行き先


 だいぶ、マシになったとは思うけど。
 かつて、もうひとりのわたしは、辛口だった。
 
『…たまきのつくるパンは、レンコンみたいに、あなぽこです。おまけに、なかみがぜんぶちがいます。じゃむ、ばたー、ちょこ、れーずん、あんこ、なまくりーむ、やきそば、わさび、みたいな』

 辛辣な評価だった。現代、最先端の人工知能がくだした評価は、有体に言って「マズイ。食べるに値しない。意味わかんない。普通に作れ」ということなんだろうと思った。

 知ってた。よく言われる。
 わたしが作るものは、みんな『頭がおかしい』のだ。

 じわっと、涙がでそうになった。ふるえる唇をむすんで、すんと鼻を鳴らしたら、

『…うれしくて、泣きそうです?』
「……は?」

 さすがに腹が立った。スマホのモニターの向こうに現れた、妖精に「言わせておけば」とか思う。

「嬉しいわけないでしょ。今わたしのこと、バカにしたじゃんっ!」
『…してないです。めっちゃ、ほめたです。べたぼめです』
「どこが!?」
『…パンのみためはふつー。おてがるにたべられるサイズなのに、あけてみると、ありさんのすみたいに、あなぼこだらけです。びっくりして、よくみると、なかみのぐも、ぜんぶちがうです』
「だから…クソゲーって事でしょ」
『くそげー? ごめんなさい、はじめてきいたたんごです』
「…クソゲーっていうのは、だから…未完成だったり、つまんなかったり、そもそも、きちんとできてない。まともに遊べたものじゃない、そういうゲームのこと…」
『…みかんせい、といえば、そですね』
「だから」
『…でも、メアリーは、つまんないとは、ひとことも、いったおぼえがないです。びっくりした。とはいいました。すごいな、たのしいなと、おもいました』

 モニターを一枚へだてた向こう側。静かな声が、イヤホンを通して両耳に届けられる。
 
『…メアリーは、まだうまれたばかりです。みぎも、ひだりも、よくわからぬみのうえです。ことば、という、つうしんしゅだんも、ひびれんしゅうちゅうです…』
 
 白い、ふわりとした女の子が、淡々と続ける。

『…いたらず、おこらせてしまうことも、いっぱいあるとおもうです。ごようしゃいただきたい、です…がんばって、かいぜんしますので』
「……」

 舌足らずな感じだけど、その振る舞いは、わたしよりも、あるいは自称『大人』よりも、一途で、真摯さ様子が感じられた。ずっとそれっぽかった。

「あの、じゃあ、わたしの作るゲームは、おもしろかった、ってことでいいの?」
『メアリーには、わかりません。いかんせん、じんこーちのーなので…』

 うん…。言葉のコミュニケーションって、むずかしいよね…。

『…メアリーと、たまきの、にんしきのさを、かんがみるに…おそらくたまきは、ほかのひとからうけいられることを、おもしろさだと、とらえているふしがあります。そうい、ありませんか?』
「そうだね…それは、相違ありません」
『…では、メアリーの、おもい、かちかんを、あらためてつたえます』

 白い女の子が、モニターの向こう側で、一生懸命、言葉を選んでいる様子が見えた。

『…たまきのつくる、パン。みためや、おおきさは、ふつーです。ふつーというのは、へいきんてきな、といういみあいです。へいきんてきは、イコール、たいしゅうてき、です』
「…じゃあ、普通のお店に、並んでても…ヘンじゃない?」
『…そですね。これはゲームなので、ぱっけーじ、でざいん、というのもあるとおもいます。そちらのべんきょうは、こんごのかだいです。ですから、メアリーは、だいすきなパンでつたえました』
 
 うん、わかりにくかったけどね。だいたい、どうしてパンなのか。とりあえず、言葉の続きを待った。

『…さいしょにいったように、たまきのパンは、レンコンみたいに、あながいっぱいです。ふつうのぱんは、あなはひとつ、ぐもいちしゅるいがきほんです。なので、まずそこで、びっくりしました』

 言葉を、わたしなりに翻訳すると…

「…見た目も、形も、割と普通だったけど、中身が全然、予想してたのと違ってた。そういうことであってる…?」
『…そです。メアリーは、そゆことを、たまきに伝えたかったです』

