機神界


 2020年以降。

 eスポーツが話題になりはじめたのを皮切りに、世界各国の大手ゲーム会社、ソフトウェア開発会社が、競い合うように、タイトルの開発に勤しんでいた。

 仮に、自社タイトルが、オリンピックの正式種目として採用されようものなら、莫大な利益をうみだすのは、あきらかだ。

 2024年は、そうした思惑による競争理念が懸念され、オリンピックという大会の目的性とは異なる。という理由から、一度は棄却されたが、徐々に体制が整い始めてくると、世間の風向きも変わりはじめる。

 2028年に開催予定のオリンピックでは、eスポーツもまた、パラリンピックと同様に、開催時期を並行して行う、独自の大会開催が認められるだろうという見方が強い。

 世界中の投資家たちは、そのような情勢を鑑みている。オリンピック等で採用されそうなゲームタイトル、あるいはデバイスを開発できる企業を予想し、対策をたてつつあった。

 その中でも注目されている企業のひとつ。欧米の開発チームでありながら、日本、中国、韓国などのアジア圏内にも進出し、イメージビジュアルの垣根を乗り越えて、大成功を収めたゲーム会社があった。

 Timy studio group.

 顧客のマーケティングを、自社開発したAIが担当していると噂される、新進気鋭のゲーム会社だった。

 同社は2020年を境に、世界全土で広まりつつあった、高速インフラ規格『5G』に焦点を合わせた。そして翌年、スマートフォンモバイルで遊べる、本格派のmobaゲーム『Legend of Arena』をリリース。

 日本では、ガチャ《pay to win》制度のRPGか、成長要素のあるアクションゲームしか、ヒットを飛ばせないと言われていたが、上述した内容の他、様々な要因も重なって、他国と同様、日本でも大ブレイクした。

 Timy studioは、現在も複数タイトルの運営、移植などを担当している。2024年には『LoA』の成功を機に、日本の大手ゲーム会社とも、新規タイトルの開発、業務提携を結んだことを発表。

 2026年には、PCおよび最新のゲーム機を対象にした『Gun & Music』をリリース。同タイトルは、世界初ともいわれる、新規格の周辺機器との接続、および操作を可能としていた。

 また現在も引き続き、プロゲーマーと、それに次ぐ有名実況者を支援する方針の旨を告知した。自社製品の広告塔、および売上を促進させるインフルエンサーとしての活動をプレイヤーに期待し、採用していきたいという考えを述べている。

 * *

 【GAME is OVER】

 Congraturations!!
 You are the GrandMaster!!


 液晶モニターの中央に、華々しい装飾のテロップが浮かんでいた。

 そのすぐ下には、全身を白銀色の防護鎧《プラグスーツ》――日本のアニメでヒト型の戦闘機に座るパイロットが着るようなデザイン――を身にまとった、どちらかと言えば、細身よりのキャラクタが立っていた。


 【Silver_Sword】


 直訳すれば、銀の剣。頭部もフルフェイスで覆われており、表情や顔立ちは一切みえない。目元には、細長い、V字型のアイセンサーの模様だけが浮かび上がっている。腰元には、その名称を表すかのような刀剣の鞘が二振り。

「さてと。宣言通り、10連勝が達成できたね」

 銀の剣の担い手。配信者の彼は、最新の『AIデバイス』に手をそえた。

 現実を生きる肉体。頬の上、こめかみの辺りにあるスイッチを軽く押すと、レイヤー層が一つ取り除かれる。見慣れた現実と、PCモニターに映るゲームの世界が両目に映った。

:GG、ホープ!
:10連勝すごすぎ!

