賭けの悪魔

 ゴールド探偵社と書かれた看板の建物から男が蹴り出された。
腹がでっぷりと出た男は、額に浮き出た脂汗を拭いながら悲壮な顔で後ずさる。

「アタシは情報の為に金を払ったんだ。
 初めに言ったよな?大金を払ってやるが、何も得られないなら弾をブチ込んでやると」

 そう言って建物から出てきたのは目を奪われるほどの美女。
女神のように整った顔つき。髪は長く美しい金色の巻き毛。
すらりとした長身に細くしまった腰、大きく開いた胸元には深い谷間。
豪華な赤いドレスのように見える衣装は、銃使い用にアレンジされた特注品。
だが帽子だけは使い古されてくたびれたカウボーイハットだった。

「ま、まってくださいミス《魔女》!もうすこし時間を頂ければかならず!
 かならず有用な情報をお持ちしますので!!」

 男は手を組んで祈りを捧げるように《魔女》という通り名を持つ女に懇願する。
それを見た魔女は目にも留まらぬ速さで拳銃を抜いた。
きらびやかな銀色の銃身が男に向けられ、冷ややかに日の光を反射している。

「前に雇った情報屋はアタシから金を取って、最後に持って来たのが何だったと思う?
 そこいらの雑貨屋で売ってる胡散臭い化粧品だったのさ。
 アタシはそいつのタマを撃ち抜いた後に、頭にもブチ込んでやったよ」

 そう言って拳銃を男の股座に向ける。
男は両手で股を押さえて青い顔で必死に弁明した。

「今!耳寄りな情報を追っているのです!本当です!
 これはミス・魔女のお気に召す情報に違いありません!信じてください!」

 男の懸命な訴えに、魔女は銃を収めた。

「あと3日以内だ。それ以上経ったら前の奴と同じ目に合わせてやる」

 そう言ってホテルの方へ去って行った魔女。
男は安堵の溜息を吐き出すと、こうしてはいられないといった風に、
急いで馬に乗ってどこかへと走っていった―――。



 ――この開拓地では、銃使いと呼ばれる荒くれ者が多くいた。
彼らは銃使いになったその日から、名を捨てて通り名で呼ばれるのが掟になっていた。
初仕事をしたその時に、酒場の主人や仲間に言われた言葉がそのまま通り名になる。
その中でも《魔女》は特別な存在だった。

 彼女が初仕事をしたのは、まだ16ほどの小娘だった頃。
町の銀行を襲った6人の強盗団。それが銀行から出てきた所に、
どこからともなくふらりと現れて、立ちはだかったのが彼女だった。

 強盗の一人が銃を向けた瞬間、彼女の拳銃が先に火を噴いた。
その一瞬で強盗6人は頭を撃ち抜かれて死んでいたのだ。
6発装填式のリボルバー拳銃で、一瞬のうちに6人を殺す。
一発も外さない正確無比な腕前と、目にも留まらぬ早業。
その二つを持ち合わせていなければ出来ない芸当である。

 現場を見ていた観衆は「まるで魔術だ」と驚き、
そこから付いた通り名が《魔女》というわけだった。

 それから彼女は破竹の勢いで仕事をこなし、
《魔女》の通り名を知らない者がいない程に、銃使いとして不動の名声を得たのだ。




「荒れてますね?ミス・魔女」

 ホテルのバーで主人が言った。
魔女は酒の入ったグラスを傾けながら、ジロリと主人を睨みつける。

「……まったく使えない奴ばかりだ、腹がたつよ」

 そう言うと酒を一気に飲み干した。

「そんなに怒っていますと美しい顔が台無しですよ――」

「うるさい」

 刃物のような鋭い目つきでぴしゃりと黙らせる。
主人は触らぬ神に祟り無しと言わんばかりにカウンターの奥に引っ込んだ。

 魔女は金も名声も美しさも、全てを持っていた。
だが、一つだけ懸命に追い求めているものがある。


――それは『永遠の若さ』。

 魔女が愛するものは自分自身。
美しく、強く、完璧な存在である自分が好きだった。
だからこそ身体も、頭脳も、銃の腕前も、磨きに磨き抜いたのだ。
全ては愛する自分自身の為にやってきた事――

 しかし魔女もすでに30を越える年齢。
10代、20代の若さから陰りが見え始めていた。

(このまま歳をとって婆さんになるってのかい……?
 そんなの嫌だ!アタシは美しいままでいたい!
 絶対にあるはずなんだ、若さを保つ方法が……!)

