Neetel Inside ベータマガジン
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ミシュガルド一枚絵文章化企画
「その後に何が残ったか」作:愛葉(6/29)

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 小型の四輪駆動車はこのアルフヘイム侵攻作戦においてあまり有用ではないだろう、とカールが話していたのをアドルファは唐突に思い出した。
 土壌のやせた荒れ地を走るには最適だ。事実クノッヘン皇帝が即位後に打ち出した「対亜人共同戦線」政策において近隣諸国へ出兵した際には、この車でもって国境を越えたという。他の国々は皇国と共にアルフヘイムへの戦争に参加することを余儀なくされた。
 実効支配から完全な統一へと大陸諸国への扱いが変わるにつれてアルフヘイムとの衝突が激しくなっていったということらしい。数十年の間それは主に海戦という形であった。故に様々な面で海上輸送が困難となり、それに長けた者たちが国家の枠を超えた輸送組合を設立。公国を経て後のスーパーハローワークとなるなど当初皇国民もアルフヘイム民も考えていなかっただろう。
 甲皇国は物資に乏しい。戦争を長く続けられるようにと打ち出した「共同戦線」であったが、やがてそれにも限界が見え始める。皇帝もすでに齢90を超えた。そこに訪れた転機が暴火竜による帝都マンシュタイン強襲である。帝都は燃えたが、それ以上に人々の心に火が付いた。ユリウス殿下の演説も重なり、帝国は最大の物量を持ってアルフヘイムの海上防衛ラインを突破。そのまま海岸線上に駐屯基地まで作ってしまった。
 しかし、そこまでだった。
 トレイシーフォレストと呼ばれる密林地帯でアルフヘイムの兵士たちはゲリラ戦法に打って出たのだ。森では四輪駆動車も無用の長物だ。土地勘のない兵士たちは多くがそこで命を落とした。
 軍が上陸した近くの村をどれだけ占領しても、軍事拠点ではないため物資の補充以上の成果は得られない。結果ホタル谷でも大敗を喫した。

