お気に召すまま


 昼飯を食べ終えたあと、自室に戻り、支度をした。スマホ。充電オッケー。財布、中に現金とカード、学生証も入ってる。


 そして時に半身。俺の相棒。モバイルPC。充電OK。

 『昨日のゲームプレイ』は、しっかり保存済み。

 エンコードも済んでいる。

 まとめて迷彩柄のショルダーバッグに入れ、外出用のジャケットをはおる。踊り場の洗面所で顔を洗い、身だしなみを確認。ヘアワックスでしっかり髪型も整えた。階段を降りると、トイレから新聞を持って出てきた父さんとはちあう。

「やぁ息子、なかなか決まってるね」
「サンキュー。後ろ、変にはねたりしてねぇ?」
「問題なし。パーペキ」

 この道30年の美容師のお墨付きをうける。店の方に回り、午後からの準備をしている母さんにも挨拶する。
  
「じゃ、行ってくる。夕方には帰るから。間に合ったら、また店のほう手伝うよ」
「あんまり気にせず遊んできなさい。あとこれ、今朝のお給料」

 お札を一枚、さしだされる。「やったぜ」と受けとった時に気がついた。

「母さん、これ5千円札だよ?」
「いいのよ。今週は、ほぼ毎日お店を手伝ってくれてたでしょ。さすがに千円じゃ申し訳がたたないわ。祐一目当てに来てくれる常連さんもいるぐらいなんだから。指名料よ。お父さんも了解済みだから、受け取んなさい」
「じゃ、遠慮なく! いってきます!」
「車に気を付けてね」

 午後1時過ぎ。店の裏口から家をでた。自転車を押して表のほうに回ると、ちょうど眠たげな欠伸をしていた大学生ぐらいの人が、あくび混じりにやってきたところだった。

「いらっしゃいませ。お席へどうぞ」

 背後で扉が開き、父さんと母さんが、さっそくお客さんを案内する。リンとすずしい鈴の音。見送られて、俺も自転車のペダルをふみ込んだ。



 街の目抜き通り。俺を含めた地元の学生たちが行きつく先は、いつもその場所に限られていた。

 毎日、県内と他県を行きかうバスターミナル。顔をあげれば新交通機関のトラムが走り、始発となる場所には地下街が張り巡らされて、地上は路面電車が行きかう場所になっている。

 新しい建物が並ぶ一方で、去年、創立60周年の垂れ幕をぶらさげた大手のデパートも見えた。広々とした表玄関口には、変なカタチのオブジェが並んでて、観光客の外国人が、スマホでひたすら写真を撮り続けていたりする。

 そんな風に、形だけは精一杯、大都会を真似ていたい街の中心までを自転車で走った。人通りが増えてきたところで降り、県が管理している自転車置き場の1つに顔をだす。

 上下二段に並ぶ『自転車ラック』と呼ばれる機械が、俺と同じように遊びにやってきた持ち主の帰りを待っている。今日は日曜だから、どこもしっかりと埋まっていた。

「安田《ヤス》のじっちゃん、こんちはー!」
「おぉ、祐一くんか。こんにちはぁ」

 事務員の個室で、ちょっと退屈そうにカメラを見ていた、お年寄りに声をかけた。安田さんは「よっこいせ」と言って、パイプ椅子から立ち上がった。

「安田さん、夕方まで自転車とめたいんだけど、場所あいてる?」
「あいとるよ。下の段が楽やから、そっちに停めな」
「んー、上の段でいいよ。俺なら一人で降ろせるからさ。女子とか小学生ぐらいの子は、高い方に停めると手間でしょ」
「はは。そんなとこに気いつかうんは、その年ごろやとおまえさんぐらいのもんやろな」
「んじゃ、降ろすよー」

 俺は空きのある、上段の自転車ラックを手前に引っ張り、下げて降ろした。

「はは。すまんなぁ。お客に仕事をさせてもうて。祐一くん。最近さむいけど、風邪とかひいとらんか?」
「俺は平気。安田さんは?」
「なんとかやれとるよ。たまーに、腰にピリッと来る時があるがね。後は騙しだまし、やってくだけよ。はは」
「そっか。身体、だいじにしてよ」