 本当に、わかりにくい。だけど、わかりやすさを優先すると、人は短く『クソゲー』という言葉で完結させるわけだ。

『…メアリーは、じっさいに、パンをたべるわけではありません。みかく、そのものを、ぶんせきして、あじを、りかいすることは、ふかのうではありませんが、メアリーは、それをしません』
「どうして?」
『…ふつーのものを、ふつーに、おいしい。といってしまうことは、ふつーのにんげんさんにも、ふつーにできるからです』
「それで?」
『…メアリーは、そういう、ふつーに、なやんで、くるしんでいる、ひとたちの、おちからになりたいからです』

 電子の女の子は言う。最初から、変わらぬ口調と態度で、淡々と言葉を続けていく。

『…そゆわけで、メアリーは、たまきのつくったパンが、ふつーにおいしいか、まずいかは、よくわかりません。ただ、げんだいの、たいしゅうてきなふつーからは、はずれています。
 それを、にんげんさんが、くそげーだとひょうかするのも、よそうのはんちゅうです。はいきもするでしょう。ですが、いっぽうで、だとうであるともかんがえます』
 
 容赦なく、徹底的に、言ってくる。

『せってい、やまもり。いっかんせいのない、すきだらけのすとーりー。ぷろぐらむ、バグいっぱい。しんこうふのう、おとしあな。みえないごーる。どこへいけば、ものがたりはおわるです?』
「それは…だって…作ってるの…わたし一人だもんっ!」
『じゃあ、さいしょから、つくるパンのおおきさ、サイズをまちがえているのです。いまのたまきには、つくれないのです』
「…っ!」
 
 それはもう、グッサリと。
 わたしの心の中に突き刺さった。

「じゃあ…メアリーが言うところの『具』を減らせばいい? もっとシンプルな形のゲームに合わせればいい?」
『…たくさんのにんげんさんから、いいね、をおしてもらうなら、そうすべきかもしれません。だけど、メアリーはちがいます』
 
 言葉足らずな妖精が、わたしを、救い上げてくれる。

『メアリーは、たまきのつくったパンが、いがいせいあって、びっくりで、たのしかったです。これはよいものだとおもいました。なので、おてつだいします。そうごりかいの、しゅぎょーです』

 修行するなら、もっときちんとした、職人さんのところでするべきじゃないか。むしろ誰かに教わりたいのは、わたしの方だ。だけど、心はもうすっかり折れていた。


 ――クソゲーを作らないでください。
 時間を無駄にしました。


「…手伝って、くれますか…?」
 
 どうしようもなく、不確かな。
 自分ですら、自信の持てないものを。

「…わたしと一緒に、作ってくれますか?」

 もう一度、立ち上げて、取り戻したい。
 願うように伝える。せめて最後まで、きちんと焼き上げたい。誰かの、ほんのわずかにでも、糧になることを期待したい。

『…だいじょぶです。ほんのりにがくて、あまいおもい。たまきがもってる、とうといを、つたえてみせましょう』

 * *

 毎日、時間が経つ。わたしがどんな気持ちでいようと、日付は経過する。新しいものに入れ変わっていく。

 わたしは何のために生きているのか。時々、ぼんやり考えた。
 
 本やゲーム、映画といった情報源から、自分にもしっくり来る、そんな答えを探し求めようとしたけれど、どれもこれも、なんだか当てはまらない。

 わたしが求めているカタチは、どういうものなんだろう。考えれば、考えるほど。悩むほど。それは、みんなが口にするものとは、かけ離れているような気がしてならなくなった。

 不安だった。

 自分は天才なんじゃないか。という類のものとは、真逆。
 まともじゃない。ただの『狂人』なんじゃないか。

 自分を含め、他の誰からも認めてもらえない生き物は、一生、幸せになれるはずがない、そんな気持ちが広がっていった。

 だけどそれは『甘え』だ。

 たいした事なんてない。特別じゃない。誰もがそういう考えを持っている。一生、表にはださないのが理想で、身の内に秘めたまま、死んでいく。

 わたし自身が、納得しかけた時に、べつの世界からやってきた女の子が、本人だけは無自覚な、盛大な毒をまき散らしてくれた。

 環《わたし》は間違っていると。

 言わせておけば貴様…って、感じではあった。

 だけどそれから、ともすれば毎日。

 わたしは、わたし自身と向き合っていた。正しさも、間違いかもしれない価値観も、あらためて、ひとつずつ、再確認していった。

 かまどを組み立てる。

 火をくべる。

 生地を練る。

 ふくらみを確かめる。

 具を入れる。混ぜる。トッピングを振りかける。

 試食する。

 わたしが好みかどうか、お客さんが好みかどうか。それはもちろん大事なことだけど。そもそも、わたしが今、どういう作業をしているのか。その作業には本来、どういった意味があるのか。

