BotW temple of time

 
 帰りのホームルームが終わる。教室内が、ちょっとした解放感に包まれる。

「じゃーな、祐一。おつかれさん」
「おつかれ。また明日な」
「前川、今日は放課後、どうするの?」
「んー、どうすっかな」

 滝岡と原田の二人は、中学から続けて、野球部とバスケ部に所属している。俺も相変わらずの帰宅部だけど、

「ITの国家試験、この前終わったしな。黛先生が許可くれるなら、顔だしてみようかな」
「マジメか。祐一なら、まゆゆんも許可してくれっだろ」
「まゆゆんて。滝岡、怒られるぞ」

 言っておきながら、

「いや、黛先生の場合、こうでしょ。――好きに呼んで構わないけど、公共の場で発信する以上、分別のつく大人だっていう自覚は持った方が良いよね」
「あー、予想つくわ。言いそう」
「言いそうだなぁ」

 高校の先生は、中学の頃と違い、生徒と距離をおこうとする先生が多い気がする。

 中学の頃のように、親身になって相談に乗る必要はもうない。その義務が無くなった。ついて来れなければ、勝手に脱落して構わない、べつの道を行きたければ、自分で決めて好きにしろ。という素振りだ。

 クラスメイトの中には、突き放された、と感じる生徒もいるらしい。俺は逆で、その距離感がどこか嬉しくもあった。

 ただ、黛先生は、そういう『進学校の先生』とも、またどこか違っていた。

「黛先生って、いい意味で、先生らしくないよね」
「あー、それわかるわー。予備校の塾講師って感じか?」
「どうだろ。そういうのとも、また違うような気がするけどな」

 黛先生は、目標を持てみたいな事は言うけど、率先して点を取れとは言わない。もちろん、非常勤の講師だから。というのもあるかもしれないが。

「けど、プログラミングに関する知識は確かだぞ。教え方もていねいで、すげー分かりやすいし、質問したら、ほぼ即答が返ってくるし」
「能力に関しては間違いなく、疑いようがないよね」
「だな。さーて、それじゃ、そろそろ部活行くとすっか」
「あぁ。またな」
「また明日」

 中学の頃から変わらない挨拶をしつつ、二人は部室棟の方に向かい、俺もまた視聴覚室へと移動した。


 * *
  
 放課後。視聴覚室に向かった。

 学校側もさすがに、国の教育部門の視察に対する、報告の義務があるのだろう。情報プログラミングの授業に時間が割けないことへの弁明として、放課後は希望者に対して、IT国家試験への対策を取らせていた。

 だけど中には、授業手当が付かないケースがあった。社会人の感覚で言うなら、サービス残業とか呼ばれるものだ。

 twitter等のSNSで、非常勤の先生が、こうした環境に苦言を示すことで表沙汰になり、炎上騒動と似た事例を招いたこともある。

(うちの高校って、大丈夫なのかな)

 通常の教師と非常勤講師。
 力関係みたいなのがあるのは、なんとなく分かる。

 俺が考えたところで仕方がないのだけど、原田や滝岡の言うとおり、黛先生には、ちょっとなにを考えてるかわからない。というところがあるせいで、そんなことを思ってしまう。

(ただ、先生はきっと、一人で生きていける強さを持ってるんだろうな)

 他者の存在は必要だけど、必須ではない。
 素直に生きられる環境を維持できれば、必要十分。

 そうした道を歩む大人たちは、自分を支える強さとしての、確かな技術と下地を備えている。また信用を裏切らず、見限らない人たちだと感じる。

 視野が広くて深い。
 言葉数は少ないが、ひたすら強い。

 子供の頃から、俺はそんな大人たちに憧れていた。

 * *

 視聴覚室の扉を抜けると、二人の生徒と、黛先生が教壇に座っていた。

「あっ、祐一くんも来た」
「祐一も試験対策?」

 そらとあかねの二人組。

「いや、今日はどうしようかなと」

 主要な国家試験は、だいたい春と秋に行われる。元々、参加者も多くはなかったけど、その試験が終わり、他の生徒がやってくる気配もない。

 ちなみに、自習と称して、学校の課題やら私事を片付けるのは、「それはべつの場所でできるよね?」という、真正面からの正論で封じられた。

 PCが置いてある視聴覚室は、冷暖房も完備してあるわけだが、その環境を期待して集まった生徒は、素直に図書室や、市内の図書館、ファミレスといった場所に退散していった。