 安田さんは昔、俺がはじめてこの街にきて、道に迷っていたところを保護してくれた人だった。

 その時はまだ駅員をしていたが、定年退職してからは、この駐輪場で警備の仕事をしている。週末に遊びにでかける時は、いつもここで顔を合わせ、軽く話をすることにしていた。

「安田さんは、命の恩人なんだからさ」

 自転車がしっかり収まって、もう一度、引き上げられたところで財布を開いた。

「安田さん。はいこれ、学生証。夕方までなら100円だよね」
「学生証持ってこんでも、お前さんなら、顔パスでええぐらいよ」
「規則だから。一応ね」
「優等生やのう。親父さんとお袋さんは元気かい?」
「うん、元気だよ」
「そうか。元気なんが一番やで」
「安田のじいちゃんもね。ちょっと遠いかもだけど、こっちの地区まで足伸ばしてくれたら、俺が格安で髪切るよー」
「ほぉ。その歳で、もう仕事任されるようになったんか」
「ごめん、ちょっとウソついた。まだハサミは持てないけど、シャンプーとワックス、あとヒゲ剃りも、今日解禁したよ。安田さんがカットモデルしてくれるなら、父さんも大目に見てくれるかもしんない」
「ははは。この髪の毛でモデルさせてくれる言うなら、遠慮なくさせたるよ」
「うん。また今度遊びにきてよ。じゃあ、そろそろ行くよ」
「はいよ。いっといで。車には気ぃつけるんやぞ」
「りょうかーい!」

 手を振って、安田のじいちゃんと別れる。路地を抜け、表通りにでる。そこからアーケードの商店街を分断する横断歩道の前で立ち止まった。

 長い赤信号で立ち止まっていると、少しだけ風を冷たく感じる。その間に、広告宣伝用の巨大ディスプレイが切り替わっていた。近々放映される映画の宣伝から、


『 みなさん、こんにちは!! はじめましてー!!
  VTuber、夕凪カレン、バーチャル世界から、
  リアルにおじゃましていまーーす! 』

 3Dモデルのアニメキャラクター、たぶん「美少女キャラ」とかいわれるタイプの造形の女の子が、こっちを見ている。

『 いやぁ!! リアルワールドが
  9月の終わりも間近な今日このごろ!!
  おすごしか!! いかがか!!!
  最近、すっかりさむくなってきましたよねっ!!
  さむい時は、あったかいものが食べたいですよねぇ!? 』

 ハイテンション。日本語がおかしい。
 着ている物も、彼女の外見に不釣り合いというか、浮いていた。

『 わたくしっ、今現在ですねっ!!
  全国牛丼チェーン店でおなじみのっ『善野家』さんと
  コラボォレイションさせて頂いております!! 』

 金髪碧眼をした、アニメの美少女キャラクタが、全国牛丼チェーン店の、帽子と制服を着ていた。背景も、一見本物と見まごう、リアルタッチのCGだ。

 『VTuber』――ブイチューバー。今から5年ぐらい前に発生し、世界でもっとも有名な動画サイトを起点に活動する人たち。既存の枠組みに捕らわれず、いろいろな事を、現在進行形で『やってみた』人たち。

『 そいでですねい! ねいねいねい!
  この秋から、新メニューとなる『おでんセット』の
  広報大使を任命いたしましたんですよぉ! 
  ヒュゥ!! ヒャッホー!!
  イイエエェアァッ!! 』

 本人の外見から予想される言動とは真逆の、芸人のようなイントネーションや動作。そういった要素とも相まって、これ以上なく、完璧に浮きまくっていた。

「牛丼屋で、おでん…?」
「つか、時期的に早すぎね? まだ9月やぞ」

 浮きすぎて、注目を集め、足を立ちどまらせる。生き急ぐ人々の呼吸を、ワンテンポ遅らせる。
 
『 はいっ! ではここにっ!
  リアル『善野家』さんの、バーチャルおでんを
  ご用意させていただきましたっ!!
  皆さんはなんの具がお好きですかーー!? 』


