Shakah (Diverse System - Saqriphrx)


 突き抜ける、9月の青空。
 普段は雨をさけるアーケードが日差しだけをしのぐ庇護のもと、左右に全国区のチェーン店が立ちならぶ道を歩く。

 大人たちが通う飲み屋街の手前。途中で、目立つ赤い看板を掲げたカラオケ屋『Sin_Song_24』の前で止まり、自動扉をくぐった。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「はい、一人です」

 いつもとは違う、初めて見る女の人だった、ストレートに肩越しまで伸びた色の濃い茶髪。もしかすると、親元を離れて一人暮らしをはじめた大学生のバイトだろうか。

 さっと一瞥する程度に留めた俺とは逆に、相手の女性は、けっこう露骨に上から下までを目で追った。

「お客様、なにか身分を証明できるものはございますか?」
「はい。学生証があります」

 バッグから、笑顔で財布を取りだす。安田のじっちゃんに見せたのと同じように、顔写真の入った学生証を渡してみせた。店員の女の人は、それを見てから「中学生だよね?」と繰り返してきた。

「はい、私立光坂中学の2年です」

 『スイッチON』――俺も営業用の笑顔を浮かべ、なるべく、素直な子供に見えるように返事をした。

「一人用のカラオケの部屋、空いてますか?」
「ヒトカラ用の個室でいいの?」
「はい、そうです」
「キミ一人で歌うの? 誰かと待ち合わせとかじゃなくて?」
「はい、一人です」
「そっか。えっとね、君は未成年だから、最長でも17時までの利用しかできないの。午後5時を過ぎるともう入れないんだけど、それでも大丈夫?」
「はい、大丈夫です。前にも何度か来たことがあります。学生割引は使えますか?」

 真面目に聞いてみせると、くすぐったそうに笑われた。

「そうなんだ。じゃあ大丈夫だね。学生割引も、高校生と同じのが使えるよ。17時まで歌い放題だと、1500円になるけど、それでいいかな?」
「はい、それでお願いします」
「承りました。それじゃ、こっちの紙に名前と生年月日を書いてもらえるかな」
「わかりました。あの、それと自分の歌を録音したいので、スマホと、それからこのモバイルパソコンを持ち込んで、一人用の部屋で録音しても大丈夫ですか?」
「いいよ。あー、キミもしかして、動画サイトにアップとかするのかな? ”中学生が〇〇を歌ってみた”とかー」
「…それは、内緒です」
「なんだなんだぁ~、キミ実は、有名な歌い手だったりするのかなー。オリジナル曲とか作って、歌っちゃってるのかな?」
「ないですよー。全然ないですからー」
「ほんとかぁー?」

 この人、けっこうグイグイ来るなぁ。

「お姉さんは、そういうところに投稿してたりするんですか?」
「わたしじゃなくて、友達がね。なかなか再生数が伸びないから、1日100万回クリックしろとか、無茶振りしてくるよー」
「あはは。100万回は無理ですよね」
「そうそう。でさー……あっ、それじゃお客様、お部屋の方にご案内させていただきますね~」

 通路の向こうから、上司らしい店員さんがやってくるのが見えた。そこからはいつもの手順を経て、ヒトカラ用の個室に進んだ。


 他がどんな感じなのか分からないけれど、俺がいく一人用のカラオケの部屋はせまい。団体客が集まる一般的な部屋と同じで、完全防音なのは同じだけど、派手な照明装置やホログラム映像の仕掛けはない。

 雰囲気的には、ライブ演奏者が録音する個室と同じような感じだと思う。小さなカラオケ用の機械と、テレビモニタを乗せた机。その他、動かせる背もたれの椅子が一台あるだけだ。せまいスペースには、必要最低限の機能以外は備わってない

 さっきの女の人が口にした話ではないけれど、最初にヒトカラのスペースに興味を持ったキッカケは、youtubeなんかの動画サイトで「〇〇を弾いてみた」「ドラムを叩いてみた」といった配信がきっかけだった。

 最初は、きちんとしたライブ用のスタジオを検索してみたけれど、中学生のこづかいだと割高で、安そうな近場のところを検索してみると、たいていは予約がギッシリと詰まっていて、時間の融通が利かない。週末の昼なんかは、まず取れない。

