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ミシュガルド一枚絵文章化企画
「漢勝負」作:ミシュガルドの創作者達(7/24 017:00))

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そこは地下に没した神殿の遺跡か。
闇と静寂に包まれていた古代の聖域に、丁々発止と武具を打ち鳴らす金属音が何合となく響く。

「流石音に聞く傭兵王ゲオルク。嬉しいぞ!強者との戦いは!」
「獣神将ロスマルト……知らぬ名だが、侮れる相手ではなさそうだな!」

鍔迫り合う火花に照らされたのは、馬頭の巨漢と鎧に身を包んだ白髪髭の老人の姿だ。

体においては亜人たるロスマルトの膂力が人間のゲオルクを大きく上回る。
無尽蔵のスタミナを見せるロスマルトには、その戦いを楽しむ余裕すらあった。
しかし、二人の勝負において明暗を分けたのは肉体的な優劣ではなかった。

両者浅手を負いつつも、決定打を許さぬ互角の打ち合いが続く。
その最中ゲオルクは、獣神将の攻撃の手応えと武器の打ち鳴らす音域の変化から、己の「剣」に限界が近づいている事に感づいていた。

「その様なナマクラで我が一撃をよくも受け流すものだ!」
「むぅ!」

今握っているのは先の大戦を共にくぐり抜けた聖剣ではない。
名もなき一振りのグレートソードだ。
聖剣は、凄惨な殺し合いとなったあの戦で散った敵味方幾千幾万の戦士達の墓標代わりに、故郷ハイランドの地母神の神殿に奉納されている。

「うりゃああああああぁ!」

馬人渾身の斬撃に芯鋼を断たれた刀身が宙を舞う。
ロスマルトは無手となった好敵手にトドメの一撃を見舞わんと次なる動作に移る。

しかし──。

その起こりよりも遥かに早く、ゲオルクの掌が彼の胸部に迫っていた。
ひたり、とその手掌が鳩尾に触れる。

心臓への浸透勁。
ゲオルク王の無手の奥義である。
戦場の剣術とは泥臭いもの。それは剣技だけに留まらず、体当たりや蹴りなど、当身や投げ、関節技をも内包した総合格闘術であるのだ。

ロスマルトは全てを悟る。
眼の前の老人は、己の武器が壊れる瞬間を正確に予見していたのだ。
知っていたがために迷わず次の行動に移る事ができる。
これぞ勝機と決着に急ぎ、渾身の一撃を繰り出そうとする敵に肉薄し、掌打で心の臓を叩く。
その策略に、まんまとハマっていた。
なんと老獪なことか。
肉体的な優位に酔っていた己との、戦士としての完成度の違いを痛感する。

「ぐ!見事だ!」

だが……、胸部への浸透勁は打ち込まれぬままであった。
極々僅かな力の波動が胸腔を伝播し背中へと抜けていく。

「……なぜ打ち込まぬ」
「お主が躊躇していたからだ」

そう、戦士ロスマルトはゲオルクの剣が砕けた瞬間、その光景に勝機を見出したのではなく、無手の敵に攻撃する無粋に躊躇し、その動きを鈍らせていたのだった。

「お主にその迷いがなければ、相打ちだったかもしれぬ。俺の剣は失われた。ここは痛み分けとしたい」
「……なんという勇者よ」

掌を下げたゲオルクは、マントを翻して好敵手に背を向ける。
去りゆく老王の大きな背に、ロスマルトの言葉が投げかけられた。

「まて……!この戦い、漢勝負にて決着をつけたい!」

これ程の相手とはそうそう出会えるものではない。
互いに明日死ぬかもしれぬ定めを持つ戦士同士。
決着をつけて置かなければ、生涯拭えぬ悔いとなるだろう。

漢勝負。

古来よりミシュガルドに伝わる、男子にのみ許された決闘法である。
その名を聞いたゲオルクは歩みを止た。

「どうやら知っているようだな……どうだ?見事受けてみせるか……?」

ロスマルトが猛り鼻息を噴く。
老王の脳裏に、今まで漢勝負を行い義兄弟となった男達の顔が浮かんだ。
そこには唯一「兄」と呼んだ漢、ボルトリックの顔もあった。

「このゲオルク、漢勝負を挑まれて背中を見せたことなど無い」

振り返った老戦士の目に、若々しい赤き気力の炎が宿る。

「素直に痛み分けにしておけばよかったと後悔することになるぞ、ロスマルトォ!」

刀身を失っていた柄を投げ捨て、鎧の留め具を殴り外す。
前後にセパレートしたプレートアーマーが、その足元に重音を伴って落ちた。
グローブ、グリーブ、全ての防具を脱ぎ捨てるように荒々しく解除する。

「よく言った……人間の勇者よ!」

馬頭の亜人も吠えた。
ゲオルクに同調して武器を投げ捨て、自らの道衣を引きちぎる。
ブルルル!と嘶き、全身を緊張させ、筋肉を怒張させる。


半裸で向かい合う2人の雄。


「ぬっはあああああ!!!」
「おううううううう!!!」

鬨の声が地底を揺るがす。
これは持って生まれた肉体的な優位を競う勝負である。
だが、己の中の100%中の100%を引き出すには、精神の集中と、開放、そして愛、己を完全にコントロールする精神の強さが必要不可欠であった。

顔面を紅潮させながら集中する!
呼吸により肉体の活性を高める!
充実した内功によりズボンのベルトが弾ける!
体中の気力を、一点に集める!
至極まで昂める!


(─エレオノーラよ!俺に力を貸してくれ!─)


『ゆくぞぉおオオオ!』

ゲオルクとロスマルトは、ズボンを膝下まで降ろし、互いに一歩踏み出した。

「いざ!」
「尋常に!」
『漢勝負ぅううううう!!!』



傭兵王、敗れる──。

       

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