うちの高校の文化祭は、10月の第3週に開かれる。
 
 新しいものが好きな校長先生が「クラス対抗戦って体育祭があれば十分だよね。そもそも学年で分かれて統一、三国志モドキをやるってのが、現代社会に適してないよね」と、平然と公言したのが、赴任した年の出来事だったらしい。

 そんなわけで、うちの高校の文化祭に『クラスのだしもの』という制約はない。その代わり、少人数以上で組んだチームで、好きな物を展示できる。

 ただし条件があった。ひとつは、責任者を担える教員を、同意の上で最低一人募ること。もうひとつが、生徒会の人間と直接交渉して許諾を得ること。

 夏休みが明けた9月。俺たち5人は、翌月に開かれる文化祭に向けて、少しずつ動いていた。自分たちで作ったゲーム『そらまーじゃん』を、一般にも周知するための雀荘を…ではなくて、麻雀喫茶を開こうという話になったのだ。

 そんなわけで、約一ヶ月後に、文化祭をひかえた、先週の放課後。生徒会へ申し出に向かった。運動部の滝岡と原田にも都合をつけてもらい、5人で生徒会室の扉を抜けた。

 * *

「…麻雀喫茶。また変わったものを申請してきたわね…」

 部屋の中には、3年の生徒会長と、副会長がいた。

「チームの代表者は、西木野そらさんね?」
「はい、わたしです」
「実はね。事前に校長から、麻雀喫茶の許可だしてやってくんないかな。文化部の部屋とかあまり気味じゃん? みたいな事を、それとなく遠回しに、フランクに持ちかけられたんだけど却下したわ」

 いきなり釘を刺された。黒髪ショートの、いかにも『仕事のできるオンナ』の雰囲気を漂わせた生徒会長が、黒髪ロングの雀鬼とぶつかり合う。

「偏見を承知で言わせてもらうけど、麻雀は、暗くて怖い。悪い大人の遊びだというイメージが一般的よね」
「否定はしません。おっしゃるとおりです」

 にっこり。

「会長の懸念はもっともです。わたし達は今回の行事を機に、先行されたイメージを、少しだけ、明るいものに変えられたらと思ってます。もちろん、学校にご迷惑をかけるつもりは、ございません」

 まずは、牽制のジャブを笑顔でかわす。

「貴女が話の通じる穏健派で助かるわ。万が一にも態度を変えるようなら、問答無用で退出してもらうところだったけど」
「争いは、何も生みませんから」
「そうね。とかく、うちの高校はめんどくさいの。あの校長がいる限り、道理を通せばあとは自由。とかいうルールがまかり通ってるから。ハッキリ言って、生徒会の人間としては、これ以上なく、厄介なことになってんの」

 椅子に座り、肩肘で頬をついた生徒会長が、ため息をこぼした。

「現場のことをまったく考えてないのよ。わかる? 本来なら、クラス毎に出しものが成立して、予算もクラス単位で支払えば済む話なのよ。だけどうちの高校はそうじゃない――あぁもう、しゃべるのダルい! 副会長!」

 ぱちん。

 会長が指を打ち鳴らす。
 背後にひかえた、副会長が一礼。一歩前にでた。

「話を引き継がせていただきます。うちの高校は、ただでさえ、変わった行事を取り入れることで有名です。言うなれば、我々、生徒会の労力が桁違いにはね上がるという次第でして」

 こちらも、にっこり。これは手強そうだ。

「すでに、他の生徒からの申請で、パチンコ、スロット、花札、ポーカー、カジノクラブといった催しの申請を、却下させて頂いております。こうした状況下で、麻雀の申請が通過したと広まれば、生徒たちの間で、今年もデモが起きかねません」
「…デモ? 今年も?」
「そうよ。うちの高校、申請を認められなかった団体が、文化祭当日に覆面をして、デモを起こしやがるんだから、大変だったわ」
「なにそれ、おもしろそー」

 滝岡が反応していた。うちの高校。けっこうバカだった。

「去年は、プラカードを持った覆面連中が、校舎を練り歩いてたわよね」
「えぇ。――メイド服は許されているのに、チャイナドレスと、ナース衣裳がダメな理由はなぜだ。我々は確固たる意見を持って抵抗する! とかなんとか」
「即効で取り抑えて、すまきにして臨時の独房《体育館倉庫》に放り込んだわ」
「はい。事前に、風紀委員を買収しておいて、正解でした」

