Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ミシュガルド一枚絵文章化企画
「逆鱗」作:バーボンハイム(5/8 22:07)

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動物学者としてこのズゥ・ルマニアの冒険心が
いつの間にか 彼女をこのハイドロエンドスターの背に運んでいた。
「獣人」のカテゴリに属しながらも、意思疎通が取れない……
そんな生物とは動物学者である彼女も何度か出くわしてきた。
そういうカテゴリの枠にはまらぬ生物の調査をする時、
彼女は学者としてと言うよりも、むしろ生物としての憧憬というか
自然への尊敬の念のようなものを抱く。

「神様、ありがとうございます!!
今日も私に未知なる生物との遭遇を授け下さって!!
このズゥ・ルマニア、これがあるから
この仕事 辞められんのです!!!!」

正直、キツイ仕事だ。
山あり、谷あり、どころではない。
泥に塗れ、土砂で目や鼻を塞がれ、
現地民や原生動物に追い回され危うく殺されかけたりしたことも
二度や三度ではない。

ヘタをすれば戦場並に危険だらけの仕事。
そんな仕事を彼女が続けていられるのは、
自然が、大地が、彼女に授けてくれる「未知」という名の報酬があるからだ。



さてと、このハイドロエンドスター。
調査のために、その背に乗ったものの、やはり調査状況は実に過酷だ。
高度が増すに連れ、頭痛や吐き気、悪寒、手足のしびれなどと言った
高山病を発症する。そのリスクを鑑みて、調査のため許された時間は
ほんの6時間。それ以上を過ぎればミシュガルド調査所より
半年間の調査停止処分が下る。6時間と言っても、これは
ハイドロエンドスターが危険高度に到達せず、安全高度のまま
飛行を続けていればの話だ。

高山病といっても3種類あり、詳細は省くが
およそ1200~1800mの高度で発症するとされ、2700m以上の高さで
発生する。発症は6~12時間後に起こる。6時間は
症状が発生するまでの最低リミットというわけだ。
症状がしんこうすれば、脳浮腫によって運動失調を招き
真っ直ぐ歩けなくなる。そうなれば、最早調査どころではない。
滑落死は免れないだろう。


「いいかい、ズゥ博士。高度が1800mを超えたら
直ぐに飛び降りて、携帯パラシュートを開くんだ。」

何度、インストラクターや登山家たちに言われたか
分からない言葉が頭をよぎる。
もうすでに高度計は1750mに到達、あと数分で1800mに
到達しようとしていた。

搭乗から4時間で上半身まである程度の調査はしたが、
無論 外殻組織の一部の採取ぐらいしか出来ず
突風のためスケッチすら開けない状況だった。

風が収まるのを待ったが、それでも状況は芳しくない。
幸いハイドロエンドスターは安全な高度を保っていたので
ギリギリ突風域を抜けた時にスケッチなどをしようと考えていたが
ことはそう上手くは行かないものだ。

「そう諦めてたまるもんか…!」

危険だの、引き返せだの、無理だの、
そんな言葉は何度も聞き飽きた。

だが、そんな言葉で諦められるほど私の「未知」への探究心は甘くない。
ろくに調査もせずに机の上だけで 想像だけの理論と学説を並び立てる
学者たち。そんな学者たちに負けたくない一心からだった。

いつの時代だって

手を汚し、足で稼ぐ人間の齎す情報こそ真実なのだ。

そんな彼女に運命の女神が微笑んだのか
ハイドロエンドスターは突風域を抜け、無風状態の空間へと飛び出した。

「やったわ!これで!」

彼女は待ちわびたこの瞬間を無駄にしないためにも、
スケッチを取り出した。


スケッチに外殻の詳細を描き込み、
少しでも情報を……彼女は一心不乱に筆を走らせた。

その一心のまま、彼女がある程度までその詳細を描いた時のことだった。
殻の隙間隙間に視線を感じ、彼女はズレたメガネを両目に重ねた。

隙間にあったのは無数の顔であった。
苦悶とも言えるような……激昂とも言えるような……
ただ只管に彼女に敵意を向ける無数の顔という顔。
それらは何とも形容しがたい形状であった。
顔と顔同士が溶け合って境目が曖昧になっていたというか
それぞれがまるで異なる人種、性別の顔が入り混じったかのような顔を
しており、その全てが彼女を見つめていた。

