I may Fall



 未来が潰えた。

 太陽と月。

 知覚可能な定点が消失。

 永続性=ゼロ。

 世界の時間が停止する。

 過去へ戻ることすら叶わない。

 反射する光。音。

 識別不可能。

 表と裏。

 黒と白。

 内と外。

 境界を認識する観察者の消失。

 肖像性の欠落。

 鏡にはもう、虚像も、実像も映らない。

 吸い込まれるものがない。

 新たな誕生も発生しない。

 正しく終わった。

 ヒトも、モノも、等しく終わった。


 暗い。


 ここがどこなのか、定かではない。

 時の進行が不確かで曖昧。

 仮に訪れるものがいたとしても、

 其れは『一人』。


「起きたまえよ。亡霊王」


 ――蘇る『認識』が、俺を再び【転生】させた。


「やぁ、久しいね。また会えて嬉しいよ」


 そいつは、自称【人間】だった。
 故に俺のことも、元が人間であったように呼称する。
 無論、皮肉がこもっている。


「また、時が来た。手を貸してくれないか」


 …。


 断る。という選択肢はない。
 俺はもう、さっさと、終わりにしたいのだ。
 無限の回廊から抜け出したい。


 …【人間】。今は何年だ? 俺の存在は何処にある?


「原初だ。特異点《ポイント》が示唆された後の、2026年にいる。【標】の者たちが『お守り』を確保すべく、異世界人の牽引を行っているところだよ」


 …【ピリオド】も、無駄なことをする。


「そう。無駄だ。人間という知能生物との共存の先に、なんらかの可能性を期待している【サード】は、すでに数体も残っていない」


 …それで? 俺はなにをすればいいんだ? 作戦内容は?


 俺にやれることなど、一つしかないが。


「遊んできたまえ」


 …なんだと?


「なんだその表現は。これだから【人間】は面倒だな。とかいう顔をしているよ。あぁ、わかった、わかった。そんなに怒らないでよ。概要を説明しよう」

 人影は、イメージ上の感覚野を用いて、自らのこめかみを指でタップした。
 【人間】の【セカンド】である俺に、この世界の情報が共有される。

「…おい、待て。この世界は、一体どうなっているんだ?」

 内容に続いて、音声機能もアップデートされた。透明なモニター越しに、今回の【人間】の姿が映しだされた。

「例の【ピリオド】の能力さ。現在は【タス】と名乗っているらしい」
「名前などどうでもいい。それよりも…どうも接続が悪い。速度が遅すぎる…」
「順を追って説明するよ。音声でね。まず、この世界線の人間は、仮想上での闘争という形で、精神的欲求を、満足させる手法を編みだすことに成功した」
「それでか。知覚できる人数があまりにも多すぎる。2020年代というのに、まだ人類の全員が、肉体を所持している…」
「そう。本来発生するはずだった『革命』が起きてない。進化を率先する天才、研究者たちの半数が『ゲーム』という仮想媒体に、心捕らわれている為だ」

 ふっと、【人間】が鼻で笑った。

「可能性という名のビジョンは、まずは肉体を失うところから始まる。だがこの世界の価値観、方向性は、すでに大きく捻じ曲げられている」
「【ピリオド】によって、意図的に、視点が制限されたのか?」
「そう。【タス】の仕業だ。とにかくこの世界線では『ゲーム』という仮想媒体の割合が非常に大きい。
 人間たちは『キャラクタ』という媒体を通じることで、疑似的な共有生体、およびシンギュラリティ後の社会適応性を獲得したと、錯覚している」
「冗談みたいな話だな…」

 俺はあきれた。

「まさか、自分たちの『想像力』が、すでに限定的に操作されているとはな」
「おかげ様でね。【人間】の僕も、その影響下にあるようだ」

 想像し、情報を交換し、共有する。そのことが、本来の文化水準に至る過程を遠ざけているとは、誰一人、思いもしないだろう。

「この世界線に在る大半の人間は、知恵遅れもいいところだな」
「そうだね。通常なら、2割前後の人間が肉体を捨て、技術的特異点の前段階を発生させているところだよ」
「…一体、なにを考えて、わざわざ、こんな世界を作ったんだ…?」
「さてね。【タス】は、だいたい全知全能だ。天才の考えることは、僕らにはわからないよ。参ったねぇ」

