「同化、或いは初めから単なる葛藤」(6/12 21:11)


晴れた日の午後。

ゆらぐ視界、二人の男。

奴等はどうやら己自身であるらしい。

武器まで持ち出し、ひどく喧嘩をしているようだ。

赤毛の方は白髪の方へ笑いながら告げる。

お前は生まれたからの記憶もなく、終戦からずっと争いを避けていた、俺に勝てるはずがないと。

この世で勝つのは力なのだ、名のある血筋に生まれた以上、戦いに生き、戦いに死なねばならぬと。

片膝をついた白髪の方は、それでも立ち上がり赤毛の方へと向き直る。

君は確かに、僕自身の記憶、生まれてから今までの決して覆らぬ人格そのものだ。

勝てる算段など最初からない、それでも僕は君に、僕自身に伝えなければならぬ事があるのだと。


「くだらねぇ、さっさと消えろ」
赤毛は吐き捨てるように僕にいった。
あの大きな剣を躱せるほどの体力はもう残っていない。だからこそ真っ直ぐに彼を見据えた。
「君を、思い出せてよかった」
彼の笑い顔が曇る。訝し気に、僕に対して距離をとる。
「君だってわかっているんだろう、君は僕なのだから。あのあと、何が起こったのか、そして、僕がどう生きてきたか。」
これは命乞いではない。あの時までの過酷な日々を生きてきた彼に対し僕が敬意を表するように、彼にもどうか、僕と同じ思いを持っていてほしかった。
「メゼツ。人は思い悩み、葛藤するよ。」
「俺は戦士だ、祖国の剣、何を迷うことがある。」
「いいや、新しい価値観を、君は決して捨てたりはしない。忘れる事もきっとできない。」
「抜け殻が何を知ってるってんだ」
「知っているさ、君自身が切り捨てた悩み、苦しみ、痛み、嘆きを全部思い出した。」
「そんな事はありえない、今まで何も、思い出さなかったくせに。」
「僕は僕自身に嘘をついたりはしない。君のように、自分の思いを偽った事はない。…今後どうなっていくかは、わからないけれど」
実母に望まれなかった寂しさ、愛する継母の死。愛情を感じられぬ父親、他貴族らの恐れの目。
必要としてくれる異母妹への妄信、己の使命であり、重圧から解放されるための唯一の手段、戦いへの…「名誉ある『死』」への渇望。
抜け殻だった僕は、彼の苦悩を忘れてしまえていた。僕は脆くて、自由だった。

全てを見透かしたような顔で、奴は俺に歩み寄ってきた。
いや、本当に見透かしているんだろう、悔しさと同時に安堵がこみあげてくる理由を、探す間はなかった。
「僕は君だ、……お前は…俺だ。」
「…俺は…」
弱さを決して誰にも見せる訳にはいかなかった。丙家の子息、武闘の象徴。戦の終焉を呼ぶ黄昏。
そんな立場をひと時でも忘れていられた。苦手な事も不出来なところも、笑って許してくれる存在がいることを知った。
考え方や種族、価値観が違っても、手をつなぐことができる。まっさらな子供のころから、そうであったかのように。
己の正体のなさに対する恐怖、孤独を恐れるが故の他人への迎合。頬をはたかれて、己の意思とは何かを考えたとき。

今にも泣き出しそうな顔になっていたんだろう、奴は困った顔で笑った。
「いいんだ、けれど忘れないでくれ。自分に…俺に、嘘をつくな。」
奴の体が透けていくのがわかる。どうやらようやく消えてくれるらしい。
「消えたりしない、俺はお前だ、ずっとそばに居る」
「お前みたいな甘ちゃん、今までの所業を思い出してビビッて引っ込んじまうさ」
「過ちを繰り返さなければいい、同じ思いの筈だ」
「…そうか」


そうかも、しれないな。



黄昏は沈み、深い夜に震えた。
目覚めの光は黎明か、或いは…

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「挑戦者、ダウンかーっ!?」
大男に頭を鷲掴みにされた白髪の青年の目が、再び開かれる。
頭がひどく痛む、そうだ、この男にこっぴどくやられた。
闘技場見学に来たはいいものの、挑戦者と間違えられて、自分の倍ほども体格のある男と戦わせられる羽目になった。
俺には戦う力はなかった。力そのものを拒んでいたから。
けれど俺は戦わねばならぬ、家のため、血筋の為ではない。
視界の端に、不安げに戦況を見守るあの子の姿が映る。なるほど、あんな顔もするらしい。
服は激しい攻防でぼろきれのようになっており、隠すために巻いていた包帯すら、ほどけてしまっている。
その包帯の下の魔紋、大戦から眠り続け、己を守り続けていた力。再び目覚めさせなくては。
「起きろ、我が紋『弑神』…俺はここに居る」
魔紋に光が宿り、ほとばしる力が、燃え尽きた灰の様な髪を再び燃える赤へと変える。
痛みは嘘のように消え、鉛の体からまるで羽が生えたような軽さを得た。
周囲がどよめき、大男がたじろいでいるのがわかる。気が付けば笑みがこぼれていた。

「どうした?勝負はまだ、終わってねぇぜ!!」
sage