「ッふ!!」


条件反射か防衛反応か いずれにしろ どちらでもいい。
彼女は驚きのあまり、スケッチを放り投げながら
そのまま仰向けに倒れた。だが、その勢いが災いしてか
彼女が転がった先は急勾配の下り坂(おそらく、頚椎のあたり)だった。
まるで、彼女を奈落の底へと引きずり込むかのように
坂は倒れ込んだ彼女を吸い込んだ。

まるで蛇がネズミの首根っこを喰らいつき、そのまま巣穴に
引きずり込むかのように彼女はそのまま何十回も後転を繰り返しながら
転げ落ちた。

「うわぁぁあああああああああああああああああああ」

もはや自分自身がどうなってるのか全く分からない。
咄嗟に彼女は背中のパラシュートを開こうと、右手側にぶら下がった
紐を必死の想いで引っ張った。
ぐちゃみそに掻き回された視界がやがてハッキリし、
彼女の視界が明瞭になったのはそれから1分後のことだった。
いつの間にか彼女の視界からはハイドロエンドスターは消えていた。
だが、背中にその感覚は確かにある。
状況を把握しようと身体を動かそうとするが、
肩紐が鎖骨に食い込み、あまりの痛さで悶絶する。
その度に彼女の体が振り子のように宙をかき、身体を揺らす。

「……宙吊り? え?
え? え? 宙吊りになってる?」

ようやく状況が読み込めた彼女だったが、宙吊りだと知ると尚更
恐怖心がこみ上げてきた。おまけに鎖骨にくい込む肩紐が
死ぬほどの激痛となって襲いかかっていた。

もはや無我夢中で足をバタつかせていると
いつの間にか何らかの突起に左足を引っ掛けることが出来た。
そのまま暫く深呼吸をし、改めて足元を見つめる。
どうやら、僅かながら2~30cmほどの足場があるようだ。
一旦、先ずは左足を足場に預けた状態で、片方の足も足場に預けつつ
少しずつ肩紐を外すしかないようだ。

「おおおお落ち着いて……わわ私……リュックサックを外す要領と同じよ」

少しずつ肩紐を外しながら、彼女は足場にその身をあずけながら
ウロコにしがみついた。
なんとか無事に足場にしがみつけた安堵を
両足で踏みしめながら彼女はそのまま目を閉じ、
必死に壁(おそらく、ハイドロエンドスターの左目の鱗周辺?)に
しがみついた。

そして暫くすると、彼女は頭上を見つめる。
そう、さきほどまで自分がぶら下がっていた頭上を。

先程まで彼女が背中に背負っていたパラシュートリュックが
ハイドロエンドスターの欠けた左角に引っかかっていた。
リュックからははみ出したパラシュートの紐が角に絡みつき
ヒラヒラと国旗のようにはためいている。

「うッ……」

彼女に頭痛が襲いかかった。
ベルトでこめかみを締め上げられているかのような激痛だ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
しがみついているだけで精一杯だというのに、
この状況で高山病か。