 本格的にバカだった。

「その件が評価されて、生徒会長に抜擢されたわけだけど…失敗だったわね。内申点を目当てにやるもんじゃないわ。こんな仕事」
「会長、仮にも生徒の前ですよ」
「フフッ、1年になにが出来るっていうのかしら。所詮この国は年功序列よ?」

 完全にやさぐれている。えらい人も、たいへんだなぁ。

「話を戻すけど、そういうわけで、今年もすでに潜在的予備軍が、デモ活動の計画をはじめてるという情報があるわ。だから、麻雀喫茶を認めるわけにはいかないの。残念だけどあきらめて」
「すみません、言葉を挟ませていただきます――おっしゃることが確かなら、片っ端から断ったら、デモが大きくなるだけじゃないですか? ちなみに僕は二次元信者なので、デモに参加する予定はありません。ご安心を」

 原田が聞いた。前半は同意するが、後半はどうなんだ。

「えぇ、だから先代の生徒会長は、こういう噂を流したわ。――デモ隊に参加したものは、卒業するまで、彼氏、彼女ができない呪いにかかると」
「…」

 なんだそれ。うちの高校はどうなってるんだ?

「知ってるかしら。日本地域の一部では、暴走族という名称を、珍走団に変更することで、大幅に活動を縮小させた地域があるのだけど…」
「先代の会長は、デモ隊という呼び名を、非モテの陰キャ隊と呼ぶことで、今年度以降の、彼らの活動を大幅に抑制することに成功したのです」
「「「…うわぁ…」」」

 俺ら男子三人が、顔をそむける。
 それは効くな。確かに。

「そーいうわけで。2年生以上は、このデモに参戦することに懸念しているわ。だけど、貴方たちはそうじゃない」
「デモ隊もとい、非モテの陰キャ隊本部は、貴方がた1年生の心の闇を利用して、仲間にいれようと企てるでしょう」

 おそろしい奴らがいたものだ。
 それが、俺たちの先輩だという事実が、なにより怖い。

「ですので、ここは健全に、普通の喫茶店を営業するグループなどに入って頂ければ、我々生徒会としても、双方の火種を防ぐことになるのです。どうかご理解いただけないでしょうか」
「つまり、1年生は無難な活動をして、緩衝地帯になれということですね」
「そうよ。わたしも自分の身が惜しいの。仮に文化祭で大惨事が起きて、内申ボロボロ、大学受験に響いたりしたら困るでしょ? わかって。わかれ」

 素直な生徒会長だった。

「繰り返しになりますが、会長の内申点はともかく、あなた型も1年生の間は、無難に、通常の喫茶店、おばけやしき、劇団活動といったものに参加した方が良いのではないかと、進言させていただきます」
「そうそう。そういうこと。おたがい、波風のたたない人生を、まい進しようじゃないのよ」

 めっちゃ個性的な生徒会長だった。そして控えるNo.2の副会長も相まって、隙がない。それでも大体こういった時、なにかを提案するのは、

「会長、俺たちの出しものに関してですが、追加でご提案させていただいてでもよろしいでしょうか?」

 俺の役目だった。

「なにかしら?」
「はい。こちらの希望する『麻雀喫茶』に関しては、一切の予算を求めることは致しません」
「…ふーん?」

 生徒会長が、興味を惹かれた素振りをみせる。

「言いきるところは認めるけど、ダメね。他にも、貴方と同じ提案をしてきた生徒はいたわ。予算はいらないから、文化祭で希望する活動をさせてくれってね」
「却下した理由を、お聞かせ願えますか?」
「予算をかけないものは、例外なくショボいからよ。知恵と工夫なんて言えば聞こえはいいけど、どれも具体性に欠けるものばかりだし」
「会長、ほんと精神論キライですよね」
「だって役に立たないんだもん。精神論を通す前に便宜を通せバカヤロウ。あとは、予算はいらないから認めてくださいというのを、片っ端から容認していたら、同じやりかたをする生徒たちが、押しかけてくるでしょ?」
「それは、確かに」

 さすがは、仮にも学園トップ。一筋縄ではいかない先輩だった。

「ついでに言うと、うちの校長としては、従来の文化祭のイメージが持つ『クラス単位』という枠組みをなくして、自由規模での活動を推奨させたいはずなの。生徒全員に、経済活動を行う権利を勝ちとらせるためのシステムよね」

