Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ミシュガルド一枚絵文章化企画
「青の腕(かいな)を掻い潜れ」作:愛葉(4/28 0:20)

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――ジジ。ジジ。


――――――――


 「なぁベルウッド」
 呼びかける声は疲労に染まっているが、その内奥には怒りが見える。
 「……」
 返答はない。前を歩く小柄なエルフは振り返ることもせずただ歩き続ける。
 「なぁベルウッド」
 二度目。怒気が表層に現れ始めた。
 声の主の少年はそこで木の根に足をとられた。深い緑が空を塞ぐ森。ある程度人が通れるようにと道の体はなしている。だが、当然交易所のように石畳の舗装はされていない。
 全く足元が見えないほどに緑が多い茂る北の森よりはよっぽど歩きやすい。しかし、今のケーゴにはそれを思うだけの冷静さも忍耐力もない。
 勢いよくつんのめったケーゴの後ろを歩いていたアンネリエは、彼の中で何かが切れた音を聞いた気がした。
 呼吸3つ分の空白。そして。
 「ベルウッドォオオ!!」
 果たして三度目は怒号。
 「うるさいわね!聞こえてるっつうのに!」
 「聞こえてるなら答えろ!今すぐ答えろ!どうなってんだよ!行方不明になったピクシーたちを探す簡単な依頼のはずだろ!?もう日が暮れるぞ!?」
 「そんなのあたしがわかるわけないでしょ!とにかく簡単そうでお金になりそうな依頼をクエスト発注所(http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=18328)で探したらこれしかなかったんだから!大体あんただってピクシーの捜索なら俺たちのピクシーに任せれば楽勝だって言ってたじゃない!」
 うぐっ、とケーゴはそこで詰まった。
 そう、この森に入るまで彼も油断していたのだ。
 目には目を。ピクシーにはピクシーを。同じ機械妖精なのだから同期でもなんでもすれば簡単に見つかるだろうと。
 しかし、その目論見はいとも簡単に崩れた。
 ケーゴたちと行動を共にするピクシーは、森で行方不明になった仲間を感知することができなかったのだ。
 この2週間、ずっと見つかっていないという事実をもっと熟慮するべきだった。同じピクシーを用いた捜索などとっくの昔に行われているはずだ。
 とはいえ発注所のお姉さんにこれなら楽勝だと大見得をきった手前、そこで諦める訳にはいかなかった。
 そうしてほぼ半日森を歩き回り、今に至る。

 木漏れ日の色はいつの間にか紫がかった朱色に変わっている。
 このままでは森の中で野宿となりかねない。しかしそれだけは避けたい。
 ミシュガルドの森は夜行性の生物が多いのだ。最低限の装備で寝泊まりが可能でも、最低限の戦力で夜を明かすことは難しい。
 引き返さないといけない。
 また明日出直すことにするか、クエストを諦めるか。
 選択肢を頭の中でぐるぐると回しながら、ケーゴはピクシーに帰り路の案内を頼んだ。
 ピクシーはこの森に入ってからの歩みを全て記録している。どれだけ場当たり的に歩き回ろうが、帰り道は安心だ。
 「まったく…うまくいかないものね…」
 「つーかお前、何の根拠があってここまで歩いてきてたんだよ」
 「勘」
 「……」
 身もふたもない一言にケーゴの口角がひくついたが、ここで再び口論をする訳にはいかない。
 アンネリエを気遣いながらも彼は道を急いだ。




――――――――


――ジジ。ジジジ。


――パチン。


―――――――



 気づいたのはアンネリエだった。
 相変わらず一人だけ木の根にひっかかるケーゴに背中を杖でつつく。
 「ん、どうした?アンネリエ。ピクシー、ちょっと待って」
 ナビゲートを一旦停止させ、アンネリエが黒板に文字を書き終えるのを待つ。
 「あれ、ケーゴ。ピクシーどんどんすすんでいっちゃうわよ?」
 「え?おいピクシー!」
 ベルウッドの言葉にケーゴがピクシーを目で追う。
 確かに自分の命令に従わず、人工妖精はふよふよと先に進んで行ってしまう。こんなことは初めてだ。
 慌てて追いかけようとしたが、そこでアンネリエが文を書き終えた。
 「うわわ…」
 どちらを優先させるかわからずその場で左右に足踏みをしてしまう。
 「あぁもう仕方ないわね!」
 ベルウッドが小走りでピクシーの後を追った。どれだけ迷おうとも結局ケーゴはアンネリエを優先させることを知っているからだ。
 「ありがとうベルウッド!」
 感謝の言葉を投げ、アンネリエに向き合う。
 黒板曰く。
 『通っていない道を歩いてる』
 「…え?」
 わたわたと辺りを見渡すが、同じような木ばかりでまったくわからない。
 『さっきケーゴが躓いた根っこに見覚えがない。あんな変な形に曲がってるなら行きも躓いてるはず』
 「な、なるほど」
 なんとも情けない理由だが思わず納得してしまう。
 だが、その結果ケーゴの脳裏に新たな疑問が浮かぶ。
 ピクシーが道を間違える訳がない。そんなことは初めてだ。