 魔女は貯め込んでいた金を湯水のようにばらまき、
探偵や錬金術師から、ありとあらゆる情報を掻き集めた。
だが出てくるものといえば若作りの化粧品や、偽者の秘薬だけ。
彼女の求めるものは何処にもなかった。




 ――三日後。
ゴールド探偵社の男が、魔女へ報告に来た。

「ミス・魔女!やりましたよ!これは我が探偵社の調査能力の賜物でしょう!
 きっと満足いただけますとも!いやはやこの情報を掴むのはいささか骨が――」

「さっさと言え」

 魔女の言葉に男は額の脂汗を拭いながら、
太った身体をのけぞらせて、上着の内ポケットから封筒を取り出した。
それを引ったくるように受け取り、中身を読む魔女。
するとその美しい顔が驚きの表情に変わっていった。

「――賭けの悪魔、だと?」

「ええ、ええ、そうです。冗談ではありませんよ?本当にいるのです!
 原住民の伝承にも記されてありますし、実際に遭遇した者もいるんです!」

 魔女は「ばかばかしい」とは言わなかった。
なぜなら実際にこの開拓地では『悪魔』の存在がまことしやかに噂されていたのだ。
人知を越えた絶対的な存在。その力はあらゆる事を可能にすると。

「……だめだ。悪魔なんだろう?何を代償に要求されるかわかったもんじゃない。
 魂なんて要求されたら死んじまうって事だ、意味がないじゃないか」

「そう!そうなんです!普通ならば、普通の悪魔ならばそうくるでしょう!
 でも違うんです!この『賭けの悪魔』はちょいと変わっているのですよ!」

 男は大げさに身振り手振りを交えながら、意気揚々と語りはじめた。

「賭けの悪魔はその名のとおり、賭け事に心酔しているのです。
 他の悪魔は願いと引き換えに魂なんかを奪っていくものですが、
 賭けの悪魔はまず『賭け』での勝負を要求するらしいのです!」

「……賭けで勝負?つまり、勝てば無償で願いを叶えてくれるって事かい。
 じゃあ…負けたらどうなるんだ?」

「それは……もちろん魂を持っていかれるのではないでしょうか?」

「おい!!」

 魔女が怒気を放ちながら立ち上がると、男は慌てて言った。

「し、しかしですね!不老不死なんて奇跡は、悪魔ぐらいしか叶えられません!
 それに勝てばいいのです!勝てばなんの代償もなく願いが実現するのですよ!」

 魔女は険しい表情のまま座りなおした。
確かに男の言うとおり、奇跡を叶えられるのは悪魔の力ぐらいだろう。
そして、代償無しに叶えられる可能性などその『賭けの悪魔』以外には無い。
若さを得るためには覚悟をしなければならない――そう思った。



 決心した魔女の行動は速かった。
男からそれまでの目撃談や原住民の情報から割り出した、
次に現れそうな場所を聞くとすぐに馬で向かった。

 そこは開拓地の中でもかなり東にある土地で、
都市部に比べると相当に『野生的』な場所であった。
サンダウンと呼ばれる町を通り越して、寂れた荒野を進み、
やがて何も無いだだっ広い十字路に出た。

「この辺りで大きな十字路といえばここだけだな」

 魔女は地図をしまいながら呟いた。
悪魔は十字路にしか現れない。
どんな理由があるのか誰も知らないが、大昔からそうなのだ。
そんな事などどうでもいい、重要なのは悪魔が現れるかどうか――



「くそぅ」

 魔女は数時間そこで待っていたが一向に何も起きなかった。
辺りはもう真っ暗で、月が真上に昇っている。
夜雲が伸びるように流れてきて雨が降りそうな気配がした。

「ちくしょう、明日出直すか……」

 魔女は諦めて、カンテラを取り出して火付け口を開けた。
マッチを取り出そうとしたが、ポケットに無い。
ベルトに挟んであるかと探っていたその時―――



「火を、貸しましょうか?」


 思わずカンテラを地面に落とす。
墓の底から響いてきたような冷たい声。
ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには『それ』がいた。

 真夜中の十字路の真ん中に、安い酒場にあるような丸テーブルと2脚の椅子があった。
テーブルの上には飲みかけのワイン、灰皿、そしてサイコロやカードが置いてある。
そして椅子に腰掛けている男――上等な背広を着た細身の男。

「で……出た」

 魔女はそれが『賭けの悪魔』だとすぐに分った。
なぜなら男の両目には眼球が無く、ぽっかりと穴が空いていたからだ。
その穴の奥では、赤黒い炎がどろどろと燃え盛っている。

「お嬢さん、渇望しているものがありますね?
 私ならそれを叶えてあげられるかもしれない……どうでしょう?私と一勝負など」

 そう言って悪魔は椅子を引くと、まるでお姫様を招くように恭しく魔女を誘う。


 魔女は一瞬、身を引いた。
正直に言えば悪魔というモノを舐めていた。
目の前に居るそれは、人間如きが何をしても到底敵わない――いや、
それどころか対峙しているだけで命が磨り減るような圧倒的な存在だった。