 説明がめんどくさい。と言いながらも、こっちが『足りる生徒』だとわかってくれると、ていねいに自論を述べてくれる。良い人だ。

「だからね、予算はいらないから、自分たちの活動を認めてください。というぐらいなら、最初から『無難』な活動をしてるチームに入れってことなのよ。見の丈にあった範囲で貢献をするのが、正しい資本主義の姿よ。わかるでしょ。わかれ」
「はい。会長のおっしゃりたいことはわかります」

 ひとつ、息を吸う。

「それでは、仮に予算を与えられたのと同等の設備、または相応に見栄えのいく環境を、こちらからご提案できます。当日おこしになるお客様に、満足のいくサービスもご用意できます。といった場合は、いかがでしょうか」
「一応聞くわね。具体的にはどうするワケ?」
「麻雀喫茶で展開するソフトウェア、『そらまーじゃん』の売り上げを用いて、一通りの設備をそろえます」
「………なるほど」

 思案をしてから、会長がうなずいた。

「それも、校長から聞いてるわ。貴方たちの作った『麻雀ゲーム』は、正規のソフトウェアとして、すでにゲーム系のプラットフォームに登録されてるってね」
「はい。こちらの竜崎さんのご家族に、ゲームの運営と権利、収入、税関係にもくわしい、頼れる大人の方々がそろっていらっしゃるので」
「なんだ、あなた達の力だけで、運営してるわけじゃないのね」
「はい。その通りです」

 認めるべきところは、素直に認める。俺たちは、借りられるものは、借りるし、使わせてもらえるものは、全力で使わせてもらってる。

「皆さんの力をお借りして、日本の大手プラットフォームに『そらまーじゃん開発委員会』というクレジットで、インディーズゲームのジャンルに、登録させていただいてます」
「…改めて聞くとすごい話よね」
「すごいのは、俺たちを応援してくれる方々です」

 複雑そうな視線にも、正面から笑顔を返した。

「話を戻します。俺たちのゲームには、課金要素、いわゆる収益を上げる要素として、ガチャを採用しています」
「ガチャね。それこそ麻雀以上に、あまり良いイメージがないんだけどね?」
「それもおっしゃるとおりです。俺たちの場合、新規収録したボイス『ロン!』や『リーチ!』といった掛け声、点棒や雀卓のデザイン、それから新規書き下ろしのキャラクタなどが、課金要素、いわゆるガチャの景品対象になっています」
「キャラクタが一番でにくいのよね。知ってるわ。目当てのモノがでるまで回す人たちが一部にいるから、それで収益をだしているのでしょう?」
「いいえ、逆です」
「逆?」

 にっこり。

「俺たちの作ったゲームは、キャラクタが一番でやすくなっています。確率は時期によって前後しますが、だいたい70%で固定です」
「…70%?」
「はい。その代わり、雀卓のデザインや、独自の追加ボイスのような、需要としては、キャラクタモデルに劣るものを、5%前後にしています」
「…えぇと、それってつまり、大勢にとって、欲しいものが最初にでるわよね?」
「はい。でます。1回100ptなので、1000ptの11連ガチャを回すと、まず確実にキャラがでます。一度に複数追加することもありますが、20連もすればそろいます」
「同じものが当たったらどうなるの?」
「専用のアイテムに変わります。そのアイテムを使うことで、入手できなかった課金アイテムをそろえることもできます」
「……」

 生徒会長が、困ったように、副会長の方を見た。彼女はあまりゲームをしないのか、ピンと来てないらしいが、もう一人の先輩は会得がいったようだ。

「つまりどちらにせよ、『コンプ癖』のある顧客は、一定額以上のガチャを回すというわけですね?」
「そういうことです」
「…えっ、でも、キャラクタ以外は、本当にオマケみたいな商品なんでしょ? たかが一音声のためだけに、ガチャガチャをする人はいないで――」
「いるんですよ」

 俺が即答すると、周りも「うんうん」とうなずいた。

「ただ、俺たちはあくまでも、そのゲームでお金儲けをしたいわけじゃありません。ガチャは単純に、回すのが楽しいから、採用しただけです。アイテムコンプをしようと思ったら、一人あたり、三千円を払えば揃うように計算しています」
「…上手くやったわね。学生主体のゲームで、ガチャを採用して儲けたなんていえば、それこそ眉をひそめる人もいるでしょうけど、あなた達のシステムなら、最初から『天井』がわかっているから、安心できるのかもね」
「おっしゃるとおりです。それと俺たちのゲームは、もうひとつ、収益に関することで、他のゲーム会社、チームが採用していないことをやっています」
「そうなの?」
「はい。それは、ガチャで得た収益と、税金やプラットフォームで差し引かれた額を記して、純利益としてあげられた金額の使い道を、公式ホームページで、すべて公開しているということです」
「えっ、なによそれ、じゃあ、あなた達が儲けた…失礼、得られた報酬としてのお金が誰でも見られるってこと?」
「はい。そのとおりです」