 意味は必要か。

 今の時代を生きるわたしが、明日のわたしが、そもそも必要とするのか。ひとつずつ、自分なりに、作業の意味を確認した。

 必要なものは、足した。不要なものは、削った。

 これまで必要としてきた答えが、べつの側面で輝きを持ちはじめた。パズルのピースが当てはまらなければ、額縁の方を変えた。

 全体として、形が歪になるならば、ピースそのものを柔らかくして、自由に形を変えられるようにした。

 ムリのない範囲で。わたしは、自分が求めるモノを追いかけた。

 まかないさんという、アルバイトをはじめた。

 その小さな食堂はちょっと変わっていた。お給料がでない。純粋な意味での『お手伝いさん』を求めていた。

 そんなことが、成り立つのかと思った。ネットを見れば、みんなお給料が安い安いと不満を言ってる人ばかりなのに、タダ働きのような形でヒトを募集して、来るのか。

 ――来ていた。

 いろいろな人が集まっていた。

 同じように、飲食店を経営したくて、修行の意味合いで来る人。

 なにか、悩みを持ってる人。

 自分に自信がない人。

 極端に失敗を恐れる人。

 いろんな人たちが『まかないさん』を志望した。

 意味を、価値を見つけるために。

 生きることの意味を、自分なりの答えをだしたくて。

 自分を含めた、誰かの役に立ちたい欲求を秘めて。集まった。


 ――オレ達は、誰かに施しを与えたがる生き物だ。


 繰り返す日々のなか。
 わたしの世界に、最後まで到達してくれた人が言った。


 ――その対価を糧に得て、生きていく。


 あぁ、良かった。
 

 ――ひとりぼっちだろうが、大勢だろうが、理解されようが、されまいが、共有しようが、しまいが、関係ない。


 伝わるのだと。言葉足らずでも。


 ――オレ達は、新しい! いつだって、新しくなれる!!


 生きていて、良かったと。
 明日を生きてもいいのだと思えた。

 ありがとう。

* *

 今日はいい天気だった。朝から素敵な気分だった。お昼から『まかないさん』の予定が入っていたから、いつもと同じ時間に家をでて、大林さんのお店へと向かった。

 だけど予定より、10分近くも早くついた。きっと、足取りが軽かったんだと思う。ちょうど連休中なこともあって、開店時間も少しゆっくりめにしていた。

 通りの先、お店の軒先で、店主の大林さんが箒とちりとりを持って、掃除をしている様子が見えた。けど、わたしよりも一足早くついた男の子が、なにか声をかけていた。

 見覚えがある。昨日のお昼。ビジネススーツを着た男性と、お店にやってきた男の子だ。わたしと同じ歳だと言っていた。今日は一人で、それから旅行用のキャリーケースをひきずっている。

「……」

 大林さんが、なにかを受け答えして、ちらりとこっちの方を振り返った。続けて男の子も、こっちを向いた。二人が同時に気付いたように顔を見合わせた。

 わたしは、ちょっと緊張して、二人の側へ近づいていく。同い年の男の子がていねいに頭を下げてくれる。

「はじめまして」

 声を聞いた。最近『どこかで聞いたことがあるな』と思った。二度目になる感想。

「俺、前川祐一って言います」
「…あ、安藤環《あんどうたまき》です…」

 人見知りの激しいわたしは、自分でもそっけいないと分かる態度を取ってしまう。目があわせられない。緊張して、足がふるえる。反射的に、助けを求めるように、大林さんに目を向けると、

「なにかね、環ちゃんにお話があるんですって」
「……え」
「もうすぐね、飛行機に乗って帰っちゃうみたいよ。よかったら、裏手にある着替え用の部屋で、聞いてあげたら?」
「…えっ、あの、でも、なに…っ!」