ただでさえ最悪な事態がより一層最悪の泥沼と化した。
だが、このまま待っていても状況は何一つ変わりはしない。

「一旦、紐を外すしかないか……」

幸い、近くを見渡すと足を引っ掛けられそうな隙間があり、
そこ(おそらく、眉のあたり)につま先を乗せて登れそうだった。

足場の不安定な高所でよりによって
クリフハンガー(宙ぶらりん)とは…‥おまけに
頭痛で集中力も欠けたこの状況でこんなハードワークとは。

なんとか紐を角から抜き、一息をついた時だった。
さきほどまで紐が絡みついていた折れた角の断面から
白い泡がまるで石鹸のように泡立ち始める。

「な……なnnnなに!?なになになに!!!???」

突然のことで思わず、硬直する。
無数の泡がやがて欠けた角を埋めるかのように
増殖し始めていく。

「え?!ええ?!」

何とも不思議な現象だった。
何らかの衝撃が加わったせいなのかは分からないが、
いきなり自己再生のような現象が起こるなんて。

目の前に起こった現象に内心動物学者として
興味を揺さぶられながらも、彼女はパラシュート紐を背負い始めていた。
足元に違和感を抱いたのは丁度同じタイミングだった。

彼女はハイドロエンドスターの鱗のから生えていた
赤い手のようなものに足首を掴まれ、
今度はそのまま転倒して逆さ吊りになってしまった。

彼女の目の前に真っ白な壁が映し出される。それは
壁というよりも何というか粘液らしきものに覆われた
真っ白な物体だった。おそらく目玉であろう。

だが、次の瞬間その物体は突如として
黒く繁殖し始め、禍々しい光を放ち、彼女を見つめた。
今となってはあれは瞳だったのかもしれない。

ハンドロスターの瞳には逆さ吊りに
なったズゥ・ルマニア自身が写っていた。

だが、その彼女の顔はまるで
ハイドロエンドスターと融合したかのように
変わり果てていた。





「……ようやく起きたか。」

いつの間にか、彼女もといズゥ・ルマニアは目を覚ましていた。
場所もさきほどとは打って変わり、落ち着いた旅館の一室のような場所だった。

「半年も意識を取り戻さぬままじゃったのじゃぞ。」
目の前の女性の竜人は私の頬を軽く撫でた。
彼女は名をヴァルギルアと名乗った。竜人族の族長らしい。

「お主があの龍のけだものの背に乗ったと聞いて
わざわざミシュガルドくんだりまでこうして足を運んでやったのじゃ。
命知らずの愚か者め、お陰で半年もここに缶詰じゃ。」

ため息をつきながら、ヴァルギルアは身支度を整え
帰途につこうとしていた。

「あの……私は一体 何を?」

「知りたいか?」

言葉とは裏腹に遮るかのようにヴァルギルアが答えた。

しばしの沈黙のあと、ヴァルギルアは答えた。

「お主は魅入られたのじゃ、あれに。」

まるで名言するのを避けるかのようにヴァルギルアは続ける。

「あれは人をおびき寄せる、物言わず、ただ彷徨う……
その姿は生きながらにして 黄金に輝き
見るものを引き寄せる。
人は意思の通じぬもの、理の通じぬものへ畏怖し、
時として引き寄せられる……そうして
引き寄せられた者たちの成れの果てが、あの姿じゃ。」

ヴァルギルアは突如、胸の間から
唐辛子状の煙草を取り出し、火をつけた。
むせ返るほどの強烈な辛い煙が周囲に立ち込め、
思わずズゥはむせ返った。

「おぉ、すまぬ。つい癖でな。」

ヴァルギルアは自らの右手をかざす。
右手はやがてひび割れ始め、いつの間にかそれはウロコのように硬質化し始めた。
ウロコのように硬質化した手でヴァルギルアは
タバコの火を握りつぶした。

「……お主も その未知たる存在への
興味に事欠かぬ輩であろうから妾から一つ忠告じゃ。拝聴するが良い。世の中には関わってはいかぬ存在というものがある。
それが未知の本意じゃ。元々は「未だ知って帰る人居らず」の意味だったのが、いつしか「未だ知る者なし」と言った意味へと変化していった。誰が広めたかは分からぬ、妾の一族もその変化を止めようとしたが、封じ込めることは出来なかった。

未知たるものへの探究心を抱いた途端、奴らはあの手この手で
引きずり込もうとしてくる。なんの因果か運命かは知らぬが
いつの間にか、その者は未知たる者に引き寄せられてゆく。
特に龍ともなると厄介なものだ。引き寄せられたら確実にその御前に引きずり出される。そしていざ奴らとあいまみえた時、その鱗を逆撫でしようものなら……次はない。」

ヴァルギルアは立ち上がるとそのまま部屋の入り口の扉を開け、
後ろ姿のまま続けた。


「たまたまお主は運が良かっただけじゃ、
こうして戻って来れたのも 何かの因果か運命。
己の命を大切にせぇ。」

言い終わると同時にヴァルギルアは部屋から
立ち去っていた。

無言のまま、ズゥはヴァルギルアの言葉の
余韻を噛み締めた。

だが、そんなズゥのその心情をよそに
彼女の手の甲はまるで
龍の鱗状に爛れていたのだった。

       

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