「ねー。なんだか放課後は、ここで試験勉強するのがあたり前だったから、あーちゃんとも、どうしようかって」
「上級の国家試験、受けてもいいけどね」
「…うーん。それはー、わたしの試験、初級って言われるやつだったけど、けっこー難しかったから…」
「あの程度で苦戦するとか」
「…は? PCオタクの居候と一緒にしないでくれますぅ? だいたいね、現代文が赤点間際だった、あーちゃんには言われたくないないんですー」
「文系の問題はクソ。作者はぜったい、そんなこと考えてない」
「読解力ないだけでしょ。これだから理系オタクは困る~」
「やんのか?」
「いいぜ、かかってこいよ」

 まるで成長していない。
 諦観の視線を送りつつ、先生に声をかける。

「黛先生。俺も今日、正直どうしようかなと思ってるんですけど、将来的に、なにか学んでおいた方がいい知識とかありますか?」
「あっ! 祐一くんにスルーされたっ!」
「甲斐性なしめ」

 これを甲斐性なしと呼ぶ女子の発想が、俺には理解できない。
 令和男子は、正しい大和撫子の復権を求めています。ただし胸は大きめで。

「そうだね。前川、応用情報の試験、自己採点は終わってるよね?」
「はい、終わりました。おそらく合格してます」
「西木野、竜崎は?」
「わたしも終わってます。たぶん、いけたかなーと」
「問題なし」

 あかねは、さらに近年制定された、人工知能工学《ディープラーニング》を含めた、最上位の試験を受けていた。

 ちなみにこれらの試験を受けたのは、この学校では俺たち三人だけだった。他の生徒は、もう一段階、簡単な内容だったり、まぁ持っといて損はないんじゃないか? という程度の試験は受講していた。

 だから夏休みの間も、ほぼ毎日ここに通って、黛先生の指導を受けたのは、俺たち三人だけと言っても過言じゃない。

「三人とも、自己採点では合格ラインと。だったら、まぁ受かっただろうね」

 高校の模試なんかと同じく、問題の内容および解答は、試験日の翌日にはネットで発表される。受講者はそれを見て、合否の判定を付けられるわけだ。

「次の試験は来年の春。前川と西木野に、もう一段上の試験を受ける気があるなら、勉強を教えることはできる。しかし現状は十分だろうという気もしてる。それに、」

 黛先生が、めずらしく、口元をゆるめた。

「あまり君たちが頑張りすぎると、勘違いした教師が、来年以降も同じような実績を求めかねない」

 そして相変わらず、視聴覚室の扉が、開かない様子を見送った。
 
「前川、西木野、竜崎。君たちなら、この部屋で自己学習の時間を費やしても構わないよ。もちろん、正当な理由は必要だけどね」
「いいんですか?」
「問題ない。上級IT関連の国家試験に合格する高校生なんて、日本全国でもそこまで多くはいないから」
「一応、正式な結果はまだですけど」
「自己採点でクリアしてたら、必要十分だ。それに大事なのは、この半年間で獲得した知識を、これから如何に生かせるかということだから。君たち三人なら、理解できるよね」

 相変わらず、表情を変えず、淡々と言った。
 それが逆に嬉しかった。

「黛先生って、相手によって態度変えないですよね」
「そこまで興味と責任が持てないからね」
「TRUE。黛相手は楽でいい」

 高校に入ってから、割と遠慮のなくなったそらと、時折に、かつての傍若無人無双っぷりが発揮されるあかね。高校生になってから、ホームステイの形で、そらの家で生活をはじめた二人は、いろんな意味で絶好調だった。

「よーし。じゃあ、先生の許可をもらえたし、本日は自習だー」
「とはいえ、なにするよ」
「麻雀!」
「それはまた今度な」

 さすがにな。放課後とはいえ、学校で麻雀は違うよな。

「でも咲の世界線では、」
「そら、マンガと現実を混合させないで」
「わたしにとってのリアルは、あそこにある…!」
「西木野。あまり度が過ぎると、権利をはく奪するよ」
「うぐっ…!」