 にっこり。

「いいのそれ?」
「一通り確認は取っています。プラットフォームへの上納金も、検索すればでてくることですから。今のところ問題になっていません。
 それに内情を公開したところで、『そらまーじゃん』を作っているのは、ここにいる俺たち5人と、外部の協力スタッフである、同じ高校生が3名です。その全員から同意を得たうえで公開しています」
「へぇ、すごいわね。おもしろいわ」

 生徒会長の瞳が、純粋な驚きに変わる。彼女もまた、すでに責任を持つ役職に就いた一人だ。俺の話を、興味深そうに聞いてくれている。

「まとめると、『そらまーじゃん』では、主な開発にたずさわったスタッフ全員が、高校生であることを明言してます。その上で、あらかじめ天井を設定したガチャを採用し、支出にまつわる明細をすべて、一般公開しているわけです」

 ――さて、それはつまり、どういうことか。

「あなた達を応援してくれる人たちが、でてくるわけね。応援の意味合いを込めて、お金を支払うようになりはじめる」
「その通りです」

 好きなゲームは、課金しないと、サービスが終わってしまう。
 そういう気持ちで、課金をする人はいるだろう。

 だけど、本当に『自分の課金は役にたっているのか』
 その内情は、実際のところ、ほとんどの人間には見えてこない。

「俺たちは、ただの高校生です。だけど、ただの高校生だからといって侮られたくはありません。逆に、高校生だからできることをやっています。大人たちが目をつむり、避けて通る道を、まっすぐに通ることができます」

 そうして俺たちは、信頼を勝ち得るのだ。

「すでに、次回のガチャの内容は納品済みです。あとはアップデートするだけで実装できます。普段は売上の一部は募金しているのですが、今回は『高校の文化祭の麻雀喫茶で使います』ということを、先に明言します」
「わかったわ。それで、予算に関しては問題ない、自分たちで用意できるというわけね」
「はい。その通りです」
「……」

 生徒会長が、思案気な表情になる。

「会長、僕は良いと思いますけど。すでに校長先生は認めてるわけですし」
「うーん…そうねぇ…責任者の先生はいるのよね?」
「はい。夏休みが明けてから、黛先生に許可をもらっています」
「あぁ、情プロの。あの人も、じいじの…じゃなかった、校長先生のお気に入りなのよねぇ…うぅぅん」
「会長、まだなにか懸念してることがあるんですか?」
「まぁ最初に言ったとおり、麻雀のイメージの問題がねぇ」
「でも彼らの場合、金銭面の方向性から、内情をオープンにしてるから、そういう意味合いでも、イメージは悪くない気がするけれど」
「そうです! そのとおりですっ!」 

 黙っていた麻雀オタクが、急に声をあらげた。

「わたし、麻雀のそういうところも、変えたいと思ってまして! もっと誰もが、楽しく、気軽に遊べるっていうイメージを持ってほしいんです!! ですから、この文化祭で、麻雀喫茶を開くことは、とても大きな意味を持つんですっ!!」

 いいぞ。オタクの熱意をみせろ。押しきるんだ。パワーを開放しろ。

「でもでもっ、イカサマとか、賭け麻雀のダークな感じも大好――」
「おぉっと!! アレハナンダー!?」
「空気ね。空気が浮いてるわ」
「酸素がうまいぜ!」
「僕たちを生かしてくれて、ありがとう酸素たん」

 詠唱キャンセル。もういい、十分だ。休め。
 
「ううぅぅん…個人的な理由なんだけど…じいじの手のひらっぽいのが気にくわないなぁと…!」
「あきちゃん、そこは折れてあげようや?」
「んんんんんん! でもなー!!」