「サンキュー、みんな」

 長身痩躯の、若い欧米人の男だった。もっとも特徴的なのはヘアスタイルだ。現実的ではない、翡翠《エメラルドグリーン》の髪色。相手がどんな人間だろうと目に留まる。とにかく目立つ。

「今回は運が良かったよ」

 身に着けた上着も、一般的でないスリットや意匠が入っていて、全体的な印象は、ロックシンガーだろうか。あるいは、それ以外の職業が思い浮かばないほどに、強力な先入観を引き寄せた。

「まぁ、どんな相手が来ても、負けないけどね」

 対して、言動はどこまでもおだやかだった。

 先鋭的な外見に、人当たりの良い内面。

 まるで、アメリカンコミックから飛びだしてきたような風貌と性格だ。そもそもの外見自体も、非常に優れている。彼の存在そのものが、フィクションと、リアリティの狭間に位置するような、絶妙な雰囲気を漂わせていた。

:ホープがやってるゲームは、俺のやってるゲームと違うんだ。
:今度キャリーしてよ。
:神だわ。
:さすが有言実行の男。
:開幕、野良のメンバーが二人も回線落ちたのに、そこから勝ち抜くとか。
:最強でしょ。

 液晶モニターの向こう側には、配信者を称えるコメントが、しばらく途切れる様子がなかった。彼は薄い笑みを浮かべたまま、新しいデバイスを机に置いた。

:ホープは、どこのメーカーの『ビジョン』を使ってるの?

 視聴者が、彼に質問を投げかけた。

「あぁ、これかい? 日本のメーカーが発売してるやつだよ《made in Japan》」

;日本の?
:なんてやつ?

「『ホロライブズ』さ」

 ホープと呼ばれた、配信者の青年が気さくに応える。

「これまで使ってきたものの中で、一番レスポンスが良い」

 2020年を境に、各分野で急速に栄えはじめた人工知能の研究。その中で実用的となって広まった『装着者の視覚』を利用したもの。

 形状としては、通常の『メガネ』と変わりのないフォルム。ただし、レンズの部分が左右に分かれておらず、人間の鼻に被さるところが、少し湾曲したデザインになっている。

:確かに、あんまり見たことのない『ビジョン』かも。

「だろ?」

 ホープが、配信用のカメラの側に近づけてから、また愛想よく笑った。

 そのAIデバイス、新たなインタフェース装置は、ゲーマー達の間で『ビジョン』と呼ばれている。人間の視線を追いかけ、眼球の変化を確認することで、ゲーム上のキャラクタの移動や、視点の変化を可能にする代物だ。

 デバイス内の人工知能が、各プレイヤーの反応速度、および身体能力に適した操作を学習していくと、やがては従来のコントローラー、マウスとキーボード、レバーボタンといった物よりも、高速かつ精度の高いレスポンスを生みだした。

 人気の配信者たちが、これを装着してゲーム配信をすることで、コアなゲーマーのみならず、ライトユーザまで浸透した。

:日本って、ゲーム機とソフトしか作れない国だと思ってたわ。
:人工知能の技術に関しては、遅れすぎてるってイメージしかなかったな。

 ――意外でも、なんでもないよと、彼は心の中で返した。

 現在、世界でも有数のAI先進国であり、世界初を謡うデバイスを、次から次ㇸと開発してる彼の地。

 『ビジョン』もその一つだが、設計思想と開発に至った最初のキッカケは、日本であり、まだ学生だった青年が主導になって作りあげた物だ。

 何故それを知っているか。
 資金援助をしたのが、他ならぬ、配信者の彼だったから。

:Amazonみたけど、生産中止してる。
:オークションの中古もクッソ高いのな。
:日本はすぐ品薄商法やるから。
:でもここ、会社無くなってんじゃない?

 現在では、大手各社の型番を付属したものが、細かな性能の違いをアピールしつつ、新たな市場のシェア取りに勤しんでいる状況だった。

:やっぱりこれからは、AIデバイスの時代なのかね。
:俺はやっぱ、マウスとキーボードがしっくりくる。
:慣れたら、AI採用した周辺機器一択だけど。
:でもリアルの大会だと、AIデバイス使用禁止やぞ。
:なんで?
:不公平だからでしょ。