 それに、やりたいことは楽器を弾くことではないし、さっきの受付の人が聞いてきたように、歌うことでもない。作詞作曲のスキルなんかもない。

 ただ、俺のやりたい事を実現するには、集中できて、そこそこ安上がりで、とにかく近場で。どれだけ大声をだしても、誰にも気づかれることのない場所が必要だった。そうして見つかったのが、このヒトカラの個室だったというわけだ。

「さてと、やるかー」

 まずはモバイルPCを用意。指で画面を操作して、自分で作った『LoA_replay』と名前をつけたフォルダを開いた。

『2024_9_25 LoAランクマ1戦目勝利.avi』

 ここには、スマホの本体で遊んだ『レジェンドオブアリーナ』の試合内容を転送して、動画形式にエンコードしたデータファイルが並んでいる。タップして開く。
 
「よし」

 昨晩に行ったゲーム試合。
 俺と、滝岡と、西木野さんの友達らしき3人目の即席チーム。

 昨日は結局、2試合を行った。時間的には23時が迫っていて、俺も滝沢もすっかり眠くなりはじめていた。

『2024_9_25 LoAランクマ2戦目勝利.avi』

 どちらの動画内容にも問題はなく、画像の乱れや、ゲーム音が極端に大きかったりしていないことを確認した。

「……あー、けど、昨日はやっちまったよなー……」

 試合には勝った。だが、勝負には負けたというべきか。俺は、狭い個室の中で準備をしながら、昨日のことを思いだしていた。

* * *

滝沢
「じゃあな、祐一。まだやるかはしらんけど、俺は明日も部活だからさすがに寝るわ。そいつの態度は腹立ったけど、2連勝でスター戻せたし、気持ちよく寝れるわ。サンキューな」

祐一
「おやすみ。悪かったな」

滝沢
(いいってことよ)


TAKI:じゃあ俺落ちるんでー。二人ともサンキュー!


【TAKIさんがログアウトしました。チームを解散します】


 じゃあ俺も寝るかなと、ゲームをログアウトしようと思った。ただ、この後もしばらく、


Clock_Snow:もう1戦。

【Clock_Snowさんが
 あなたとのチームプレイを希望しています】

Clock_Snow:もう1戦。きぼう。
 
Clock_Snow:アタッカー譲ってもいい。チーム組んで。


 中々しつこかった。最初の態度がアレだったのに、2連勝した後の、高速手のひら返しムーブは、逆に清々しいほどで、ちょっと笑ってしまった。さすがにここまで図々しい奴は、なかなか見た記憶がないぞって思った。

You1:ごめん。俺も明日は店の手伝いがあるんだ。もう寝るよ。

 正直、滝沢だけではなく、俺もちょっと腹を立てていた節がある。西木野さんの友達だとしても、適当に拒否して、そのままログアウトしようと思っていた。


Clock_Snow:スイが、希望してた理由、わかった。


 ――スイって誰だっけ? リアルで首をかしげた。タップして、文字を打ちこもうと考えたけど、いっそ返信せず、黙ってログアウトしちゃうか。とか考える。


Clock_Snow:明日、わたしも、詳しい話を聞かせてもらう。


 いや、意味がわからん。明日、西木野さんと会って遊ぶなら、そういう風に言えばいいのにな。とにかくなんていうか、相手の事はお構いなしで、一人で勝手に話を進めてしまいがちだった。


Clock_Snow:それ、サブアカウントでしょ。

Clock_Snow:あんた、強すぎる。


 それは正解だった。俺はちょっと迷って打ち込んだ。


You1:できれば内緒にしといてほしい。べつに、イキって言うわけじゃないけど、俺のメインは、ランクが高すぎて、友達と組めないんだよ。

Clock_Snow:IDの名前は?

You1:ごめん。それは秘密ってことで。

Clock_Snow:だけどスイは、あんたのメインを知っている。どうせ明日になればわかる。教えて。

 
 ――いやだから、俺には話の流れがまったくわかんねぇよ。ていうか、そもそも『スイ』って誰だよ。

 どこかで聞いた気はするけど、マイペースに話を進める相手のことが気になって思いだせない。っていうか、そろそろマジに眠たくなり始めてもいた。

Clock_Snow:おしえて。フレ登録きぼう

You1:ごめん、募集してないんで。

Clock_Snow:おしえてください。お願いします。

You1:いや丁寧に言われても、悪いけどあきらめて?

Clock_Snow:なんで。意味わからん。


 ――俺《こっち》のセリフだよっ!