 そして。

 ガタン、と車体がはねた。荒れ地を難なく走ることができるということと、乗り心地が良いということは等式で結ばれない。
 「いやぁ~、一台でも動く車があってよかったでありますな」
 駆動音に負けじと声を張り上げるダスティに隣に座るニーナが身を乗り出して抗議した。
 「だからってもうちょっとマシな運転はできないんすか!?さっきから頭がガンガンするんすけど!」
 「しゃべってると舌を噛みますよ~」
 また車体がはねた。
 今は車が走っているのはアルフヘイムの荒れ地地帯。正確にはそうなってしまった場所。
 生きていたのはただただ運がよかったからだ。車が巻き起こす砂煙には人々の灰も骨も含まれていることだろう。
 見当たす限り黒が広がっている。何の魔法かはわからないが激しい爆発のようだった。きっとアルフヘイム側の被害も甚大だろう。
 助手席でラッカが拳銃を構えているのはそれでも襲撃があるからだ。
 きょろきょろと辺りを見回し、ニーナが誰ともなしに話し出す。
 「1週間前まではここでも戦いがあっただなんて信じられないっすね…」
 「全く、何もなくなってしまいましたからね~」
 大砲の音も、魔法の詠唱も、人間の喊声も、亜人の咆哮もすべては光の中に消えてしまった。
 あの激しい光の爆発が何かは未だに不明だ。ただ、全ては虚無に帰した。
 停戦協定が結ばれた、との噂を兵士たちがしていた。
 事実だ。だからこそ自分が呼ばれた。
 カールが待つアルフヘイム北部へは距離がある。ダスティたちがどこからか調達していたこの車がなければきっと1日かけても辿り着かなかっただろう。
 「車を出してくれて感謝する、です」
 そういえば謝辞を述べていなかったなぁと思いそう口にしてみた。
 ダスティはへらへらと笑ってみせた。
 「問題ないであります~。むしろこのまま私たちもご一緒したいくらいでありますな」
 意図が掴めずアドルファは首を傾げた。
 ダスティはアクセルを踏み込んだ。
 「アルフヘイムから引き上げるんじゃありませんか?」
 「えっ!?何それ!?聞いてないっすよ!?」
 ニーナの反応は気にせず、彼女はにやりと白い歯を見せる。意地の悪い奴だ、と直感的にアドルファは思った。
 「他の兵士が噂しているのを聞いたのか?まだ大本営発表はないはずだが。……です」
 「噂程度では動かないでありますなぁ~。ただ、1週間前の大爆撃は皇国でもニュースになったらしいですし、それに対して援軍がまったくこっちに来ていないのがおかしいと思いまして」
 「まだ1週間しか経っていないだけだ。状況の把握にも時間がかかる」
 ラッカはあくまで否定的だ。
 「そうっすよ!亜人側だってこの1週間全くこちらに攻撃をしてこないじゃないっすか!向こうも弱ってる証拠っすよ!ここから一気に決着をつけるつもりかも!」
 ニーナも興奮気味にまた身を乗り出した。
 何となく、ラッカの口ぶりはニーナと違って戦争が続くことを望むのではなく、「終わってほしくない」という印象を受けた。
 前輪が岩に乗り上げた。ダスティはまだ続ける。
 「丙家の嫡男、メゼツ小隊長の消息が分かっていないらしいでありますな。主戦派の筆頭、ホロヴィズ将軍の落胆はいかなるものやら」
 「…」
 無言をもって返す。
 「2か月前には丙家に迎えられた丁家の子女、リーリア・エルシィ看護部隊長も亡くなられたのであります。丙家からの戦死者はさすがに多いですな」
 ちょうど自分がカールに拾われたころだ。
 「…それだけで降伏や停戦に至ると?」
 「3日前からアルフヘイムの正規兵による攻撃はなくなっているのはなんでなんですかね」
 「…」
 今度の無言は本当に窮してのものだ。
 確かにここのところアルフヘイム兵ではなく私兵集団エルカイダによる自爆テロじみた攻撃ばかりだ。この大爆発で戦死したと思われた私兵団リーダー、ヴァニッシュド・ムゥシカが再び姿を現したとも聞く。
 「すでに停戦条約は締結済みで、我々にだけ情報が下りてきてないってことは本当にないのでありますか?」
 こんな時カールならどう答えるのだろうか。
 何かと抜け目のないあの男のことだ。うまいことごまかすこともできただろう。
 しかし、自分はそのたぐいの所作が不得手だ。無表情で取り繕っているつもりだが、思いのほか眉間にしわが寄っているかもしれない。
 ラッカの瞳の奥が震えていた。審判を待っているかのようだ。
 「車を出してくれた礼はする、です。貴方の言う通り骨統一国家と精霊国家は停戦協定を結んだ」
 駆動音がやけにうるさくなった気がした。
 ニーナの顔がひくつき、ラッカは瞠目の後、ゆっくりとうなだれた。
 「そ、それマジで言ってんすか!?私まだ前線に出たこと一度もないんすよ!?なんの戦果も上げられないままパン屋に出戻りっすか!?」
 ぐい、とニーナはアドルファに近づいた。もともと窮屈な座席だったが、鼻息が荒いのもよくわかるほどに近い。
 「本当に…終わったんすか…?こんなにあっけなく…しかも…なんの結果も無しに……」
 「確かに戦争が終わったなんて変な感じでありますな~。そんな日が来るとは思ってなかったのであります」
 はははと笑うニーナはあまりにも能天気だ。
 生まれた時からアルフヘイムとの戦争が身に沁みついてきたならばある程度の衝撃はあるはずだ。