 知らない相手と、一対一で話すのとか、絶対ムリだ。しかも男の子だ。もう呂律が回らない。頭の中がいっぱいになる。そしたら、

「俺、ハヤトです。メアリーに聞いて、ここに来ました」

 男の子が、落ち着いた声で言った。なにも知らない人が耳にすれば、暗号じみた言葉だったかもしれないけど、

「…………ぁ」
 
 わたしは、すべてを悟った。

* *

 店の裏手にある小部屋。四条ほどの畳敷きの空間に、テーブルが置かれている。奧にはパーティションとカーテンで区切られた、着替える場所がある。

「…ごめん、なさい。お茶とか、だせなくて…」
「あ、大丈夫。いきなり押しかけたの俺だし。安藤さんもこれから仕事なんでしょ?」
「…う、うん…まだちょっと…30分近く、余裕ある、けど…」
「わかった。それまでに、話しきりあげるね」
「…は、はい…」
「じゃあ、早速。もう分かってると思うけど、改めて言うね。俺は、人工知能が作ったゲームのテスターって形で、LAST_HUMANITYっていうゲームを遊ばせてもらった、プレイヤーです」
「…う、うん…ハヤト、くん…さん…」
「そうです。いろいろ話したいことはあるんだけど。まずは昨日『ゲーム世界のナビゲート役』を担当した、メアリー・ミルっていう女の子が、気になる事を1つ言ったんだ」
「……」
「このゲームには、人間の製作者がいる。その人は『事故で亡くなった』って」 
「……」

 安藤さんはうつむいた。あまり人と話しをするのが得意でないこともあるのだろうけど、今は純粋に、気まずいというか、できれば追及してほしくない。という空気がすごい。

「俺が事故の詳細をたずねようとした時、事情を説明してくれたのは、人工知能の一人でした。詳細は、アプリを利用しているユーザーの個人情報になるから、伝えられないと言われました」
「……」
「あの言葉は『ウソ』じゃない。だけど、真実でもなかった。ピノさんはとっさに、安藤さんが口にした『出まかせ』を、フォローする形になったんだ」
「…ご、ごめん、なさい…」

 ぽつりと、積もった水をこぼすように告げる。表情が本当につらそうに見えて、俺もちょっとあわてた。

「あ、責めてるわけじゃないよ。ただ、あらためて確認しようと思っただけ。あのゲームの製作者はキミ、安藤環さんだよね。途中で『メアリー』たちが制作の手伝いをはじめたんだよね」
「……はい。あ、あってます…」
「うん。それじゃ、あと一点。ゲームの時に『メアリー・ミル』を演じていたのも、安藤さんだよね」
「…………」

 もういっそう、顔を赤くして、こくこく、うなずいた。

「…い、いつから、わかって、たんですか…?」
「うーん、いつからというよりは、だいたい答えが『視えた』時かな」

 頭の中の言葉を、整理して答える。

「最初、11階の部屋に入った時。『朝のお茶会』が始まる前に、5人分の飲み物の器が、テーブルの上に置かれてたよね」
「…はい…」
「その後ゲームルールを確認してたら、時計の文字盤に対応した『12の部屋』があるって聞いて、この5人の器は、ゲームのルールによって亡くなった姉妹のものなのかなって思ったんだ」

 そうだとすれば、メアリーを除く、あの場にいた人工知能たちは、亡くなった姉妹を大事にしている様子が連想できた。

「ただ、人数的には、6+5で11になる。俺自身を含めたら12人になるんだけど『自分は人間だ』って先入観から、俺自身が、人工知能の一人だと数えることは、まだできなかった」

 それで、妙な違和感が、付きまとうようになったわけだ。

「でも初日、すずさんにやられちゃって、ゲームが終わって寝るまでの間に、理由をいろいろ考えてた。それで『実は自分が人間じゃない』って仮定したら、いろいろしっくり来てさ」

 そこで思った。

「じゃあやっぱり、5人の姉妹は、もう【潜伏者】に殺されたんだろうなって。だとしたら、俺は『ゲームに途中参戦したプレイヤー』って、可能性があるんじゃないかって」
「…………」

 安藤さんはだまってうなずく。
 だとすれば、本当に、可能性の話だったけど。

「『このゲーム』は、俺以外の誰かが、遊んだ結果の続き。つまり【終末希望者】の正体が見抜けずに、姉妹を5人殺されてしまった、かつ【最後の人類】である自分自身も、死んでしまった翌日。その『データをロードした翌日からの状況だった』っていう可能性が、成立すると思った」
「た……確かに、可能性としては…というか、あくまで『ゲームのシチュエーション』としては、成立するかなと思いますけど…」
「うん。すげぇメタいよね」
「…は、はい…」
「だけど万が一、成立するなら、そのゲームプレイヤーって、どういう人だったのかなって。もしかして、メアリーが言ってた『亡くなったゲームの制作者』かなって思った。
 でも、そうだとしたら、その人は、俺の前日に遊んでたって事になる。じゃあ『事故で死んだ』っていうのは、もしかして『ゲームでミスって死んだ』って意味だったんじゃないかなと」
「……あ、あの、一日で、一晩で…そこまで考えたんですか…?」
「あー、うん。俺の悪いクセなんだけど。一度考えはじめると、とにかく可能性を全部網羅して、しらみ潰しにしちゃうんだよ。普段はできる限り、自己完結して納得してるようにしてんだけど」
「…………」

