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ミシュガルド一枚絵文章化企画
「五人と一匹はどういう集まりなんだっけ」作:新野辺のべる(5/21 23:15)

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 果てない千里の海を輸送船団と護衛艦が渡っている。前後左右海しか見えない。進んでいるのか止まっているのか、わからなくなるほど景色が代わり映えしない。こんな退屈な日にはカーリマーターをするに限る。
 戦争が終わって軍人は不要になった。最低限の人材を残して、甲皇国海軍も一斉整理の真っ最中である。私は幹部だったが庶民の出であったことが災いした。そろそろ引退を考えていたので、抵抗なくリストラを受け入れた。再就職先でも船乗りであることを続けたかったので、護衛艦の艦長をやっている。
 さて私と同じように戦後不要になったものがある。軍事用の通信システムだ。システム丸ごとSHWが買い取り、民営の情報通信網として生まれ変わった。そんなところも私に似ているじゃないか。民営の匿名で発信、閲覧できる情報通信網はミシュガルド土着の神の名前からとって、カーリマーターと名付けられた。(ぶっちゃけインターネット)
 岸に上がるまでの慰み。部下に勧められて、最初はただの暇しのぎに始めた。船に乗っている間は時間は緩やかに流れるがカーリマーターをやっていると時間を忘れてしまう。私はすっかりハマってしまった。
 顔が映るほど大きな水晶玉に手を乗せ電源を入れる。すると水晶玉の中に海と魚群が映し出された。カーリマーターの広大な海の中では今日も魚たちが仲良く泳いでいる。この魚を選んでアバター、ニックネームとして登録する。私はクジラを選んだ。クジラとはおとぎ話に出てくるヒゲを生やした動く島のことらしい。
 魚の口からはあぶくのように次々とふきだしが出ている。ここに自分の言いたいことを書き込んで発信することができる。
「今何してる?」
「勝ったな。風呂入って来る!」
「戦争が終わったから結婚するんだ」
 たくさんのふきだしが魚の口から飛び出しては沈んでいく様子はスノードームを見ているようで飽きない。
 護符のようなコンソールの魔文字をなぞると、水晶玉の中にクジラが浮上した。カーリマーターの海の中をひと泳ぎすると、小さな嵐が起こっていることが見て取れた。
 色彩鮮やかな天使の羽で泳ぐ伝説上の魚、エンゼルフィッシュが泣いている。
「わーん。私のマンガはパクリって言われたー。辛いよー」
エンゼルフィッシュさんはカーリマーター上で趣味のマンガを公開している。ドージンサッカというらしい。
 半透明な体にとげのついた触手、ジェリーローパーに似た架空の生物クラゲが慰める。
「有象無象の中傷なんて気にすることないヨ」
 クラゲさんはカーリマーター上に自作スイーツの写真とレシピを公開している。
 ウニ&ヒトデがラップで励ます。
「そうだYO☆」
「だからマンガを公開。しなけりゃ何か後悔」
「それが絶対に正解。たまにゃ落ち込んでもいいかい」
「人間だもの。荒しはケダモノ」
 波が船の横っ腹に当たって、砕け散る音がする。これは現実のほうの波の音だ。
 服が汗で体にまとわりつくので、私は上半身裸となって椅子に座り直した。イヤな汗だ。海面の照り返しと潮風のせいか?
 水晶玉をのぞくとカーリマーターの海は荒れに荒れていた。
 口だけ大きいノコギリ歯の未確認生物、サメが煽る。
「いやいや。エンゼルフィッシュのマンガは神絵師ティア・コミケの丸写しじゃねーか。何で誰も指摘しないんだ? お前らちゃんと読んでんの?」
 エンゼルフィッシュさんは海よりも深く落ち込んでいる。
「私のマンガなんてホントは誰も読んでいないんだ。どうせオフ会0人なんだ」
 私はもう我慢がならなかった。ちょうど次の非番でミシュガルド大陸の大交易所に寄港する予定だ。ならば。
「じゃあ、そのオフ会とやらをやってみようじゃないか」

『オフ会』とは
滅亡した過去の文明に汚染され不毛と化したミシュガルド大陸に生まれた新しい生態系の世界をいう。蟲たちのみが生きる有毒の瘴気を発する巨大な菌類の森にいまカーリマーターによって知り合った五人と一匹のメンバーが集まった。

 久しぶりの陸だ。それだけでも心躍るというのに、カーリマーターの海のむこうの人と顔を合わせるときている。私は足元もおぼつかぬほどに高揚している。まだ地面が揺れているようで、たたらを踏みながら約束の店の前までやってきた。
 空の星ほどたくさん人が集まっていて、私は目印のエンゼルフィッシュの絵が描かれたスケッチブックを探した。待ち合わせ場所は天才パティシエと名高いアサモのスイーツ店。夕飯時にスイーツを食べにくる人がこんなにいるのか。すごい行列だ。
 とりあえず行列に並ぼうとすると、パティシエにしては筋肉質な腕が私を店の中へと引っ張った。
「あなたはペリソン提督! クジラさんが甲皇国の人だったなんて」
「天才パティシエのアサモがクラゲさんか」
 ウニ&ヒトデのラッパーコンビは男女のアルフヘイム人だった。驚きのあまりラップを忘れて、スケッチブックを持った眼鏡女子を質問攻めしている。
「そんな、エンゼルフィッシュさんが神絵師ティア・コミケさん本人?」
 一同の目が一点に集まる。そこには狼のような狐のような三つ目のケモノがおすわりしていた。
「ということはこの犬がサメさん?」
「誰が犬だ。我はヌルヌットという賢い生き物だ」
 ヌルヌットは悔しそうに言い捨てると、五人の足元をすり抜け窓から逃げて行った。
 窓の外を見ても、もう何も見えない。
 静かな月夜に遠吠えだけが聞こえてきた。

       

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