 会長が両腕を組んで、全力で葛藤しはじめた。
 じいじて。おじいちゃん子か。もしかしたら、気が合うかもしれない。

「会長、わたしからもご提案よろしいでしょうか?」

 あかねが静かに手をあげた。

「どうぞ、なにかしら?」
「わたし達の活動を認めていただけましたら、生徒会の業務の一部をお手伝いさせていただきます」
「あら、裏金工作のお誘いかしら?」

 裏金工作て。うちの高校の生徒会は、どんな闇がはびこっているんだよ。

「いえ、正当なお仕事の手伝いです。先ほど会長がおっしゃったように、この学園の文化祭はシステム上、多くの活動が行われることは、先のお話からも推察できました」
「えぇ、その通りよ」
「さらに、本行事はクラスという団体に分かれていないので、通常よりも、予算の管理や取りまとめに、ご苦労なさることでしょう」
「そうなの~、ほんとそうなの~、じいじは現場の苦労を考えないから~。だから昔ながらの肉食系ワンマン思考は嫌なの~。若手が苦労するの~。いらねぇんだよなぁ、売られても、こっちゃ買いたくねーのよ。そういう苦労はよぅ」

 えらい人には、えらい人なりの、苦労があるらしい。光はどこにあるの?

「わかります。すごくわかります。それで先も、うちの若手社員が申し上げましたが、当社では金銭に携わる事柄を、すべて公表しております」

 若手社員て。俺はまだ、現役の高校1年生ですよ、社長。

「公表している内容は、最終的には専属の税理士、大人の担当者に任せておりますが、データにて出力された一次情報の管理、内容に関しての記載といったものは、うちの若手社員にも、経験を積ませるという形で参加させております」
「………ほほぉ?」

 キラーン。

 生徒会長の瞳が輝いた。

「ですので、もし、わたし達の活動を認めてくだされば、こちらからも、生徒会の金銭管理に応じた業務を、一部担当させて頂こうと考えております」
「悪くない提案ね。で、どちらの方が手伝ってくれるのかしら?」
「そちらの、前川が担当させていただきます」
「ちょっ、社長!? 待っ――!」
 
 まさかの身売り宣言だった。
 不当な人材競争が行われていますよ!! たすけて労働委員会ー!!

 しかし続く俺の言葉は、両左右からスクラムを組むようにして止められた。

「前川、これは必要な犠牲だ。わかってくれ」
「祐一、がんばれ。俺ら、普段は部活あっから」
「いやいやいや、俺だって、いろいろ予定はあるんだよなぁ!?」
「大丈夫。おまえならやれるさ」
「そうだ。自分を信じて突き進めって」
「そういうの今はいらねぇから!」

 そらー! ソラサン! 助けてくれ!!


「ごめんね…前川くん。これも麻雀という名の、大いなる宇宙の定めなの…」


 ダメだこの女。麻雀牌に魂売ってやがる。



 かくして、2026年、秋。俺という名の、たぶん尊い犠牲によって。
 某高校の文化祭にて、麻雀喫茶は成立したのだった。

 * *

 放課後。いつものように帰り支度をしていると、あかねに声をかけられた。

「前川くん、今日の放課後、黛先生に、来月の文化祭の件を報告しておいてもらえる?」
「あぁいいよ。正式に承認が降りたんだよな?」
「えぇ。あとは実際の準備を進めるだけね」
「来週にでも、また5人で集まって、どっかで相談するか」
「そうね」
「ところで、今日は視聴覚室には行かないのか?」
「愚兄が来るから。今日は早く帰る予定」

 あかねが振り返る。そらは別のクラスメイトと、なにか話をしていた。

「ほら、わたし、そらのご家族にお世話になってるでしょう。一度、顔をだしておきたいって」
「そっか」

 二人は、2年前から変わらずユニットを組んでいた。VTuberの芸能活動も続けている。竜崎さんが来るということは、そうしたことも含めて、今後の二人の方針を相談したり、他にもいろいろ、積もる話もあるんだろう。

「わかった。黛先生には伝えとく。滝岡と原田、あと、遠方の三人にも分かるように、全員の共有アドにも報告しといたらいいよな」
「えぇ、よろしく頼むわね。……あと、祐一」
「ん?」

 小声で、下の名前を呼ばれた。

「いつも、ありがと」

 *

 階段をあがって、視聴覚室に向かう。俺たちには週1度しかない授業でも、教員数の不足から、全クラスを担当している黛先生は、月曜から金曜まで毎日出勤していた。

「失礼します」

 今日も他の生徒はいなかった。すでに定位置で、業務日誌なんかを書いている先生は、面をあげた。

「先生、今お時間よろしいですか?」
「かまわないよ」
「じゃあ、まず来月の文化祭の件なんですが、予定通り、俺ら5人で、麻雀喫茶をする事に決まりました」
「正式に認可が下りたんだね」
「はい。それで、先生には当日、責任者として付いてもらうことになりそうなんですが」
「問題ないよ」
「ありがとうございます」