 そう問うと彼女は小悪党じみてまた笑った。
 「一兵卒の自分には国家の勝ち負けよりも明日のおまんまの方が大事であります~。動けるうちに動いておかないと生き残れない世の中になるとおもいますよ。こんな形で戦争が終わったんですから」
 「ふざけるな!」
 叫んだのはラッカだ。ダスティはびくりと肩を振るわせた。車体が横に揺れる。この反応がまた小悪党じみている。
 「戦争が終わることなど許されない!私は散っていった仲間たちになんと詫びればいい!?生き残ったからには勝たなければならなかったのに!なにが停戦だ!」
 「お、落ち着いてくださいであります~」
 「護衛と思って乗り合わせたが、このままおめおめと国に戻るのであれば私は降ろさせてもらうぞ!」
 「こんなところで車を降りてどうするんすか!エルカイダのいい的っすよ!」
 「かまわん!おろせ!」
 随分と車は進んでいたらしい。
 気づくと遠くに緑が見える。もうすぐ焦土から抜けるのだ。ダスティはラッカの言葉に従わず、速度を上げた。
 「侵攻に信仰を重ねるのは自由でありますが、こんなところで戦闘おっぱじめられたら自分たちまで巻添えであります!それは嫌でありますな!」
 「非国民め!お前はどうなんだ!?」
 唐突に話を振られたニーナはひぇっと盾にするようにアドルファの背中に隠れた。
 「そ、そりゃあ私は何もできていないですけど、でも終わったんじゃ何もできないじゃないっすかぁ」
 唇を震わせるラッカと対面する形になったアドルファは、本当に終わってほしくなかったのだとぼんやり思った。
 この気持ちは生き残った者にしかわからない。深い後悔と罪悪感はいつまでもその身を蝕み続ける。
 戦闘に参加していないニーナにも、他者に無頓着なダスティにもその気持ちはわからない。
 もちろん自分にも。
 アドルファの目がラッカの燃える瞳を捕らえた。
「死に意味などない。原因があるだけだ」
 そういえば、隠れ里が襲撃された時にも何人か死んでいた。
 「生き残ったことにも理由はない。死ななかっただけだ」
 生きているのだからそれだけでいいではないか。
 こうして口に出してみると結局ダスティと今回は同じように思えて、自分も今小悪党めいて笑っているのかと気になってしまう。
 「別段貴方を説得する気はない。貴方の苦しみを理解しない上で前を向いて生きろと説くわけでもない」
 ただただ、価値観の違い。
 「私はカール殿下のもとに生きて戻る必要がある。国に残るかどうかはそこで決めればいい。まずはそこまで護衛を続けてもらいたい」
 「……」
 「…です」
 ラッカが握りしめた拳からは血が流れそうだった。
 無事アルフヘイム北部にたどり着いても意味はない。停戦という言葉を聞いた瞬間ずしりと胸に降りてきた重たいものの感覚はいつの間にか消えていた。
 空虚になってしまったようだった。
 風船が内に何もないようでその実空気で満たされているかのように、自分というこの体の内が空っぽになってしまったかのようにふわふわとしているのだが、それでも叫びだせば感情がいつまでもあふれ出そうだ。
 ラッカが黙り、再び車の駆動音が大きくなったようだ。
 がたんと車がはねる。もうニーナも文句は言わない。
 視界が鮮やかになった。
 爆発の範囲を抜けたのだ。
 意識していなかったが、今日は晴天だった。緑と青が黒ばかり見ていた目に彩りを思い出させてくれる。
 「ニーナは故郷でパン屋に戻るのでありますか?」
 何の気なしにダスティが尋ねる。
 「え、あ、うん…そうっすね。これ以上その…」
 ラッカに目をやり声が小さくなる。
 「……軍隊にいる必要もないし…」
 「自分はしばらく軍に残りますよ~」
 「えっ!?そうなんすか?」
 「今国に戻っても新しい仕事は見つからないですよ~。それなら軍隊にいたほうがまだマシでありますな。少し経ったら別のことも考えてもいいかもしれませんが」
 ラッカは黙ったままだ。このままダスティにしゃべらせておくと彼女の神経を逆なでするだけだとニーナは隣に話しかける。
 「アドルファさんはどうするんすか?……ってカール殿下についてるんでしたっけ」
 「そうですが、こうして戦争が終わった以上それもどうなるのか…」
 実はアルフヘイムによる大爆撃が起きる前から密書がアドルファのもとには届いていた。
 丙家と甲家の少数派による反戦活動。爆発がなくとも甲皇国が有利な形での停戦条約締結が画策されていたのだ。
 しかし、停戦後のことをカールに問うことはできなかった。
 戦時中に偶然拾われた身だ。相手は皇国の皇子、こちらはアルフヘイムの人狼。こちらから何かを頼むのは気が引ける。というよりも頼むことがは苦手だ。元々。
 「ま、なんとかなりますよ~。しばらくは混乱が続くでしょうけど、きっと新しい時代には新しい生き方があるはずですから~」
 砂埃はもうたたない。草のにおいがうれしい。
 そんなものかもしれないな、とアドルファは一息ついて空をみあげた。ラッカもそれにつられた。
 爆撃機も騎竜兵も見当たらない。だけど空虚なわけではない。どこまでも空は広がっていた。

       

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