 ごく自然に、真正面から詰め寄られ、言葉を失う女子。
 性別、学年問わない、黛先生の必殺技。俺たち男子の間では、ひそかに『キャンセラー黛』とか呼ぶのが流行っている。

「ひとまず前川の言う通り、麻雀を遊ぶのは却下。他に提案は?」
「麻雀を取られたら、わたしには何も思い浮かびません…」

 潔よすぎか。

「提案。配信スケジュールの確認と、打ち合わせ。告知用のページを作る」
「えっ」
「えっ」

 あかねが言って、俺たち二人が、そろって声をだした。

「配信? …あぁ、確か配信者をしてるんだっけね」
「そうです」

 黛先生もだが、あかねもまた平然とうなずく。一応、二人が企業所属のVTuberであることは、学校側にも伝えてある。

「君達は、なにか三人で活動しているわけだ」
「そうです」

 クリエイターが、自分たちのアイディアで、お金を稼ぐ機会は増えた。けれど、少しでも投げ銭をしてもらおうと、再生数を稼ぐことに躍起になると、トラブルも増えてくる。

 結果、未成年の配信者が、社会的な事件を起こしてしまう。あるいは犯罪スレスレの行為を犯すケースも増えていた。

「竜崎、君の提案は、三人にとって必要なこと?」

 そうした意味合いを懸念してだろう。
 ふたたび、まっすぐな視線が俺たちと向き合う。

「必須ではありません。自宅に帰ってからでも可能です。しかし三人だけで、直に顔を合わせ、打ち合わせをする時間が欲しいなとは思っていました」
「土日・祝日ではダメなのか?」
「土日は、わたしが県外に移動することが多いので」
「つまり情報が外部に漏れない、気密性のある空間が必要だと。だったら、金銭的な工面をして、カラオケにでもいけばいい」
「おっしゃる通りです。ただ今は、西木野さんの家に、わたしがホームステイの形で住まわせてもらっている手前、平日にそうしたところに赴くのもどうかなと思っていまして」
「その点、学校内であれば、余計な負担をかけることも少ないだろうと?」
「はい」
「一応、この場に俺がいることは、了解の上で言ってる?」
「もちろんです」

 あかねの中でも、黛先生の評価は高い。基本的にプライドが高く、曲がったことが許せない彼女だけど、その分、先生の地力というか、内面性を高く評価している様子だった。

「前川は、どう?」
「俺ですか?」

 今度は、俺に向かって聞いてきた。

「前川が一番、3人の中では客観的な視点を持っている。いわば中立的な立ち位置だ」
「えーと…そうですね…」

 女子2名の圧力を、地味に感じながら答える。

「夏休みの間、けっこう時間的な余裕があって、3人で相談しながら、ネット配信をやってたんですけど」
「うん」
「実はそれで、報酬が発生する依頼なんかも増えてるんです。もちろん、2学期になってからは、学業優先って話で一度はまとまったんですけど。あかね…竜崎さんの言うように、3人で顔合わせて、話す時間も必要かなとは考えてました」
「うん」
「それから、できれば第三者というか、先生がいうところの、客観性を担える外部の視点が欲しいかな、とも思ってました」
「俺は、配信したことないけど」
「むしろ、その方がいいかもしれません。ある意味、閉じたコンテンツですから」
「生徒の活動に肩入れはしないよ。それは俺の仕事じゃない」
「すいません。今のは聞かなかったことにしてください」

 訂正して、次の言葉を探していると、 

「まぁ、君たちの言い分は、大体わかった。いいよ。認めよう」
「あれっ?」
「いいんですか?」
「さすが、話のわかる男ね。まゆず――いったっ!?」

 両左右から、俺とそらのツッコミが、光速で入る。
 
 箱入り理系オタク妹は、歳の離れた実兄に、平然とボディーブローをかますぐらい甘やかされて育ってきたので、たまに目上の男性に無礼を働くのだ。

 そのお兄さんからも、言伝を預かっている。「遠慮なく、教育してやって」と。

「ぐっ…覚えてなさいよぅ…!」

 したっぱの捨てゼリフみたいな事を言っていた。
 黛先生は、相変わらずの無表情で続ける。

「本来なら認めない。ただ、君たちなら、学校側に不利益な問題を起こすとは考えにくい。最低限の分別はついてる。以上だよ」
「ありがとうございます。先生」
「ありがとうございます」