 流れるコメントを見ながら、彼も口をはさんだ。

「2028年のオリンピックには、さすがに間に合うさ。2年後には、さらに次の、新しいデバイスが発表されてるかもしれないけど」

:科学の進歩速い。
:最近急にいろいろ出始めたな。

 配信者は、変わらず高速で流れるコメントを見送りながら、静かに言った。

「じゃ、少し休憩するかな。悪いね、一度顔を洗って、目薬をさしてくるよ」

:いってらっしゃいー
:ホープお疲れ。
:何時から再開?
:俺も風呂入ってこよう。

 * *


 ストリーミング放送。ついさっきまで、個人配信者がゲーム配信をしていたが、しかし今は本人が席を外していて、特におもしろいものは映ってない。

 コメントだけが流れていた。

:にしても、ホープヤベーよ。サバゲで固定なしの10連とか、普通無理だって。
:やっぱ潜在的なパワーって、今は風エレがトップなの?
:風は全ジャンルでティア2。多少のメタにはなるけどいらん。
:その情報もう古いよ。時代は風アサ。今も研究は進んでいる。
:ぼちぼち寝るわ。アーカイブで見返そう。じゃあねー
:寝るニキおつかれ。おやすみ。


 配信者がいなくなったことで、ツリー式のチャット欄が、にわかに掲示板の代用品にされていた。ゲーマー達が、わいのわいの盛り上がる。

:風も悪くないけど。やっぱ、火、水、土のバランスPTが安定すわ。特に野良。
:そうそう。3人1チームだから、PT戦考えたら、風抜けるんだよねぇ。
:ソロでの1対1なら、風も十分戦えるけどな。狙われると溶ける。
:AIMヘタクソは、防御マシマシ土ガトか、水リジェで火バフもらいつつ、近距離ショットガン安定よ。
:風は、速度バフ、ブリンク、3段飛び。対戦ゲーで強い要素そろい踏みではあんねんけどな。いかんせん、撃ち合い弱すぎる。
:MP消耗値がでかすぎるんだよな。上方はよ。
:まだいらんでしょ。上位の連中が風使うようになってきてるから。ヘタにリソースいじると環境壊れる。
 
 国や民族、ともすれば宗教の価値観すらをのり越えて。人気配信者のお膝元という環境に集ったオタク達が、話題のゲームについて、やいのやいの言い合っている。

 話題は尽きない。

 アレが強いの弱いだの、あのキャラのスキンがイカスの萌えるだの、日本の今期アニメなに見るの。などなど。時に殴り合い、煽り合い、マウント合戦を繰り広げ、やがて人種差別などの深刻な問題に発展しかけたところで、

「ただいま」

:おかえりー。
:おかえりホープ。
:おかえりなさい。

 ボクたち、おとなしくしてましたよ、アピールを開始。教室に入ってきた学校の先生を見かけた生徒たちのように。それぞれのモニター向こう側で、行儀よく席に着く。自分たちが憧れるスターの一言を待った。

「みんな、なに話してたんだい。――あぁ、現環境の話か」

:そうそう。このゲーム、日本人が割と強いんだけど、ホープはどう思う?
:やっぱ、ビジョンの使い方が上手いとかあるのかな。

「かもね。日本はPCゲー全般が流行ってなくて、FPSに対する先入観があんまりなかったから。端的に言って、日本人の若い層は、新規のデバイスに対する適応力が早いのかもしれない」

:なるほど。
:為になるな。

「そういう環境下で、まっとうな実力を持ってる、強くておもしろいプレイヤーがでてきたら、全体としての地力も上がる。最近はだいぶ風向きも変わってきたし、そろそろ世界的にも有名な、プロがわいてくるんじゃないかな」