「卵かな」
「こんにゃく」
「じゃがいもでしょ」


『 そうだよねー! やっぱ、大根だよねーっ!!
  大根イズベスト!! アイラブダイコン!!
  というわけで、いただきますっ!! 
  あーんっ! 』


 3Dモデルのキャラクタが、むしろ本人よりもリアルな、ほくほくと茹で上がった大根を箸でつまみ、口にする。


『 ん~~~っ! 』


 見上げていた俺たちは、きっと、1つの言葉を予想した。
 

『  ……っ! つっ、っ……!? 
   マジあついんですけど…んだァこの大根ァ!?
   …水っ! 水! つっ、あっつ……! 
   ヤベェ! バーチャル大根マジハンパネェシ! 』


 誰かがつぶやいた。
 
「……いや、そこは美味いって言うだろ普通……」
「新商品のPVだよなアレ…? クライアントキレねぇの?」

 一般的な俺たちの感想をよそに、夕凪カレンは、キラキラした大きな瞳と顔を(>△<;)マンガのように変化させる。水が入っていたらしい、バーチャルコップの水を一気にあおり、ダンッと、机に叩きつけた。


『 いやぁ、アツいっ! マジアツったぁっ!!
  けどうめぇよ! バーチャル大根うんめぇ!! 
  宣伝とか抜きで、うンますぎイィ!! 
  こいつぁ、ごはんに合うわマ・ジ・デ!! 
  みんな、ぜひ『善野家』にきて、
  このリアルな大根のうま味を味わってくれーっ!!
  じゃあねー! 夕凪カレンでしたァ!! 』


 誰かがつぶやいた。

「いやそこは『おでん』だろ……」
「ほめるべきは大根じゃねーだろ……なんの宣伝だよ……」
「つーか、うちら、バーチャルじゃねーし」
 
 俺も、まったく同意見だった。CMは最後に、ポップなイラストの『善野家』とロゴを背景に、夕凪カレンという名前の3Dキャラクタが手を振って終わった。「キャンペーン実施中!スマホからのアクセスで割引クーポンもらえるっ! ついでにチャンネル登録、フォローミー!」とかなんとか。そこだけ、定型句な物言いで終わった。

「今のなに? 変なCM」
「でもちょっと面白かったね」
「そう? なんかキモくない?」
「おかーさん! ぼくおでんたべたい!!」
「アレでしょ。VTuberってやつ」
「アイドルってよりは、芸人だよね」
「実際のアイドルもそういうとこあるでしょ」
「すぐ消えそう」
「いやー、意外と続くかもよ-」
「中の人が気になるわ」
「顔、ぜったい普通以下のパターンな」
「案外中身、オヤジだったりしてー」
「うわー、想像するだけで痛ー」
「だけどなんか、自由で、楽しそう」
「あぁ、それはあるのかもね。自由そう」

 信号が青に変わる。俺たちは意識をもたない波のように、流されて進んでいく。目的地に着く以外のことは、ささいなノイズぐらいにしか考えないはずの人たちは、幾人かが、足を進めても、さっき見た事を話題にしていた。

(影響力、すごいんだな)

 広い横断歩道を進みながら、そんなことを思う。
 俺もまた、それを初めて目の当たりにした時、他の人たちと同じ様なことを思った。


『 なんだか、自由で、楽しそうだな 』


 そしてもう一歩。


『 あれって、俺にもできるのかな? 』


 たぶん、はじめて。

 必要に迫られず、興味を持った。

 心、惹かれた。

 そして、ふと気づく。

「みおちゃん? どうしたの」
「ほらいくよ。みお」
「………………」

 青信号の横断歩道。振り返る。まだ小学校低学年ぐらいの女の子が、両親の間に立って、二人と手をつないでいる。もう切り替わってしまったモニター画面を、口を開けて「ぽかーん…」と見上げ続けていた。

「ちょっとどうしたの、信号変わっちゃうわよ」
「やだ。もっかい」
「え?」
「もういっかい。みる」

 女の子は、その1点を見上げたまま。俺はそれ以上、その親子の姿を見ることはなく、歩きだした。ちょっとだけ、口元が笑いそうになっていた。
sage