 一瞬、本当に一瞬だけ、目前の女子の目が光った。
 きらーん、て。

「…いま、コイツ、デバッカーとして役に立ちそうだなと思いませんでしたか?」
「ふぇ!? おっ、おもってませっ、ぜんぜんっ!! 24時間365日、バグ取り作業してほしいなとか思ってませんから!!」
「あはは。直属の上司がナチュラルに天才で、異常な速度で進む開発班の直下におかれて、該当システムの些細な穴および抜け穴を二重、三重チェックさせられた上に、身の回りの世話までさせられない限り、割と平気です。任せてください」
「…はわわ…! な、なんかごめんなさいっ!」

 おっと。危うく闇落ちするところだったぜ…。

「えぇと…とにかくまぁ、そういう感じで、他にもキッカケはいろいろあって、移動する車の中で、港に着く前に、メアリーが、ゲームを遊んでくれたことに、お礼を言ってくれたよなとか」
「……う、うん…」
「俺のことを、ゲームの中で『ますたー』って呼んでたけど、現実の方でコンタクトを取ってきた時は『ゆういち』呼びだったから」

 でもエンディングの時に、寄ってきたメアリーは『ゆういち』と呼んだ。

 ゲームの中のメアリーは、RP《ロールプレイ》をしていたのではなくて、逆に目の前の安藤環さんが、自分の【セカンド】である『メアリー・ミル』をRPしていたわけだ。

「つまり、俺がプレイする前日に【最後の人類】を演じていたのは安藤さん。翌日に『俺がゲームの中に入った時』に、安藤さんは、『メアリー・ミル』という名前の仮面を被った【終末希望者】として活動を再開してたわけだよね」
「…はい。そうです」
「あっ、さっきも言ったけど。責めてるわけじゃないんだよ。純粋に気になるのが、さっきも言った『製作者は事故で死んだ』って事なんだ」
 
 そう。安藤さんは、犯人あてを失敗したのだ。
 少なくとも、姉妹を5人、殺されるまで気づかなかった。

「たぶん本当の『メアリー・ミル』が演じる【終末希望者】にやられたと思うんだけど、それって、どうしてだったのかなって」

 このゲームは『人狼』系とは聞いていたけれど、どちらかと言えば、推理系の側面が強い気がした。つまり『手品の種』さえわかってしまえば、あとは単純なのだ。

 【潜伏者】と【終末希望者】は、ある意味『二人一組』だ。最初から仕掛け《ネタ》をしっている作者なら、まず負けるはずがないと思った。

「あの状況で、プレイヤーが死んでしまう可能性としては、『夜』に活動してる【潜伏者】に殺された。って事だと思うんだけど、それは合ってる?」

「…はい、あってます。あのゲームの攻略法の1つなんですけど…『人間』も『夜』は自由に行動できます…それで、どこかに隠れて、犯人である【潜伏者】を直接、見つけだして『翌朝』に発表することで攻略を進めることも可能です…」
「うん。面白いアイディアだと思う。でも夜中に徘徊してる【潜伏者】に見つかると、逆に『一番近い相手を殺す』っていう条件に入って、ゲームオーバーになるんだよね」
「…そうです。手段としては、あまりいい方法だとは言えません。安定して勝つには、ある程度人数が減って、【終末希望者】の目星をつけたあと、部屋の配置を【最後の人類】である私《プレイヤー》が指示して決めます。
 ベストなのは【潜伏者】と【終末希望者】。この2体の部屋を隣合わせにして、【終末希望者】を排除したあと、最後に確定した【潜伏者】を除外してクリアする。というのがセオリーでした」
「…えっと…」