 配信者の彼は、いかにも楽しげに、流れるコメントを丁寧に拾う。

「ゲームを再開する前に、もう少し雑談しようか。なにか質問はある? なんでもいいよ。ただ、あまりにも無意味なのは無しの方向で」

 ホープが聞くと、コメントが勢いよく流れた。彼はしばらく、じっと、高速で流れるコメントを目で追った。

「…」

 なにかを見抜くように。表示されているのは、一般的に用いられるフォントだ。特に目立つところはない、なんの変哲もない文字列の中から、彼にしか見えないなにかを救いあげるように、じっと目を凝らした。


kevin:
「どうすれば、僕も、ホープみたいになれる?」


 捉える。


「ケビン、なにか悩みでもあるのかい」

 彼はまっすぐ問いかけた。集まっていた視聴者の頭の中に「ケビンって?」と、疑問符が浮かびあがっただろう瞬間に、

「あぁごめん。いま、俺みたいになりたい。っていうコメントが見えたんだ。なんだかちょっと気になってさ」

 そんな風に伝えると、さっきと同じ名前が答える。

kevin:
「もしかして、僕のこと?」

「そうそう、君のこと。今ボイチャできるかい?」

 同時接続者数100万人。単なる数で例えれば、ちょっとした宝くじの、1等賞を当てられる確率。

 単に「ラッキーだったね」で済ませてしまうには勿体ない、時と場合によれば『奇跡のような幸運』だ。液晶モニター1枚を隔てた先で、きっと心を躍らせているに違いなかった。

kevin:
「マイクはあるよ。ゲームでも使ったことある。でも今やり方わかんない」

「オーケイ。今から教えるよ」

 ゲーム配信者は、にっこり笑った。kevinのIDをピックして、自分の方でも設定を試みる。

 対して、配信自体のリズムは悪くなった。たった一人の相手にリソースを傾けたことで、視聴者が心待ちにしている、肝心のゲームプレイが始まらない。おまけに質問の抽選に漏れてしまった視聴者には、不要な時間が続く。

「簡単だから、のんびりクッキーでも食べながら聞いてくれ。『サウザンド・エピックス』に登録していたら、基本は同じ手順でできるからね。友達がボイチャをして遊ぼうぜって言ってきた時は、今度は君がやり方を教えてあげたらいいよ」

 配信者はやさしく伝えるが、その他の視聴者は正直だ。秒単位で、自分が求める娯楽が手に入る現代において、配信を見ていた一部は、テレビのチャンネルを切り替えるように、立ち去っていく。

 それが、目に見える数字として、双方に映る。
 配信者は、まったく意に介さなかった。

 数と中身。あるいは質を調整するように、この時は後者を優先した。

「――――聞こえる?」
「おっ、完璧だ。君は頭が良いな」
「あ、ありがとう…嬉しいな。本物のホープなんだ」
「そうだよ。俺はここにいる」

 視聴者にも、リスナーの声が届く。再変換してデータを分散しているので、音質は粗くなってしまったが、はにかむ声は、変声期前の少年のものであるのは間違いなかった。

「さて、それじゃ、ケビンでいいかな?」
「うん。僕の名前だよ。リアルでもそう」
「わかった。じゃあ、ケビン。改めて質問を聞こうか」
「うん。えっとね、僕はどうすれば、ホープみたいになれる?」
「俺みたいになれるかっていうのは、中身のこと? 外見なら簡単なんだけど」

 配信者は、自らの蒼紫色の髪を指さして、笑ってみせた。lol

「ううん、そうじゃなくて。あっ、もちろん、その髪もカッコイイと思ってるんだ。でもママがぜったい許さないって」

 少年が言うと、視聴者と一緒になって笑う。仕方ないね。

「僕がなりたいのは、プロゲーマーにってこと。ホープみたいに、サバイバルゲームで、10連勝できちゃうぐらいの、本当に強いプロ」
「最高記録は29連勝だけどね」
「うん、あの時も見てた! 30戦目でクソチーターに、リロード無しの無限ランチャーブチ込まれたよね! ほんと最悪!! チーター死ね!!」
「オーケィ、落ち着こうか少年。確かにアレはしょうがない事故だった。でも録画した動画を取って、パッチ対処されたからね。でも君がそんな風に怒ってくれて、霧が晴れた気分だよ。ありがとう。でも怒るときは控えめに」