「そんなに恐れなくともよいでしょう?
 私は他者に危害を加えるような事はしませんよ。ある程度はね」

 そう言ってにやりと笑みを浮かべる悪魔。
目と口元から火の粉がぱらぱらと舞い散る。

 魔女は腹にぐっと力を込め、ゆっくりと深呼吸をした。
そして慎重に、だが力強くテーブルへと踏み出す。

「余計な事はナシだ。アタシの望むのは若さ。
 いつまでも歳をとらない永遠の若さが欲しい」

 ぴしゃりと言い放ち、魔女は椅子に座る。
それを見た悪魔は心底嬉しそうに手を叩いて微笑んだ。

「なんとまぁ、素晴らしい。こんなに豪胆な方は初めてです。
 では貴女が勝ったら『永遠の若さ』を、私が勝ったら……そうですね、
 貴女から今の若さを奪い、老婆にしましょう。ええ、よぼよぼの醜い老婆にね」

 魔女は青ざめた。
負ければ一気に婆さんになる―――
彼女が一番恐れている事を、悪魔は代償にすると言ったのだ。
だが、ここで怖気づいてしまっては願いに届かない。
魔女は意を決してそれを承諾した。

「よろしい!それではさっそく賭けを始めましょう!
 なにがいいですか?ダイスですか?カードですか?それとも――」

「その前に一つ確かめたい事がある」

 魔女は語気を強めて言った。

「あんたは悪魔だ。その気になれば相手の心を読んだり、
 手の内を探る事だって出来るはずだ。だから、そういった事はしないと――」

 悪魔はスッと長い指を立てて左右に振りながら、にこりと微笑む。

「いいですかお嬢さん?私は『賭けの悪魔』と呼ばれています。
 賭けが大好きなんです、愛してるといってもいい。
 先の分らぬ結末と、自分の手の内を信じて全てを賭ける――なんと刺激的なことか!
 どんな体格差も、権力も、銃の腕前も関係ない。運と流れを掴んだものが勝つ。
 屈強な男と、鼻をたらしてる小さな子供が対等に戦える、これ以上無い公平な競技。
 賭けは崇高なものです。この私が『ズル』をして賭けを汚す事などありえない!」

 悪魔は熱の篭った演説を終えると満足そうに微笑む。
魔女は「悪魔は賭けに心酔している」という言葉を思い出して納得した。
確かにこの悪魔は賭け事に並ならぬ情熱を持っているようだ。
まるで偶像崇拝者が木彫りのシンボルに祈り続けるように。

「わかった、わかったよ。あんたを信じよう。
 だが念のため、使うカードはアタシが持ってきたのを使わせてもらうよ」

「ええ、構いません。それでは勝負を始めましょう」




 真夜中を過ぎた十字路の真ん中で、月明かりに照らされた二人。
テーブルの脇に置かれたオイルランプがちらちらと両者の顔を赤く染めている。

「……勝負だ」

 魔女がそう言って手札をテーブルに置く。

「おや、残念。私の方が少しばかり強いですね」

 悪魔の置いた手札は、魔女よりも一段上の強い役に揃っていた。

「くそっ!」

「ふふ、いやあぶないあぶない。
 しかしお強いですね、こんなに接戦しているのは久方振りですよ」

 そう言って悪魔は嬉しそうに、くっくっと笑った。
それは賭けが長丁場になって心底楽しんでいるといった顔だった。
逆に魔女は疲れ切った顔で憔悴していた。
勝って安堵し、負けて落胆する。この繰り返しを延々とやっているのだ。
どこかで一気にカタをつけなければならない―――

「おや、これは……いいですね。ふ、ふ、いい役が揃いましたよ。
 楽しい勝負ですがいつまでも長引かせるのは蛇足というものです。
 私はこれに全て賭けましょう」

 そう言って悪魔は「受けますか?」と魔女に聞いた。
魔女の背筋がぞわりと震えた。
全てを賭けるという事は次で勝負が決まる。
つまり相当に自信がある役が揃っているのだ。

「アタシは―――」

 頭の中に醜く老婆になった自分の姿がよぎる。
緊張で手が震えるのを必死に抑えて、大きく息を吐き出す。

(今、降りて勝負を止めれば若さを失う事は無い……だが、望みは叶わない。
 悪魔の手札はなんなんだ?そんなに自信があるならそれなりに強い役のはずだ)

 魔女は自分の手札を見る。
王様のカードが3枚。かなり強い役だ。
しかし全てを賭けるには頼りない。

(怖い……だが、若さが欲しい。アタシは自分が一番好きなんだ。
 この身体を男に抱かせた事は無い程、自分自身を愛してる。
 アタシがアタシで在る為には、若く美しくなくっちゃあいけないんだ!)