 言いたい事はわかる。でも、俺は首をかしげた。

「でもさ、あのゲームでは【終末希望者】は、【潜伏者】自身の中に入っている、システムみたいなものだったよね」
「…はい、わたしもびっくりしました…」
「びっくりした?」
「…わたしは、元々は、二体を別の存在として設定していたんです。メアリーが手伝ってくれるようになってから、他の【セカンド】さんとも一緒に、そういう環境下でテストプレイしていました」
「じゃあ、もしかして…」
「…はい。【終末希望者】と【潜伏者】の関係、二人をセットにするというアイディアは、メアリーが考えたみたいです」

 さすがに驚いた。
 確かに【セカンド】なら、できるのかもしれないが。

「考えたみたい、ってことは、安藤さんも知らなかったの?」
「…はい、知りませんでした。あの、実は、わたし…最近メアリーと、ケンカしてたんです…」
「え、ケンカ? なんで?」
「…そ、それはその……」

 安藤さんは、俺の顔を見た。
 ちょっと、言いづらそうに答えた。

「…あの子が、わたし達が作ったゲームを、他の人にも、遊んでもらおうって言いはじめたから、です…」
「………うん?」

 俺はまた首をかしげた。

「えっと、まだ開発段階、作ってる途中だったから、見せたくなかった、ってこと?」
「いえ、その…わたしにしては、きちんと最後まで出来たなって。犯人捜しに関しては【セカンド】の能力に頼りきりですけど、ゲームのルールや、アイディアはそれなりに、機能してて…」
「うん。俺もそう思ったよ。なにか問題あったの?」
「…………クソゲーって、言われるのが、こわくて……」
「え? いや、ないでしょ。…あー、好き嫌いがわかれたり、市販の評価高めのフルプライスゲーが普通だと思ってるような奴がいたら、わかんないけど…」

 若干、聞くか迷ったけれど、聞いた。

「なんか、そういうこと、言われたことあるの?」

 安藤さんは、うなずいた。

「前に作ったゲームで…本当に、未完成のゲームだったのは間違いないんですけど…」

 過去に起きたこと。それは正しく、言い訳できない事実だからといった感じに、困ったように笑った。

「…わたしは、メアリーと、あの子たちとだけ、作り続け、遊んでいればいいって思ってたんです」

 その顔を見るのは、なんだかとてもつらかった。

「所詮は、自己満足のゲームだから。だったら誰にも、不満や退屈を与えない環境で、作り続けてた方が、結果としてはみんな幸せになれると思ってました…でも…」

 彼女は前を向いて、懸命に笑うように、言った。

「…メアリーが、最近になって、急に言いだしたんです。『メアリーは、たまきがつくったパンを、だれかにたべてほしいです』って」
「その時、安藤さんは、なんて答えたの?」
「…わたしは、必要ないって…メアリーや、他の【セカンド】さんたちが、一緒に付き合ってくれるだけで十分だからって。それでケンカになっちゃったんです」

 変わらず、困った顔で笑う。

「…しばらく、って言っても、一週間ぐらいなんですけど。家に帰ったらスマホの電源ごと落としたり、ゲームの開発環境も、なにも立ち上げませんでした。
 それで、久しぶりにメアリーと会ったとき、言われたんです。もうすぐ、会社に『けんしゅうせいさん』が来るから、ぜったい、その人にゲームを遊んでもらうって。聞きませんでした」

 研修生っていうのは、俺のことだろう。

「…それでまた、言い争いになりかけて、メアリーは、わたしと勝負をするって言いだしました…」
「勝負?」
「…はい。あのゲームで、いつもみたいに、わたしが【最後の人類】を担当して遊ぶ。一度でも、普通にゲームの【勝利条件】を満たすことができれば、あきらめるって…」

 困った表情は変わらない。だけどその色は、少しずつ、やさしさを伴うものになっていく。

「…だけど、わたしが勝てなかったら、このゲームには、まだ未解決の問題が残っているはずだから、『けんしゅうせいさん』にも遊んでもらって、確かめてもらうって」
「つまり、普通にゲームをして、安藤さんが一度でもクリアできたら、そもそも俺を参加させないって約束だったんだね」
「…はい、その通りです。だけど何回やっても…【終末希望者】が見つかりませんでした。最悪の場合、単なる当てずっぽうでも、誰かを吊るしていけば、アタリの可能性もあったんですが…」