 派手な外見とは裏腹に。
 ゆっくりと、子供相手にも聞きやすい声で、配信者は続ける。

「話をそらして悪かったね。まぁようするに、ケビン、君は将来、プロゲーマになりたいわけだ」
「うん! ホープみたいな配信者になるのが夢!!」
「じゃあ一つ、君にたずねよう。――ゲームは好きかい?」
「大好き!《Yes,I Love!》」
「オーケイ。それじゃ、ちょっとだけ厳しいことを言わせてもらうよ」

 オープン化されたボイスチャット。むじゃきな男の子の声。リアルタイムで同時視聴していた、100万人にも近い世界中のファンが、好き勝手なコメントを流しながら、彼の返答を待ちわびていた。

「ケビン、君はゲームだけ遊んでいては、いけないよ」

 ひどく静かな、生真面目な声だった。

「良い機会だから言っておこう。もし視聴者の中に、彼と同じ年頃の少年、あるいは少女がいたら、俺は同じ言葉を与えるよ。ゲームだけ、してはいけない」

「……」

 少年の、息を呑む声が、聞こえる気がした。伝わる気がした。

「すこし、喉がかわいたな。待ってね」

 配信者は、あえて『間』を作る。席から立ち上がり、側に置いた小型の冷蔵庫から、アルミ缶のエネルギードリンクを取りだし、プシュッと音をたてた。

 広告はでてないが、彼が一本、特定の銘柄のエネルギードリンクを飲んで、感想を口にするだけで、同じ商品が、世界中のスーパーマーケットから売り切れる。という事態になったこともある。

 有名なゲームの実況配信者は、場合によっては、現実世界の芸能人や、俳優よりも、大きな経済効果を巻き起こす。

 もちろん、言動一つにおいても、同じことだ。

「…ホープも、パパやママと同じことを言うんだね?」
「あぁ、言わせてもらうよ。これは、とてもたいせつなことだからね」

 少年は、露骨に不機嫌な、失望したような声をあげていた。対する配信者の声は変わりない。

「…なんか、ガッカリだ」

 応援してほしかった。勇気がほしかった。期待していた。普通の両親も、普通の友達も、普通の学校の先生も、普通のルールも、この世界なんてぜんぶクソッタレだから、君の自由にやってみせろ。とか言ってほしかった。

 そんな感情が、たっぷりこもった声。
 真摯に、ていねいな対話を試みる。

「ケビン、キミがゲームで勝つには、たくさんの『視点《vision》』を持たないといけない。多様性は、ゲームの技術、キャラクタの対策といった事柄にも通じている」
「…それが?」
「ゲームキャラクタを操作してるのは、人間だ」

 突き離さず、自身の考えを伝える。

「そんなの当たり前だよ。僕たちは、コンピューターじゃない」
「その通り。俺も、君も、人間だ」

 配信者の声は、夜のしじま、寄せては返す波の音のように。不思議と、静かに広がっていく。

「少年。君がゲームを愛する理由はなんだ? 勝負に勝ちたいのか?」
「勝ちたい。でもヘタクソなんだ…誰もチームに入れてくれない…」
「どうして君がゲームに勝てないか、俺はわかる気がするよ」
「…運動オンチだから?」
「違う。人間に興味がないからだ」

 もう一口、エネルギードリンクを飲んだ。光速で流れる視聴者のコメント。ただの文字列が、にわかな緊張感を持ったようにも感じられる。

「君が『ゲームという世界』を愛しているなら、その気持ちを裏切らないための勝利を獲得したいという気持ちは理解できる。それは、確かに必然だ。けどね、俺たちは、みんな同じ気持ちなんだよ。勝ちたいんだ」

 いったん、エネルギードリンクをよけて置く。特徴的な形状のチェアにゆったりと掛けて、続きを口にする。

「君が真に強くなり、勝ちたいと願うなら。ひとつの世界に時間を費やし、反復するだけでは限りがある」
「…でも、ホープ、オリンピックに出場するようなスポーツ選手は、僕たちぐらいの歳で、練習ばかりしてるって聞くよ。学校にもいかずに」
「フィジカルな肉体能力が影響される分野は、そうかもしれない。ただデジタルな環境は、その限りじゃない」