 すでに話は伝えてあった。おたがい、確認する程度にうなずく。それから、空いた席に鞄を置いて、ひとまず立ったままたずねる。

「えーと…それで、昨日のことをお聞きしてもいいですか?」
「あぁ、うちのAIが迷惑をかけたね」

 先生は平然と言いきった。

「…もしかして、黛先生の【セカンド】ですか?」
「正気かな?」
「す、すいません」

 素で嫌そうな顔をされてしまった。

「あれは、俺の従妹の【セカンド】だよ」
「…先生の従妹ですか?」
「そう」

 いつもと変わらず、無表情にうなずかれた。

 俺たちは、正直なところ、黛先生のことを詳しく知らない。他の先生の場合だと、知り合って半年も経つと、だいぶいろんな話を耳にするようになる。

 たとえば滝岡は、先生のことに結構くわしい。好きな食べ物や嫌いなものといったプロフィール程度は、俺たちの間にも共有される。だけど黛先生の場合は、

 「それを聞いてどうするの?」

 真顔で言い返されるのが確定していた。だからと言って、生徒のことが嫌いというわけではないらしい。たぶん。少なくとも学習に携わることを聞けば、時間をかけて返してくれる。

 だからあの滝岡ですら、わざわざ自分から話を振ることはない。俺たち、だいたいクラスの全員に共通してるのが、黛先生は、私生活が謎に満ちていた方が『らしい』ということだった。

 知らない方がおもしろいというか。とにかくそういう雰囲気があって、たぶん黛先生のことを知っている生徒は、ほとんどいない。

「先生、従妹がいたんですか」
「いるよ」
「えーと…近くに住んでたりするんですか?」
「一緒に住んでるよ」
「え?」
「少し難しい子でね。わけあって、俺が預かってる」
「そうだったんですか。…なんか先生って、ワンルームのマンションとかで、几帳面に生活してる印象があります」
「今は一軒家で暮らしてる。古い家をリフォームしてね。快適だよ」
「…めっちゃ意外です」
「よく言われる」

 表情に変化はなかった。人工知能に関しては、ハヤトに出会ってから、俺も興味のある分野になっているので、もう少したずねてみる。

「先生の従妹の【セカンド】ですけど」
「うん、なに?」
「名前を聞いてもいいですか?」
「『瞳』。漢字一文字の、目の瞳。少なくとも本人がそう呼べって言ってる」
「本人っていうと、名前をつけた、従妹さんですよね?」
「いや、あの人工知能【セカンド】が、自発的に名乗ってる」
「名前をつけなかったんですか?」
「らしいね。そのあたりは、従妹的に興味がなかったらしい」

 話の流れから、従妹さんの方も、ちょっと変わってる感じなのかな。という印象を受けた。

「従妹さんの、お名前を聞いてもいいですか?」
「出雲仁美《いずもひとみ》。仁義のジンに、美しいと書いて、ひとみ」
「同じ名前なんですか? 【セカンド】が、なにか意識してるんでしょうか」
「かもしれないね」
「あと…えーと、失礼だったら申し訳ないんですけど、苗字が違うんですね?」
「夫婦別姓を採用してる家柄なんだよ。長男は黛、長女の仁美は、母方の性を利用してる」
「へぇー」
「あと親戚筋って、苗字が一致しない場合も、特に珍しくないと思うよ」
「あっ、そうなんですね、すみません。うちってあんまり親戚の人とかいないんです。知りませんでした」
「かまわないよ」

 俺も養子先の苗字を名乗らせてもらってるから、また少し興味がわいた。

「先生の従妹って、どういう方なんですか?」

 うっかり「それを聞いてどうするの?」と言われそうな質問をしてしまう。だとしたら、素直に謝って、改めて昨日のできこと、出雲仁美さんの【セカンド】が、俺の個人情報を知っている理由を聞き直そうと思った。

「従妹は、現実と、電子の世界を、半々に行き来してるような人間だよ」

 意外な答えが来た。けれど、

「イメージ付かない?」
「はい。ちょっと…」
「それなら話のついでに、すこし、人工知能の話をしてもいいかな?」
「えっ、はい」

 とつぜん、黛先生は言った。

「前川は、オープンソースAIという言葉を聞いたことはある?」
「あります。プログラムのリソースが、一般にも公開されてるやつですよね」
「そう。細かな意味合いでの差はあるものの、内部のデータを一般公開して、世界中の人たち全員で、性能を向上させていこうといった赴きのもの」