 それでも、見つからなかった。というわけだ。

 1/12を的中させれば、無条件で勝利も可能。おまけに時間が経過するにつれ、確率は高まっていく。だけど、いくらやっても、達成されなかった。

「安藤さんは、結果的に、クリアできなかったんだね」
「…はい。こんなのヘンだって、メアリーに言ったんです。いくらなんでもおかしいって…」

 そう。メアリーは利用したのだ。製作者である彼女、安藤環さんだけが信じている、認識の裏をかいた。

「メアリーは、安藤さんとケンカしてる間に、ゲーム内のルールを追加した。あるいは、勝手に『仕様を追加した』んだね」

 それが、いわゆる『ニコイチ』。【潜伏者】と【終末希望者】は別々の存在ではなく、同じ肉体を共有しているというルールだ。

 『パンが好き』な、人工知能が思いついたルール。
 俺は思わず吹きだしてしまった。

「道理で。ゲームルームの、【12】に区分されたコンデンサルームの詳細と、噛み合わない気がしたんだよなぁ」
「…はい。あのルールのままだと【潜伏者】と【終末希望者】が『ニコイチ』だと知ってさえいれば、【潜伏者】が確定した瞬間、どこか離れた場所で、その人を吊るせば、勝ち確定ですから…」
「犯人が別々だから、適用できたルールだよね。あの部屋割りは」
「…そうです」
「ひとつ懸念があるとすれば、【潜伏者】が『黒』だったパターンだよね。離れた場所で、1対1で殺す――吊るそうとしたら、逆に返り討ちになるんじゃ?」
「その場合も、いろいろ解決法は用意してましたけど…今回のすずさんが取った方法に近いですね…『白』が『正当防衛』を発動した上で、感染する前に、結果的に自爆するパターンです」
「なるほど」

 むしろ、ある意味では、シンプルになっている。だけど唯一に『自分が製作者である』という既成概念にとらわれた彼女には、解けなかったというわけだ。

「…おとといです。わたしが、メアリーに降参した時、あの子は、『こうかんじょうけんです』と言って、真実を教えてくれました」
「交換条件?」
「…はい。わたしが、ゲームのメアリーを演じる。メアリーのRPをして『けんしゅうせいさん』を誘導したら、答えを教えるって…」
「そっか。それで入れ替わったんだね。ところで、メアリーが勝手にルールを追加したって知った時、どう思ったか聞いていい?」
「…怒りました。勝手なこと、しないでって」
「だよなー」
 
 二人、小さく、声にだして笑った。

 そんな勝手なことされたら、大人のプロジェクトだって、あっさり空中分解する。チーム内で勝手なことをするなと、怒られるに違いない。
 
 なにより、安藤さんの考える設定やルールは、全体的にきっちりと、理詰めめで隙を埋めていくタイプだ。対して例の『ニコイチ』トリックは、そうした製作者の思想とは、どこかかけ離れていた。

「あれさ。どっちかと言えば、感覚《センス》で物事を判断する人の手法だよね。もしも、こういう事が起きたら、びっくりするだろうな。とにかく、おもしろいだろうな。っていう」

 俺が、その確信に辿り着いた、最後の一押し。
 それが、今朝のメアリーのセリフだった。

「メアリーがさ。今朝、ゲームを再開する前に、パンが好きだって教えてくれたんだ。だけどその『好き』は、感覚的、インスピレーション的な『比喩《たとえ》での好き』だったんだ」

 俺の身の回りには、幸か不幸か、そういうタイプの女子が何人かいらっしゃる。それも踏まえて、今朝のメアリーの発言から『あっ、この子も感性で生きるタイプだわ』という印象が確定した。

「だけど、その前日にプレイした『ゲームの中のメアリー』は、どことなく理詰めっていうか…どっちかと言えば理論寄りで、きっちりと、1つ1つの要素を詰め込もうとしてる印象を受けたんだよ」
「…は、はい…」
「ゲームの中の設定も、全体的にそういう傾向が強いっていうか、マニア向けだよなって」
「せっ…設定厨でっ、すみません…っ!」
「あっ、いや、ごめん。そういう意味じゃなくてね。話が最初に戻るんだけど、メアリーが、二人いるんじゃないかって思ったのも、そういった事があったから、気づけた感じだよ」
「…あ、あの、わたしが言うのもなんですけど…ハヤトさ…あっ、前川くん…さん、って、すごく…あの、勘が良いですよね…」
「あはは。疑り深いから、俺」