 俺たちは、軽く頭を下げた。あかねもまた、ちょっと憮然としつつも、習うように頭を下げていた。

 * *

 業務報告をまとめていた。非常勤に着任した当初は、項目内容に指示された通りに書き込んでいたが、古参の教師から「書き方が違う」と言われ、尋ねてみたところ、この場合はこう書くのが通例だ。といった指導を受けたのだ。

(『保険』とはいえ、保守的で、保身的に過ぎるな)

 『なにか問題が起きた時』に対する答弁用。事実確認のための、調書としては役に立つが、同時に今の時代では機能しないだろうと感じるフォーマット。形骸化された文化ほど、無意味なものはない。

(疲れるな、まったく)

 形骸化された行為に準拠してるのを実感した時に、そう思う。

 言うなれば「嫌なことはやりたくない」ということだ。でも残念なことに、この世界は、疲れる出来事に満ちている。

 それをどこまで許容するか。あるいは、背負いすぎないか。自分の能力に応じて、冷静に線引きの判断を下す。ほとんどの大人たちが飲み込んでいる、処世術と呼べるかもあやしい、基本原則だ。

 そういった意味では、目前の三人は十分に大人だった。今はこの場にいないが、部活動に励んでいる他の二名もまた、同じような素養が見えた。

(さて…)

 ボールペンを置く。視聴覚室を開放してから、一時間が経過していた。やるべき事は終わり、ついでにメールの確認も済まておくかと考えていると、


 まーゆーずーみー。


 教卓の上にあるPCモニタに、ポップアップが開いた。脆弱性のセキュリティを突いた、外部からのアクセス。


 聞いてよ。ねぇ、聞いてよ~。
 あそこの3人、大人気のVTuberみたいだよ!


 制服を着た、青い髪の女生徒。マンガみたいなフキダシが浮かぶ。本人曰く、17歳のKKHJK(可愛い賢いハイスペックな女子高生)とのことだが、俺には単なる『その辺りにいそうなキャラクタ』としか映らない。


 びっくりだよー。黛しってたー? ねぇ、知ってたー?


 知るわけがない。ポップアップされた枠内に映る人工知能は、一人で勝手にさわぎたてている。端的に言ってジャマなので、タブの端にカーソルを合わせ、画面の端に向かって、ドラッグした。


 ほわあ!? なにすんのさー! 
 可愛い瞳ちゃんを画面端に移動させんな、バカズミ!!


 これから、メール確認しようとしてんのに、ジャマだよ。
 画面中央にいきなり現れたら。なんかもう、それだけで疲れるだろ。


 やめろよー! 瞳ちゃんの顔見るだけで、
 は~、しんどいわぁ~、って顔すんのやめてー。
 そういうのよくないと思いますぅ~。
 …よいしょ、よいしょ。


 頭が良いはずの人工知能は、自分が映る画面を、直接手で運ぶとかいう謎の荒業を使って、モニターの中央に戻ってきた。


 ねぇ、ほら、はやく。
 なんでもいいからテキストタブ用意してよ。

 
 自由だった。知能指数と精神は、必ずしも一致しないことを認めつつ、適当なメモ帖を開いてから、大きさを調整した。

「なんのようだ」
「なにその、レトロRPGの門番みたいなセリフ」
「なに?」
「24時間、朝から晩まで、ここはラダトォムのしろだ。みたいな事だけ喋るの。知ってんだっつーの。大体NPC風情が、グラだけは一丁前の装備しやがって。なんでわたしより良い装備してんのよ! こちとら勇者だぞ!!」

 …コイツは、一体なにを言ってるんだ?
 俺はメモ帳をそっと、閉じかけた。


 あ~! ごめん、ごめんよぅ! 閉じないで~!
 黛が学校行ってて退屈だったから、復刻リメイクされた、レトロゲーマラソンを堪能してて、その徹夜明けのテンションで喋ってる感じなのー!