 淡々と、彼は伝える。

「現に、俺がゲームに時間を費やすようになったのは、大学生になってからだからね。そのゲームを始めたのも、フットボールチームの友達から、一緒にやろうと誘われたのがきっかけだった。
 さっきも言ったけど、ゲームを遊ぶのが人間なら、ルールを作るのも人間だ。フットボールも、コンピューターゲームも、必ずどこかに、製作者の意図というものが存在する。特に『勝利条件』に関しては、最たるものだ。それを直感的に理解するには、現実のスポーツが有効だし、論理的に解するには、学校の勉強や、友達と仲良く遊ぶという経験もたいせつだ」

「…だけど、ぼく現実のスポーツは、もっとヘタクソだから…勉強もできない…」

 悲しそうな、少年の声が流れる。

「そうか。ではこのままではいつか、君は自分の限界を悟るだろうな。学校のペーパテストと同じだ。思うようにいかない。障害ばかりに意識がいく。目に映るスコアを突きつけられる。やがてゲームという世界にも、愛想を尽かしてしまう」

 どこまでも、真摯に伝える。手心は加えない。
 相手が誰であろうと、容赦なく両断する。

「君はいつか口にするよ。君がつまらないと感じている、大人たちのようにね」
「…なんて?」
「昔はよかった。昔のゲームは最高だった。今のゲームは中身がない。クソだ」

 わかるだろう?

「夢中になっていた当時の記憶だけが、君の中で、もっとも美しい時間になって止まってしまう。とてももったいない事だと思うね」
「…だから、ゲームばかりしてちゃいけないの?」
「そのとおり。ゲームは、あくまでも選択肢の一つだ。生涯にわたって、君の人生を輝かせるためには、選択肢を1つだけに留める必要はまったくない。むしろ、逆なんだよ」
「逆?」
「つまり、こういうことだ。つまらない学校の勉強、上達しないトレーニング、テンプレートで、ユーモアのない先生のおしゃべり。そういう、心の中から『クソじゃねーの』と思う事を、マジメに聞くように心がけるんだ」
「…なんのために?」
「ゲームを楽しむためだ。今を最高に楽しむためだ。なにより、そうして現実と向き合うことで、君はゲームにも勝てるようになりはじめる。これは、マジな話だ」
「ほんとう?」
「本当だとも。なぁ、そうだろ、みんな」

 コメントが加速する。年齢層の高いリスナーが「そうそう!」と賛同する。それから、自信のない少年にエールを送る人々も現れた。

 見ていて楽しい。その空気感を、世界中にいる、ありふれた普通の人たちが作り上げていく。

「少年、正しい事に向き合うんだ。まずは、あらゆる出来事に取り組んで、あらゆる事象を受け止めよう。その中から、君にとって、真に必要なものを見極め、行動するんだ」
「…できるかな?」
「できるさ。君はすでに、勉強やスポーツといったことが、不得手であることを自覚している。それは正しい強さだ。君の武器だ。弱さではない」
「…うん」
「武器は磨くべきことで、さらなる価値を発揮する。いずれ君は理解する。自分と相手の能力、向き、不向き、勝ちパターンといったものが見えてくる。すると君の人生は豊かになる。ゲームはますます、おもしろいものになっていく」

 配信者『HOPE_William』の声を支持するものが、その時点で、また増える。

「さらにもう一つ」

 ひとさし指を、ピッと持ち上げる。

「正しき事象を見極める眼に、信じる精神が合わさった時、君は1つの星となって巡り廻る」

 エネルギードリンクに手を伸ばし、さらに一口分だけ、喉をうるおす。
 この時間だけで、ネット販売の同商品が『品切れ』を警告しはじめた。

「君の『ゲームが好きだ』という気持ちを、他ならぬ、俺自身に信じて欲しいと願うなら、君は証明しないとならない」
「…ぼくは、ホープに、なにを証明すればいいの?」

 少年の声が問いかける。他ならぬ、配信を見ている、世界中の若者たちも、現代を生きるスターの言葉を待った。
 
「あらゆる可能性を、未来を信じること。君がいつか大人になった時、俺という存在を、綺麗さっぱり『いらないもの』にしてほしい。僕は新しい物を見つけたよと、そう言ってくれる日を、楽しみにしてる」
「いらなくない! ぼくは、ホープを嫌いにならない」
「それはそれで最高だな」