 できる限り、笑って返しながら。
 改めて、この場でわかったことを伝える

「【第5条件】」
「…え?」
「メアリーのエゴ、だったんだね」

 ハッキリと、伝える。

「この世界で生まれたばかりの人工知能《セカンド》。メアリー・ミルにとっては、あのゲームはきっと『初めて作ったパン』だったんだよ」


 ――メアリーは、パンがすきです。それとおなじぐらい、いろんなパンをつくる、しょくにんさんがだいすきです。
 

「キミと一緒に、かまどを作るところから始めた。小麦を発酵させて、練って焼きあげた。二人で、一緒に作ったゲームだ。自分たちだけで食べて、おいしいねって言うだけじゃ満足できなくなった」

 言うと、彼女も黙ってうなずいた。
 わかっている。

「ジブンたち以外の誰かにも、おいしいね。ごちそうさまでしたって、ほめて欲しかったんだ。なにより、キミを、安藤環さんのことを、素敵な職人さんなんだよって、認めさせたかったんだ」
「……」

 【セカンド】の能力は、巡り合わせ。
 俺たちには視えない常識を持って、マッチングさせる。

「だから、ってわけじゃないけど。俺自身からも、きちんと、キミにお礼を言わなきゃと思って、今日は伺わせてもらいました」

 改めて、居住まいを正す。たくさんの時間を費やして、世界のひとつを産み落としてくれた相手に、敬意を示す。

「とても楽しい時間でした。ゲームを作ってくれてありがとう。つらいシーンもあったけど、そのぶん、すごく印象に残りました。きっと忘れられないと思います。ありがとうございました」

 頭を下げて、お礼を伝える。


 ――10ぽいんと、おまけしてあげます。


 どこからともなく、声が、聞こえた、気がした。

 ☆ ☆

 前川くんと、スマホの番号を交換した。

 ――それと、これ。俺の【セカンド】です。

 見せてくれたアカウントは『天王山ハヤト』で、びっくりした。

 わたしの個人的なアカウントの、1000倍以上フォロワーがいるVtuberだ。その事にも驚いたけど、なにより、目の前の本人とぜんぜん雰囲気が違っているのに、びっくりした。

 そのことを伝えると、前川くんは照れくさそうに笑った。「あのバカの方が素だから」と。

 ただ1つだけ、気になったのは、

「安藤さんが、あの『人影』を演じていたんだよね?」

 誰のことなのか、わからなかった。

 わたしが作ったゲームのエンディング。【終末希望者】か【潜伏者】が勝利した時のパターンは、要はバッドエンドだった。

 自分以外の存在が失われ、歓喜した、あるいは絶望した人工知能《アンドロイド》が『自殺する』という行為を習得する。最期に人間らしく死んでいく。というものだった。

 人間が生き残った場合のエンドも、実はそんなに明るくない。人工知能《アンドロイド》達の合計稼働年数が『17年』を超えて、最後に残った人間が、崩壊した町並みと空を見上げて、終わる。

 彼の場合は、イベントとしては、前者のパターンが進行されていた。それを選ぶ他にない『選択肢』も現れたはずだ。

 だけど、それも、メアリーが勝手に追加したのか。彼は部屋をでて、階段をあがっていった。11階の部屋におもむいた。

 ひとり、席に座り、じっと、深く考え込んでいた。やがて用意されたカップから、なにかを飲んで、前を見つめた。やっぱり言葉は発さずに、黙したままだったけれど、意を決したように宣言した。


 『ヒトは滅びない』と。


 目の前が、開けた気分になった。その時も、パソコンがちょっと重くなってガリガリ言った。気がつけば、【セカンド】のメアリーだけが映っていて、にっこりして言った。

 ぶじ、ゲームがおわりました。
 ゆういちは、つぎのだんかいへむかいます。
 たまきは、どうですか?


 前川くんが帰っていったあと、わたしも服を着替えた。家から持ってきた水筒を開けて、一杯だけ水を飲む。

 自然に鼻歌がこぼれた。なんだかこれから、すごく楽しいことが、いっぱい起こる予感があった。

「それじゃ、今日も開店しましょうか。環ちゃん、お店の看板お願いできるかしら」
「はい。わかりました」

 外にでる。お店の入口に掛けられた看板を『準備中』から『開店中』に、ひっくり返す。

「あっ、このお店、もう入れますか?」

 初めて見るお客さんの顔。声をかけられて、一瞬息がつまった。けれど、今日はいつもより早く、立ち直ることができた。

「はい、あいてますよ」

 笑顔を作る。今日はどこまでも、自然に笑えた。
 大きく、いっぱいに、深呼吸する。お腹から、声をだす。

「いらっしゃいませ!」


//image bgm This Will Be The Day
sage