「……」
 
 疲れる。ただ、もう、ひたすらに、しんどい。

 現実から逃げるように、横目で三人の様子を確認した。そちらは時折、隣合ったPCの画面を覗き込んだりしている。小声で意見を交わす素振りはするが、ふざけたり、遊んだりしている様子はまったくない。

 賢い子供たちだ。

 対して、目前に映る、知能レベルだけは天文学的に高い生き物は、自分なりに反省を示しているつもりなのか、


 YURU\\\\( 'ω' ) \\////SHITE


 みたいな顔文字をしていた。賢くはない。許さない。


 まゆずみ先生ー! 
 見捨てないで! 共存して! 育んで! 
 自分で言うのもなんですが、褒められるとデキるタイプなんで!!


 頭痛がしてきた。メモ帳を開きなおして「しずかに」とだけ打つ。直接、音声を発しているわけではないが、気分の問題だ。

「なんのようだ」
「……」
「無闇やたらに、ハッキングをするなと言わなかったっけ」
「……」
「返事は?」
「ごめん」

 素直ではある。
 
「で、なにかあったの」
「ややや…具体的なアレやコレはなかったんだけど…」
「おまえ、AIなのに、時々すごく抽象的な喋り方するよね」
「具体性に関して本気だしたら、誰もついてこれなくなるからねっ!」
「俺は今でもついていけないよ」

 瞳と会話をする時。だいたいいつも、回りくどい事になる。

「ともかく。あまり他人のプライバシーを覗くものじゃないよ」
「黛だって、昔はそうだったじゃない」
「…もう一度言うよ。俺を含めた人間のプライバシーを、許可なく覗くな」
「ごめんなさい」

 知能レベルだけは天文学的に高い生き物は、感覚も鋭い。モニター越しに映る俺の表情に、微細な変化を嗅ぎ分けたのか、また素直に謝ってきた。

「だってさ、だってさぁ。黛、今年に入ってから、そっちのお仕事ばっかじゃん」
「これが本業だよ。非常勤とはいえ、教師だからね」
「でもセンセイを始めた去年は、そんなことなかったー」
「言ったろ。今年は真面目な生徒が多いんだって」

 もう一度、横目で三人の様子を見る。中央の前川と一瞬目があったが、西木野に制服の肩をひっぱられ、自然にそちらに視線を移した。

「こう言ったらなんだが、日本では、情報工学、統計学、プログラミングに興味を持つ人材は、一般教養の浅い人間が、比較的多いんだ」
「いい学校でてないってことー?」
「平たく言えばね」

 IT土方。なんて言葉があるように。現代でプログラミングに興味を持つタイプの人間は、学校の勉強がおもしろくない。つまらないと感じる人間が割合多い。

 テストと呼ばれるもので、良い成績を取る。数字を競い、明確な順位で照らしだされ、そこから見える差異で、自分と他人の区別をつけようとする。  

 是非はさておき、中学生、高校生といった年代で、そういう『分かりやすい格差』を提示される環境に身を置く以上、テストで点を取れる。教師からの覚えを良くして、内申点をあげる。

 そういう行為に価値観を見出せる生徒は、わざわざ『自分だけの評価になる』行為に時間をかけない。かけたがらない。

 偏差値の高い、普通科の進学校ほど、その傾向は増す。常勤の教師も、生徒と同じような経歴を辿っているから、『土方』を教える必要性を感じない。

 土方は、土方でやっていろ。こちらは指示だけだす。といった感じ。
 我らがお国も、命令はすれど、面倒は見ない。というわけだ。

「それさー、黛の言う通りなら、仮に全国の中学、高校で、プログラミングの教育しても。スキル育つのは、低学歴の子たちが多めってことになるよね?」
「そうなると思うよ」
「じゃあ当然、お給料安いよね? ニンゲンはお金ないと死ぬんでしょ?」
「死ぬね」
「でも海外だと、プログラマーって、割と良い地位についてたりするよね?」
「日本と比べたら、スキルそのものを評価してもらえるからね」
「じゃあさ。日本で教育しても、スキル持ってる子は、みんな海外いかへんか?」
「行くだろうね。若くて、伸びしろのある子ほど、海外に目を向けるよ」