 リアルでうっかり、ガチで叫びそうになった。
 なんやコイツ…なんなんや……マジで。

「滝岡が妙にあっさり引いたなって思ったけど………なるほど。こういうことかよ……」

 あいつは一見、アホなようで鋭い。エスパーの天才であり、トラブルメイカーでありながら、自分だけは絶妙に難を逃れるというスキルを持っている。

 そもそも寝る前に『LoA』をやりはじめたのは、あいつの誘いがあったからではないだろうか。おい、滝岡。俺は気づいてしまったぞ。おまえ、本当に俺の親友なのか? 実は俺から、昼の牛乳代を絞りとってやろうと考える、悪徳業者ではないのか?

「くっ、もう誰も信じられない…っ! ってか眠てぇ…」


Clock_Snow:スイは、あんたの正体を知っている。


 俺の正体もなにも、俺は、ただの前川祐一だよ。大きいおっぱいが大好きな、至って健全な14歳の男子だよ。眠てぇ。

「なぁ、とりあえずスイってだれのこt」

Clock_Snow:ツイッター、絶対やってるよね。教えて。条件。あたしのプライベートのアカウントも、特別に教える。フォローもしてあげるから。



「か、噛み合わねえええぇ!! 何もかもがめんどくせえぇ!! うおおおおおぉぉ!! 眠てええんじゃあああああ!!! 西木野さんの友達じゃなけりゃ、テメェ即ブロのキックで敵でマッチしたら、まっさきに狙ってキルとったる覚悟せえやああああ!!!!」


 ――俺はヨイ子なので、心の中で叫んだ。 


 ってか、なんなんだ! プライベートってよぉ! そりゃあ、SNSのアカウントは複数持ってて、使いわけてるやつは結構いるだろうけどさぁ!! なんだよ、芸能人気取りかよっ!!

 もう正直、ちょっと「ぷっつん」した。ていうか俺だって、もう寝たいんだよ。いい加減に眠たいんだよ。そういうのもあってよぉ…久々に、キレちまったんだよ…。


Clock_Snow:じゃあ、ツイッターでなくてもいい。なんでも、SNSで発信してるようなの教えて。フォローする。

「ふざけんなよっ」

 光の速さでタップ。将来、HENTAIの日本人技術者が、おっぱいの感触をそなわせた、やわらかスマホモニターを実装したら、この技術は間違いなく、超1級だと判定されるだろう。眠てぇ。


You1:やってねぇ。SNS関連は、友達と、身内の親しい人とだけしかやらねぇ。ツイッターもマジで全然やってねぇから。

Clock_Snow:は?やってない?ウソでしょ?

You1:俺はかくしごとはあるけど、ウソはつかん。やってねぇ。


 ダダダダダダダダッ!!
 連打。俺の指はもはや宇宙と化している。自分でもなにを言ってるかわからねぇ。眠てぇ。めんどくせぇ。


Clock_Snow:もしかして、ハヤト?


You1:


 ピタッ。俺の指が止まる。同時に、思った。


Clock_Snow:ハヤトの、サブアカなの?


 ……。

 やらかした。


* * *

 今度は、スマホと専用のスタンドを取りだす。スタンドはマグネクリップ式で、カラオケ用のテレビモニタの淵に置くと、ペタリとくっつき、そこにスマホをさす。

 位置的には、スマホのカメラが、俺の顔の真正面を映す位置だ。その状態で、今年の夏に『ネクストクエスト』と呼ばれる会社からフリー配信された、アプリケーションを立ち上げる。


【Keep your second】


 タップ。保存したデータが読み込まれる。


 Ready...Now Loading...
 

 ――『俺は、イラストが描けない』。

 VTuberという存在を目の当たりにして。まずぶつかった壁がそこだった。元々、スマホのゲーム動画を、PCの方に保存して、それをプレイ動画して公開する方法は、ネットで検索した方法とソフトウェアで学ぶことができた。

 25%

 実況をやることもできそうだったけど、自分の家で、リアルに喋りながら配信するのは気がひけた。両親に対するはずかしさもあっだし、住ませてもらってる家で、勝手な真似をするのも嫌だった。