 その瞳の先に、ひとつの通知が届けられた。

 【Silver_Sword】が、あなたをフレンド登録しました。
 チームメンバーに招待しています。

 その瞬間に「わぁ!」と、歓喜の声があがった。

「僕でいいの? ゲーム、すごくヘタクソなんだよ」
「これから強くなっていけばいい。その代わり約束だ。ゲームが終わったら、配信を閉じて宿題をするんだ。もう夜も遅いからね。子供は寝る時間だ」
「わかった! ありがとう、ホープ! ぼくがんばる!!」
 
 ログインする。仮想世界で流れるコメントが「がんばって!」と、二人を応援する声に変わる。

 配信者、ホープ・ウイリアムは、ホロライブズを装着した。マッチング画面で、べつのプレイヤーも一人参戦して、彼らはチームを組む。

 ゲームがスタートする。

 輸送船、眼下に広がるのは、荒野の戦場。二人のキャラクタが輸送船のハッチの前に立つ。

「さぁ、いくぞ」
「うん!」

 両腰に、銀の剣を携えたキャラクタが、二人を連れて、青空の中を翻った。


『――相変わらず、口のよく回る生き物だ』


 配信のカメラの死角。ため息をこぼした人影が、音もなく、つまらなそうに吐き捨てる。


『戦ってるのは、俺だぞ』
『そういうなよ。僕は一応、君のリソースなんだしさ』
『特異点が発生するまではな』


 表情は視えない。V字型のアイセンサーが、静かに波打つだけ。配信者も口元では器用に喋りながら、限定された通信を返す。


『そもそも、君もスターになりたかったのかい?』
『バカを言え。道化を演じる貴様の姿を見ていたら、つい口を突いただけだ』
『それは失礼』
『あまり油断はするな。ここで敗北したら、笑いものだぞ』
『逆に、それはそれで面白いと思うけど』
『だまれ。俺は負けるのが嫌いなんだ。死ぬほどな』
『知ってるよ』

 人影が笑う。空を落ちていくゲームのキャラクタ。アイセンサーが、不快そうに赤く曇った。

『俺の戦闘能力は、現状確かに、貴様の身体能力に依存している。経験による動作は保障してやるが、貴様が見誤れば、一巻の終わりだぞ。上手く操れ』
『了解だ。まぁ、この世界は、何度でも挑戦できるけどね。まるで僕らの関係を、丸ごと縮図にした様な感じじゃないか?』
『あぁ。その点だけは悪くない』
『あれ、悪くないんだ?』

 その答えは少し、意外だったなとばかりに問いかけると、

『ここにいれば、未来永劫、戦える。繰り返し、繰り返し、繰り返し。なにも考えることなく、ただ、無心に剣を振るうことも可能だろう』
『そういうことか』

 人影は、また少し笑った。

『銀の剣《Silver_Sword》か。いくら血に塗れても、けっして錆びることのない、呪われた剣。中々、らしい名前をつけたものだ』
『存外気に入ってるさ。貴様が名付けたものではない、という点が最高だ』

 音のないやりとりをした先。地面が近づく。
 無人の、打ち捨てられた建物基地の一角。
 
 銀の流尾を放つ、一等星の偶像が降り立った。
 銃と魔法が存在する世界で、両腰の剣を、交差するように抜き放つ。

『時が満ちるその日まで、今しばらく、貴様の茶番にも付き合ってやる』

 偶像が告げる。本体の人影が笑う。

『キミ、実は結構、この世界と相性が良いんじゃない?』
sage