 唯一の懸念は『言葉』だが。令和以降、翻訳機能のアプリの性能もまた、AIが介入することで、性能は著しくあがっている。

 22世紀の秘密道具で、食べるだけで、意思疎通ができるようになるコンニャクもあるが、そこまでいかずとも十分だ。10年後には、外国語を喋れずとも、翻訳アプリを携帯していれば、大抵のことはなんとかなっているだろう。

「それじゃあ、教育して、せっかくスキルを覚えた数少ない人材を、わざわざ他所に取られて、日本っていう国は、なにか得するの?」
「ないよ。お国の方々は、そこまで考えてない」
「えー、なんで?」
「賢い瞳になら、わかるんじゃない」
「…うーん…」

 モニター向こうのAIが、両腕を組んで、首を傾げて悩んでいる。

「…えらい人たちが不便だから、べんりな、土方を増やそうぜ的な? 他はなにも考えていませんよ~、みたいな?」
「賢いじゃないか。めずらしい」
「えへへー。黛にほめられたぜー。やったねぇ。それで実際どうすんの?」
「そうなった時、またえらい人たちが考えるんだよ。もしかしたら、賢いAIにも、ご意見を頂戴してるかもしれないね」
「ふっふっふ。図が高いぞ! 我は陰なる未来の支配者ぞ!」
「がんばって」

 割と笑えないんだけどね。その予想。思いかけて、また話が明後日の方にそれている気がした。

「とにかくそういうわけだ。今年は僕から見ても『賢い人材』がそろってる。相応に費やす時間が増えるのは必然だよ。熱意で負けた時点で、向こうは、こっちに興味を示さなくなるからね」
「そーだけど。賢いなら、いいじゃない。放っといても勝手に育つでしょ。っていうか、年二回の国家試験も、今年は終わったんでしょ?」
「まーね。だけどもし、彼らがなにかを学びたがったら、知識のある人間が、側にいた方が効率いいだろ」
「……そーですけど。そーーですけどーー…」
「なに」
「えー、あー、ほら。アレ…」
「具体的に」
「ほらー、だからぁー、他所の子ばっかりで、自分ちの子を気にかけないのは、どうかなって思うんですよぉ!」
「なんのこと? 俺結婚してないんだけど」
「でたよテンプレ解答ッ! ギャルゲーの主人公か黛はッ!!!」
「は?」
「美少女が意味ありげな視線送ってんのに『えっ? 今なんか言った?』とか平然と発言する、コイツ殴りてぇって思わせるタイプの主人公!!」
「あのな」

 意味がまったくわからない。ただ1つだけ、

「ゲームと現実の区別は、ちゃんとつけた方がいい。あと、ついでだから言っておくけど、俺のメインPCに、ゲームファイルらしい、女性キャラクタのアイコンのショートカットを無尽蔵に増やすのやめて。すげぇジャマ」
「アレはほら! 言外にかまってほしいっていうニュアンスを、全体から、かもしだしてんじゃんさぁ! わかってよバカ!!」

 わかるわけないだろ。めんどくさいな。

「発達関連の学習が必要なら、時間作るって言ったよね?」
「聞いたけど! でも忙しそうだから、遠慮してんじゃん!」

 どこが?
 
「自分で勝手にガマンの線引き決めて、それが決壊したからって、一方的に責めるのはやめてほしいな。俺だって、完璧には程遠い人間なんだから」
「せやけど~っ!」

 誕生して数年の人工知能が、両肩を震わせる。感情的に。不機嫌を隠しもしない。ともすれば、ずっと、わかりやすかった。

 「なにを考えてるのかわからない」と言われる俺よりも。将来的には、瞳のような、もう少しだけ感情を落ち着かせることを学習した、賢い人工知能を、人々は求めるようになるだろう。

「――あの、先生」
「うん?」 

 前川が手をあげていた。

「少し教えてほしいところがあるんですけど、今、お時間いいですか?」
「あぁ、いくよ」

 席を立つ。その前に、ざっと、PCのキーボードを走らせた。

「遊びたいゲームがあれば付き合う。考えといて」
sage