 だから『もしVTuberをやるなら』どこかべつの場所で、録音を後付けした、感情たっぷりの動画配信が良いなと思った。だけど、肝心の『イラスト』が描けない。

 50%

 VTuberをするために、アニメキャラクターの、イラストも勉強しようか。そこまで考えたところで、まずは、肝心のイラストを動かす技術なり、ソフトがいるじゃないか。

 考えてみれば、あたり前のことだった。それで検索して辿り着いたのが、ネクストビジョンという会社が発表していた【Keep your second】というアプリだった。

 75%

 現在は利用者の間で【セカンド】と呼ばれている『VTuber作成支援アプリ』には、画像解析を行う、独自のAI技術が備わっているらしい。正直、解説を読んでも俺にはさっぱりわからなかったが、機能としては、スマホのカメラが捉えた映像から、

 90%

【あなたを識別し、VTuberとして再現し、データ保存します】

 という機能が備わっていた。さらには指定した端末間を通じ、べつのハードウェア、指定した各チャンネルのファイルへ、サンプリングしたデータを転送する。それがどういうことかというと、


【もう一人のキミの読み込みに、完了しました】


 アプリを立ち上げることで、一度エンコードしたゲーム動画を、AIが自動で再編集する。改めて『VTuberが実況解説する動画ファイル』として作り直すことができるのだ。


 やぁ、前川祐一。
 6日と16時間21分42秒振りだな。


 フキダシが浮かぶ。スマホの画面の中ではない。エンコード済みのゲーム動画、その画面の端に、VTuberの姿が移動している。『もう一人のオレ』が浮かび上がり、出番を待ちわびている。


 さぁ。今日も魂の声を聴かせてくれ。
 オレを、お前たちの世界へ、誘ってくれ。


 濃紺ともいえる黒の短髪に、特徴的な白いメッシュが混じる。ダークグレーの瞳。外観や服装は、俺の特徴をふまえ、さらに【セカンド】が『人気のアイテムやファッションを選定、コーディネイト』している。

 もう一人のオレは、学園物アニメに出てきそうな、スーツと制服が融合したような上着を着ている。
 

 …ん、どうした?


 現実の詰襟とは違って、大きく胸元が開いた2ボタンのブレザー、白いタイに、ネイビーブルーのシャツ。パンツの方も、単なる黒ではなく、目立たない程度にチェック模様が入っている。

 パターン自体も好みに編集できたけど、ほとんど、そのままだった。それぐらい、俺は、もう一人のオレを気に入ったんだ。

 おいおい。
 なつかしすぎて、操作の方法を忘れてしまったか?
 それともオレとの再会に、感動して言葉もでないか?


 スマホのカメラは、俺が動くと、その動きを捉える。間髪入れずに『VTuberのオレも身動きする』。


 もしかして、この会話パターンを楽しんでいるのか?
 そうだとしたら、暇なやつだな。
 もう一人のオレは、行動には目的の伴う
 マジメで勤勉な男だと思っていたが、アテが外れたか。
 ……ふぅ。やれやれだ。
 

 さらにはこっちの動作を無視して、両手をあげて「やれやれだ」と首を振る。VTuberのイラストが読み込みれると同時。やはり【セカンド】によって生成された『ボーン・ポイント』と呼ばれるモデルの関節部が作動し、人らしい動作を取らせていた。


 さぁ、そろそろ御託も聞きあきた頃だろう。
 はじめるぞ。オレに自由を与える時だ。
 我が真名を轟かせよ。myself.


 あぁ、はじめようか。自由に。響かせよう。
 モバイルPCに保存した『LoA《レジェンド・オブ・アリーナ》』のリプレイ動画を再生。カラオケ用のマイクを取り、スイッチを入れる。思いきり、息を吸い込んだ。


「 ご き げ ん よ う ッ ! ! 

  諸 君 ッ ! ! 」



 stay hungry.



「 L o A 界 の 貴 公 子 

  最 強 プ レ イ ヤ ー の 

  頂 き を 目 指 す

  天 王 山 ハ ヤ ト だ ! ! 

  今 日 も ま た 

  俺 の 美 技 を 魅 せ る 時 間 が 

  や っ て き て し ま っ た な ! ! 」



 stay foolish.


「 戦 い の 時 だ !

  我 ら 来 た れ り ッ ! ! 

  準 備 の 方 は よ ろ し い か ?

  ハー ハ ッ ハ ッ ハッ ハ ッ ハ…… 

  ……ッ!? げほっ、がほ……ごめん、むせたわ」
sage