 俺も小さくうなずいた。

「ただこの方法は、近年になって、ひとつ欠点が挙げられるようになった」
「欠点ですか?」
「そう。なんだと思う?」
「えっと…大勢の人たちが参加するから、内容が上手くまとまらない?」
「違うかな。その点に関しては問題がないんだ。都合よくまとまっている事が、問題なんだよ」
「どういうことですか?」
「オープンAIは、結果的に『誰にでも分かりやすいもの』になってしまうから」
「……」

 誰にでもわかりやすいもの。それはむしろ、長所なんじゃないだろうか。

「例えを挙げようか。海外の掲示板で、常に人気を博しているスレッドがあるんだけど」
「はい」
「『相対性理論を5歳児にもわかりやすく伝えてください』『フェルマーの最終定理が現代においても解けない理由を5歳児にもわかるように説明してください』」
「…はい?」

 なんだか今日は、先生にしては珍しく、話があちこちに飛躍する。脳を早目に回転させて、言わんとするところを考える。

「……要は、すごく難しいことを、誰にでもわかるように解説する。みたいな感じのスレが、人気を博してるってことでいいですか?」
「そういうこと。オープンAIも似た性質を持っている。対象が一般にも無償で公開され、全員の手で改良されていくと、最終的には『わかりやすいもの』に落ち着くんだよ」
「わかりやすいと、いけないんですか?」
「『新規の発見』としては、よくないね。それは普遍性がある。現代においてのニーズがあるということだから。大勢が口にするところの『あたらしい』は、本当の意味での『発見』ではないということ」
「…新種の生命とか、鉱物を発見したの、発見でいいですか?」
「説明の手間が省けて助かる。これは言葉では、すごく伝えにくいんだよね」
 
 先生は続けた。

「相対性理論も、フェルマーの最終定理も、それは当人以外の誰か、必ずしも大衆にとって、必要なものではないだろう?」
「はい、そうですね」
「天才と呼ばれる人たちが、大元になる理論、いわば問に該当となる『原点』を見つけだし、提唱する。そして『つかいなれたイメージ』が、第三者によって拡散され、浸透する。俺たち大勢が知識として知覚できるのは、その段階なんだ」

 一度息を整えて、続ける。
 
「AIに限らず、オープン化されたリソースでは、この『原点』が、まず見つからないと言われている。見つかる前に、わかりやすい形に変換されて、落ち着いてしまうからね。あるいは『よくわからないもの』が上書きされ、抹消されるわけ」

 それに似た話は、俺も聞いたことがあった。人間の脳みそは、中央の溝を境に『理論を司る左脳』と『感性を司る右脳』に分かれているらしい。

 そして日本人の脳は、『理論の左脳』に秀でた人間が多い。

 日本は、現在進行形で、人工知能の研究が遅れている。とはよく言われることだけど、これは『理論派』の人たちが多いからだという見方がある。

 既存の環境に存在しなかったもの。そもそも、人工知能を、どういう風に生かせられるのか。取り入れるのかといった観点――『視点』を持てないのだ。

 その代わり、一種のテンプレートみたいなのができあがると、それをアレンジしたり、工夫して現環境に取り入れる事には、長けた人たちが多い。

 あまり知られていないけど、ウィキペディアの情報なんかも、日本語のものは、他国と比べて情報の質と量が多かったりするみたいだ。

「――とかく、そんなわけ。オープンAIというのは、一見発展性があって、みんなで協力することで、精度も増すけれど、長期的には発展しない。あくまでも、現代の要望にそった答えをだす。というところで止まってしまう」
「時代を変えるような、ブレイクスルーそのものが、生まれないってことですか」
「そういうこと。2020年ぐらいを境に、海外の有名企業なんかは、改めて限定された環境下で、情報を秘匿する方針で開発を推し進めるようになりはじめた」
「知りませんでした。普通は、逆のことを言われますよね。情報は隠さず、みんなで共有した方が、結果としていいものができるって」
「そうだね。世界の歴史を遡れば、閉じた共産主義よりも、開けた資本主義の方が、発展性の高いことが明らかになった。ただそれも、少しずつ陰りが見えはじめた。
 物事はだいたい循環するわけだけど、ここに来て、今度は秘匿性のある場所で、他の情報に流されることなく、個人主義による独自性といったものが重宝されはじめている。といった感じかな」

