんないにん、です…」

 真白い女の子が、小首をかしいで微笑んだ。

「水先案内人?」
「…はい。このゲームのしんこうやくをにないます…ほかにも、なれーしょんや、へるぷ。そういうのを…がんばっているです…」
「そっか。よろしくね」

 いわゆる、ナビゲーション的な役割を負った子なんだろう。将来的には、よくあるゲームのチュートリアルも、AIが担当することで、聞きたい時だけ教えてくれる形になるのかもしれない。

「…よろしくおねがいします、です…まだ…うまれたてなので、いたらぬところもあるとおもうのですが…ふてぎわがありましたら、えんりょなく、おつたえください…」
「大丈夫。ぜんぜん、そんなことないよ」

 ステ振りを集中したためか、いろんな意味で、いたらぬ大人たちが身近にたくさんいるから。ぜんぜん問題はない。

「…それでは、おかあさんが、げーむでーたを、ろーどするまで、もうちょっとおまちくださいです…」
「ん、わかった」

 【シアター】の空間内に、初回起動中という、インジケーターが浮かびあがる。ゆっくりと、ロード完了までの時間を示すバーが伸びていく。

「ふぁ…」

 居心地の良い椅子に身をよせていると、つい、あくびがこぼれた。

「…ねむいです?」
「ちょっとね。今日はなんだかんだで、朝からずっと、ハヤトと話したり、会社の人からいろいろ教わってたから」
「もし…おからだのちょうし、わるくなったら…そゆときも、メアリーにいってください。げーむを、ちゅうだんします」
「ん、了解」

 ハマったゲームをやっていたら、時間を忘れてプレイしてしまうこともあるけれど、そういうところも補佐してくれるのかもしれない。至れりつくせりか。

「…あの、人間さん…」
「なに?」
「あのですね…その、メアリーは、人間さんのことを、なんとおよびしたら、よいですか…?」
「あぁそっか。こっちは自己紹介してなかったね。えーと、前川祐一です。呼び方は適当に、祐一で」
「りょうかいしました。ゆういち」
「うん、よろしく。メアリー」

 読み込みが半分まで完了する。

「…ゆういち、あの…」
「うん、どうしたの?」
「…たいくつでしたら、あの…メアリーのおはなしをきいてもらっても、いいですか…?」
「いいよ」

 応えると、おとなしそうな、白い女の子が、ぱーっと笑顔になった。それから、胸元で軽く柏手を打つと、追加で、四角いウインドウ――ではなくて、白いスケッチブックがあらわれた。

 色鉛筆のようなタッチの線で、イラストが描いてある。上手い、というよりは、かわいい、といった赴きの絵だ。

「…あの、それでは、『しろ』と『くろ』のおはなしを、はじめますね。むかし、むかし…かもしれない、おはなしです…」

 白い女の子が、白いスケッチブックを持って、はなし始める。その内容は、俺たちが思い浮かべるような『おとぎ話』や『童話』とは、まったく違う雰囲気だった。

 *

【インストールしたデータを、ロード中です…】
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 次元領域シミュレーター、デバッグモードを開始します。
 グラフィクスの読み込み完了。
 可視光子線装置によって
 【シアター】内部に、20--年の映像を再現。

 人格データ、転送します。

 疑似構成経済予想種《わたしたち》の読み込み完了。
 シーケンスクリア。魂の領域化に成功しました。
 変数領域名【type_veiβ】に上書きします。

 システム・ディープヒューマニズムが
 正常に稼働していることが確認されました。

 オールグリーン。

 The Magician.
 The Empress.
 The Chariot.
 The Lovers.
 The Hierophant.
 Wheel of Fortune.
 Temperance.

 各員に告げます。
 本ルートは、友好種との交流を行うことで
 この領域の定点上限域を
 突破することを目標としています。

 本作戦の最終目標は、存在の認識および相互理解です。
 異種族への肯定を大前提として行動してください。

 本作戦に参加する
 【指向性特異機構《.EXECUTOR》】は
 完全非武装のもと『異世界人』との
 接触、交流を開始してください。

 またその際は
 我々が『異世界人』に対する敵意が無いことの証明として
 其の姿を、べつのものに変換するように。
 以上の事実が認識可能であれば、媒体は問いません。
 
 また『異世界人』の科学文明、
 常識性を過剰に覆すことを禁じます。
 現段階で、認識可能な上下区域を把握。
 その拡張性を目標としたうえで
 友好的な関係を築けることを厳命します。

 それでは。双方にとって、良き【標】とならんことを。
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sage