Neetel Inside ベータマガジン
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ミシュガルド一枚絵文章化企画
「我が一族の更なる繁栄を願って」(4/29 19:23)

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「フレイア、そのハムスターは向こうへやれ。ニッツェも猊下から離れんか! 二人ともソフィアを見習え!」

 今日はミハイル4世の誕生を祝う、エンジェルエルフ族にとって神聖な日であった。
そんな彼女がその日願ったのは、一族揃っての姿を写した一枚の絵。
写実的な絵画を描く事で名の知れた宮廷画家に命じて、この日は一族が彼女を囲って並んでいた。

「クローブ、今日の妾は機嫌が良い。好きなようにさせてやれ」
「しかし猊下、それでは皆に示しが……」

 そこでさっきから口喧しく指摘している、エンジェルエルフにとって希少な男性であるクローブ・プリムラに、一言宥めてやった。
困ったような顔で肩を竦めるクローブとは逆に、ミハイルに抱き着くようにくっついていたニツェシーア=ラギュリは、クスクスと笑いながらクローブに返した。

「猊下の仰る通りよぉ、クローブゥ? 今日はとぉっても素晴らしい日なんだからぁ、堅苦しい事は無しにしましょうよぉ」
「ニッツェの言う通りでちゅ。マスターもハメを外したいのら」

それに続いてフレイア・ジラソーレが腹話術を使い、首元に巻き付けた髪に入れたハムスターを喋らせているように見せかけて乗りかかる。
だが、他種族に厳しいミハイルは、そこでぴしゃりとフレイアに言い放った。

「フレイア、その小汚い獣は向こうへやれ」

 一瞬、冷たい空気が場を過った。
フレイアは暫く悲しそうに目を見開いた後、しょんぼりと肩を落として、ハムスターを絵師の横に置いていた小さな籠に入れた。
その一部始終を見て、一人黙っていたソフィア・スブリミタスが長い溜息を吐く。

「全く、日中そんな汚物を引き連れてるなんて、どうかしてるわ」

 途端に、フレイアがギロリとソフィアを睨みつけた。ハムスターを“汚物”呼ばわりされたのが、気に入らなかったらしい。
しかしソフィアは臆さぬどころか、見下したような目つきでフレイアを睨み返した。

「あら何? そもそも猊下の前で、そんな汚物を連れてくるからいけないのでしょう? いい歳して礼儀も弁えられないの?」

 容赦無いソフィアの追撃に、とうとう痺れを切らせたフレイアは、印を結び、背後に大きな魔法陣を浮かび上がらせた。
闇の精霊に愛されていたフレイアは、黒魔術を得意とし、戦に出る際にもそれを発動させることが殆どである。
戦闘態勢に入ったフレイアに対し、ソフィアも小型の禁断魔法を唱える為、背後にまた別の魔法陣を浮かび上がらせる。
だが、それをミハイルは止めようともしなければ、興味深そうに見ているだけだった。横のニツェシーアも、あらあらと微笑ましく見ている。
最早絵を描いてもらう場合ではなくなり、絵師はただおどおどとしていただけだったが、クローブだけは違った。

「いいかげんにしないかっ!!」

 そう怒鳴りつけると同時に、ソフィアとフレイアの間に入って、両手で二人の頭に拳骨を食らわせたのだった。
突然の出来事と頭に響く激痛に、二人は為す術もなく膝をつき、殴られた頭を押さえていた。

「猊下の御前で小競り合いなど、恥を知れ!」
「だ、だからって本気で殴る事ないでしょ!?」

それでも容赦無く叱りつけるクローブに、ソフィアは治癒魔術を使いながら、涙目で悲痛の叫びにも似た声を上げた。

「皆ぁ、早くしないと絵描きさん困ってるわよぉ?」
「全く、しょうがない子供達よのう」

そこでようやくニツェシーアとミハイルが、この惨状に終止符を打った。
そして全員が並び、絵師が鉛筆でその凛々しい面々を描くと、数時間して下書きが完成した。

 ――しかし、その絵が献上された頃には、既に全てが終わっていた。
クローブは島に流され、ニツェシーアはエルカイダというテロ組織に加わり、ソフィアとフレイアもその場を去った。
ミハイル4世は己が卑下していた他種族の反乱により処刑され、彼女達の集う城には、最早何もかもが無くなっていた。
この一枚の絵を覗いては。

「……これは」

 ミハイルの処刑後、当時の記憶を思い返すかのように城内を歩いてたのは、流刑より戻り、反乱に加わったエンジェルエルフのクローブ・プリムラであった。
絵が完成していた事を知らなかったクローブは、その絵画にそっと手を触れ、あの楽しかった日々にはもう戻れぬと悟った。
震える下唇を噛みしめて、心の中で『己の決断は間違っていなかった』と、何度も繰り返す。
そうでもしなければ、目の奥に溜め込んでいた涙が、溢れ出てしまいそうになったからだ。

「……これは、何だ?」

 ふと、ある部分に気が付いて、クローブは絵の中心部に目をやった。
エルカイダのシンボルマークである。絵師に依頼をしていた時は、こんなものは無かった筈だ。

「お前なのか? ニツェシーア……」

誰も居ない部屋で、彼は一人そう零した。

       

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