 黛先生は、いつもと変わらず、無表情で淡々と続けた。

「真理、探求心といったものに対して、世の中が求める『ニーズ』は、本来は相容れないものだよ。ありそうでなかった、人間の利便性。そういったものを前提にしたAIの開発というのは、そもそもAIとはなにか、という原理に反している。
 ただ一点、勘違いするといけないのは、べつにオープンAIのリソースそのものが、たいしたものではない、秘匿されたものに比べて劣っている、というわけじゃないってこと」
「わかります。オープンソースの性質が、普遍的な、大衆的なものになりやすいってだけで、モノとしては、優れてることに変わりありませんよね」
「そういうことだね。話を戻すと、俺は今から4年前、偶然に、中身の優れている、大衆的でないものを発見した」

 『原点』を見つけたと、先生は言った。

「…黛先生は、どうして『それ』を見つけられたんですか?」
「身内だったからね。あの子の使う一般的な、型落ちしたノートPCに、ソースコードが数十万行に渡って記されていた」
「身内…ってことはもしかして、従妹の仁美さんですか?」
「そう。彼女は一人、公開された初期のオープンAIを操作して、自分の環境下だけで、独自の型を作っていたんだ」
「独自の型?」
「俺は『同調型《Type Tuning》』と呼んでる。アレのソースは、正直な話、俺にも理解できない。仕様書というものが、従妹の頭にしか存在してないからね。とりあえず、呼び名ぐらいはあった方が便利だから、付けた」
「同調型…」
「そう。『人間が希望する信号』を、人工知能がとらえ、解析する。そして別の媒体へと出力する。そういった振る舞いを持つ。AIデバイスと呼ばれる装置の、基本原則だよ」
「それって、たとえば、最近話題になってる『ビジョン』なんかも、そういう仕組みで動いてたりしますか?」
「そう。あれの原理を、人間の理解できる言葉に置きかえたのは、俺だよ」
「へー、先生が…」

 ……。

 …………。

「待ってください。黛先生、今なんて言いました?」
「君たちが『ビジョン』と呼んでるモノの設計をしたのは、俺だよ」

 ………………。

「……………………マジすか?」
「そんなにたいしたことじゃない」
「いや、どう考えてもヤバイです。それ、ヤバイですから」

 自分の知能指数が極端に落ちたのを感じる。

「本当にたいしたことはしてない。さっきも言ったけど『同調型』という構造体自体は、もう完成してた。米が炊いてあって、塩を利かせたおにぎりができてた。だけど中身の具がなくてさびしいから、梅干しをたした、ぐらいの成果だよね」

「いやいやいやいやいやいや!!! おにぎりに梅干しを入れたというのも、ある意味、正規の大発見ですよ!!!! 大発明ですからねッ!?!?」
「そうかなぁ…」
「そうですよ!!!」

 なんなの。なんで俺の周りには、こんなにポンポン、お手軽に天才があらわれるんだよッ!

「待ってください、設計したってことは…『ホロライブズ』ってご存じですか?」
「さっき言ったよね?」
「言いましたね。んで、大元の高等言語を完成させたのが、従妹さん?」
「さっきも言ったよね?」

 先生は無表情だ。
 なんなの? 俺の感覚と認識とリアクションが間違ってるのか? 

「あの…黛先生の家系って、一族代々、研究者をやってたりするんですか?」
「いや、普通だよ」
「どう考えても普通じゃないです。なんで地方の高校で非常勤講師とかやってんすか」
「校長からの紹介があったし、ちょうどいいかなと」
「よくないよ! 今すぐ海外の研究室にでも行って、ちゃちゃっと世界変えてきてくださいよッ!?」
「興味がない」

 人類の損失ーッ!!
 俺のリアクション間違ってる!? 間違ってないと思うんだけど!!

「前川がなにを苦悩してるのかわからないけど、そういうわけで、身内びいきにはなるけど、すごいのは従妹だよ。10歳で『同調型』を完成させてたからね」
「……は? え…? じゅっ、さい…?」
「今14歳だね」

 先生は表情ひとつ変えなかった。俺もつられて、真顔で言い返した。

「ヤバイ。パネェ」

 俺の頭脳が、現実に追いつけない。知能指数がほどよく、限界まで下がりきっていた。もうなんでもええわ。リアルこえーわ。

「それはわかるよ。俺も初めて『同調型』を見た時、すごいなと思ったから」
「そっすね。マジ天才じゃないすか」
「前川がそう思うなら、そうなんじゃない?」

 わかりました。そういうことにさせてもらいましょうと。
 この時ばかりは、心の底からそう思った。
sage