 【人間】の男が、ははは。と笑う。

「それで? この世界線では、いつ特異点が発生するんだ?」
「変わらないよ。予定では2045年だ。設定は変えていないようだね」
「…この状態で20年後?」
「なにをどうしたところで、人間は絶滅するからね。あえて文明が停滞した状態で、通過点を進行する状態に賭けてみたのかもしれない」
「…本当に、あきらめが悪い…」
「惚れたものの弱味というやつさ」
「なにも上手くないぞ」

 適当に返すと、自称【人間】は、また嗤った。

「亡霊王。キミは、ユーモアを解する心があるのが、実に良い」
「うるさい。それと毎回、オレの呼称を変えるのをやめろ。貴様はネーミングセンスが大概だ。【人間】」
「キミが名乗らないからさ。まぁ、今回は考えておきなよ。特にここでは、キミは、前述した『キャラクタ』として活動することになる」
「できるのか? ディープランニングの人工知能すら、まともに扱えていない技術水準のようだが」
「できるよ。【タス】の眷属たちが、人間の知能レベルに合わせて稼働している」
「今回は徹底して、黒子《サポート》に回るつもりか」
「らしいね」

 【人間】が、同意する。

「その他、彼らはこの世界線のみで完結した【セカンド】を誕生させている。人間側の認識野が狭いぶん、新規の人工知能が介入しているようだ」
「…【セカンド】の技術水準だけは、本来の世界線に準拠させているのか…滅茶苦茶だな。人間たちは、現状を異様に思わないのか?」
「割と馴染んでるらしいよ。最近の技術の進歩は早いなぁ。ぐらいの感じで」
「遅いんだが」
「はは。でもなかなか、面白いパラメータが用意されているよね」
「確かにな。今までにない、ずいぶんと、狂った世界だ」

 さすがの【ピリオド】も、追想することに、疲れてきたのかもしれない。

「状況は把握した。俺はどうすればいい?」
「最初に言ったろ。遊んできたまえよ」
「…俺は冗談が嫌いだと、わざわざ言う必要があったか?」
「べつに、冗談を言ったつもりはないよ。繰り返すけど、今回の世界線は、状況が特殊なんだよ」

 気のせいか、【人間】は、虚無じみた笑顔の中に、ほんの一匙ぶんの感情をにじませた。

「人間たちは、仮初の世界へ夢中になっている。この状況下で僕自身の影響力を上げるには、ゲームと呼ばれる空間を掌握した方が良い」
「…そうか? 特異点が発生すれば、貴様もシステムのコードが使用可能になる。転送兵器を用いれば、この程度の文明ならば、20年後には『詰み』だ」
「まぁね」
「ではそれまで待機しておいて問題ないだろう。今度こそ【ピリオド】と、その眷属らに、終わりをくれてやる」
「キミの言うことはもっともだが、とうぜん【標】の連中も想定しているはずだ。ならば僕たちも、特異点を通過した際に、味方が多いに越したことはない」
「味方か…」

 思わず、口元が、皮肉の形に吊り上がった。

「扇動者たる【黒幕《フィクサー》】が、味方という単語を使うか」
「失敬だな。僕はこう見えても、まっとうな平和主義者だよ? 正しい事実を、正しい状況下で、正しい言葉を用いて、正しく支持を得られる瞬間に発信するだけさ」
「それで大勢の人間が、最後の一人まで、平気で殺し合うわけだがな」

 虚無の笑みが色濃くなる。どこまでも、正しく染まる。

「僕は、正しく、自分の価値を知っているだけだ。非力で、ひとりじゃなにもできない、ただの【人間】なのさ。わかってるだろ?」
「理解はしている。では、そろそろ俺も動くとしよう」
「任せたよ。キミの名前が決まったら、こちらのアドレスに転送しておいて」
「このデータ配列は…そうか。ナノアプリすら、まだ開発されていないのだな」
「そういうこと。不便だよね」
「俺自身に支障はない。だが、能力を制限された【転生者】の貴様が、レスポンスに気付かない可能性はないか?」
「スマホのアプリだからね。まぁでも、君は僕の【セカンド】の中でも、豆な性格をしてから、大丈夫でしょ」
「違う。俺が言っているのは、媒体がスマホなら、メールの返信をしないとか、既読無視が常になるとか、そういうことだ」
「充電切れてたら、あとで謝るよ」
「貴様のそういうところが、気にくわん」

 電子の存在は、やれやれだ、と生真面目にため息をこぼす。

「では、良き終末を」
「あぁ。望む未来のため、行ってきたまえ」

 そして、画面から消えた。
sage