 …まて、さっきも同じことを思わなかったか。

 ケーゴの頬につつ、と汗が垂れる。
 命令を無視して先に進んで行ってしまったピクシー。まったく別の場所に自分たちを誘導したピクシー。

 そもそも、この森に来た目的は何だ。

 2週間ほど前から森で行方不明になっているピクシーたちを探すことではなかったか。

 心臓が変に跳ねている。
 助けを求めるようにアンネリエを見る。彼女も同じ結論に至ったのか不安げにケーゴを見つめ返した。
 互いに何も言わず沈黙が2人を包む。
 それを引き裂いたのはベルウッドの甲高い声だった。
 「ちょっと!2人ともこっちきてっ!」
 束縛から解かれたかのようにケーゴとアンネリエは走り出す。
 少し走った先でベルウッドは困り果てた顔で待っていた。
 それよりも先にケーゴとアンネリエの目に入ったのは、彼女の周りでふわふわと漂っているもの。
 「ピクシー!?」
 「あたしたちの奴じゃないわよ!」
 「え?じゃあこれが…」
 「そうよ、行方不明になってたピクシーよ!ほら、そこにもあそこにも!」
 宙を指さすベルウッドにつられてその先を見れば、確かに手のひらほどの大きさの人工妖精が力なく空に浮かんでいる。
 ピクシーもそれぞれ髪型や羽の形が違うんだなぁと場違いなことを思わず考えてしまう。
 「なんでこんなところに…」
 そうひとりごちて、思い出す。
 「ベルウッド、それじゃあ俺たちのピクシーは?」
 「もっと先に行っちゃったわ。とにかくあんたたちにこれだけでも知らせないとと思って」
 「そっか」
 返しながらもケーゴはアンネリエがピクシーを捕まえようとしている様子に見入ってしまっている。
 駄目だこりゃ、とベルウッドは一人でピクシーを追いかけることにした。
 どういうわけか、ここのピクシーたちはこの場にとどまっているようだし、自分たちのピクシーもすぐ見つかるだろうと楽観的に考え、ケーゴはアンネリエのもとに歩み寄った。
 杖で乱暴に地面にたたき落とし、はぐれピクシーを捕まえたところだ。
 乱暴だなぁと思いつつも、文句を言えば自分が同じ目に遭うのが分かっているケーゴはありがとう、と一言添えてピクシーを受け取った。
 「記録開示」
 ピクシーは音声認識によって命令を遂行する。
 さすがに持ち主の個人情報などは鍵がかけられているかもしれないが、行方不明になって今日まで何をしていたのかくらいはわかるだろう。
 そう思ったのだが。
 「……。」
 手のひらの上でピクシーは黙ったままだ。
 意思や感情を可視化するバイザーも黒いまま。
充電が切れてしまっているのかとも思ったが、羽は淡い緑色に発光している。十分に充電がされている証拠だ。
 と、そこでアンネリエが再びケーゴを杖でつついた。
 『何で充電が切れてないの?』
 「…っ」
 ケーゴは瞠目した。
 そうだ。ピクシーたちが2週間まえから行方不明だったのだ。
 それだけ放置されていれば普通充電が切れてしまう。
 つまり、このピクシーたちがどこかに充電の手段を持っているということだ。
 充電。すなわちこの森のどこかに電気が。


――ジジ。


 音がした。


――ジジジ。パチン。


 聞いたことがある。
 交易所で電気の魔法を見せてもらった時に同じような音を聞いたのだ。
 激しい振動音のような。乾いたような破裂音のような。

 それが何かを考える前にケーゴの横を猛烈な勢いで何かが駆け抜けた。
 驚くのと振り返るのはほぼ同時。
 その後ろ姿がベルウッドであると認識したのと、背中に冷たいものが滑り落ちたのがまた同時。


――ジジ。ジジ。


 ベルウッドが駆けてきた方向から、音がする。
 心臓が石のように重い。一呼吸一呼吸が苦しい。
 硬直した体を無理やり正面に戻す。

 異形が、ゆっくりと、こちらに向かって歩いてきた。

 真っ白な服で前進はすっぽりと覆われている。
 腕にまとわりついているのは薄い青色の電気。これが音の正体だとケーゴは察した。
 何よりもケーゴたちの目を奪ったのはその頭部。

 螺子だ。

 無数の螺子が頭部に打ち込まれている。

 一体どうしてそれで前が見えるのかはわからないが、それでもその異形はこちらに向かって着実に歩いてきている。

 ヒトではない。亜人でもないだろうと直感が叫んでいる。

 否、それ以上に本能が警鐘を鳴らしている。



――相手をしたら死ぬ。


 だからこそ、叫んだ。叫ぶことができた。

 「アンネリエ…っ!!」




―――――――


――ジジ。

――ジジジ。


―――――

       

表紙

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