 魔女は覚悟を決めた。
ピタリと震えが止まり、鋭い目で悪魔を睨みつけた。

「二枚チェンジだ」

 魔女は手札を二枚捨てて、山札から二枚取る。
そしてそれを丁寧に手札に加えて並べなおす。

「……いいぞ、アタシも全部賭ける。勝負だ」

 悪魔は口が裂けるほどの笑みを浮かべて喜んだ。

「すばらしい!すばらしい覚悟だ!これだから賭けは最高なんです!
 貴女と勝負出来たことは私にとって素晴らしい名誉ですとも!」

 興奮する悪魔は立ち上がった。
それに釣られる様に魔女も立ち上がっていた。

 お互いが少しばかり見詰め合い、やがて同時に手札をテーブルの上に開いた。




 雲が引き、まばゆい程の月明かりがテーブルを照らす。
悪魔の手札は女王のカードが4枚。
そして魔女の手札は、王様のカードが4枚。



「……はっ、か、勝った……?」

 魔女は誰に聞くでもなく言葉が漏れ出た。
悪魔は、ふぅっと溜息をつくと、ストンと椅子に座りこんだ。
そしてゆるやかに手を叩き始めた。

「……いやはや素晴らしい勝負でした。
 貴女の勇気、強運、そして逃げない心。最高でした。ええ、最高の勝負です。
 ここまで充実した賭けは初めてですよ。私の負けです。おめでとうございます」

 その言葉を聞いた途端、魔女は安堵した。
それと同時に足元から突き抜けるような喜びが湧きあがり、
思わず両手をあげて「やったぁ!」と叫んでいた―――



「待て」

 突然、悪魔が言った。
恐ろしく、冷酷な響きの声だった。
先ほどの穏和な声とはまったく違う声に魔女はびくりと身を凍らせた。

「……それは、なんだ」

 目元からじりじりと炎をこぼれさせながら悪魔が魔女の手を指差した。

「……あっ!?」

 魔女の袖口から、ほんの少し、カードの端が見えていた。
勝負の時に魔女が決めた覚悟は、イカサマでカードを摩り替える覚悟だった。
どうしても勝ちたい、そして絶対に負けられない。ならばイカサマするしか無い。
バレなければイカサマじゃあ無いのだ。バレなければ―――

「貴様、不正を、したというのか?この私に?」

 魔女の細い腕をがっしりと掴み、悪魔は怒りに震える。
その身体が盛り上がり、頭には捩れ角が伸びて、口は裂けていく。
眼孔から獄炎が噴き出し、へたれ込む魔女に火の粉が降りかかる。

「この正統な戦いを!名誉ある勝負を!汚したというのかっ!!」

 鋭い爪の生えた手に握られた腕が、みしみしと軋む。
魔女は恐ろしさに痛みも感じなかったが、とにかく不味い状況だという事は分っていた。

「お!お前は見抜けなかった!バレなきゃあイカサマじゃないんだ!
 アタシの勝ちだ!騙される方が悪いんだよ!
 お前はさっき、負けを認めたんだぞ!勝負はお前の負けなんだっ!!」

 魔女が必死にそう叫ぶと悪魔はピタリと止まり、するすると元の姿に戻っていった。
そして魔女の腕を放し、椅子に座りなおした。

「……たしかにそうだな。私は負けを認めた。
 あの時点で私は負けたのだ。貴様の薄汚さを見抜けなかったからな」

 口調は冷静さを取り戻していたが、
眼孔から時折噴き出す炎が内に抑え込んだ憤怒を物語っている。

「いいだろう、約束だ。願いを叶えよう。永遠の若さを」

 そう言って悪魔は指をぱちりと鳴らす。
すると魔女の身体がうっすらと光に包まれた。

「これは……肌が、若返ってる!」

 魔女の肌は出始めていた染みが消え、どんどん張りと艶を取り戻していく。
胸は垂れ始めていたのがつんと上を向き、尻も引き締まっていくのが分った。

「やった!すごいすごい!もう20代のアタシだ!一番美しいアタシの身体だ!」

 そう言って狂喜してくるくると回りながら若返っていく自分の身体を見つめる魔女。
肌はどんどんきめ細かくなっていき、腰は細くしまり―――胸がしぼんだ。

「え?」

 魔女は思わず胸を押さえた。
自身の手の中で休息に縮んでいく胸。
それどころか、手も足も身長も縮んでいく。

「お、おい!なんだこれは!やめろ!」

「永遠の若さといっただろう?貴様は『若さ』と言ったんだ。
 年齢は指定していない。若かがえらせてやるとも、充分にな」

 背が縮み視点が低くなっていく。
服がずり落ちて足に引っかかり、思わず四つん這いになる。

 ぱちりと悪魔が指を鳴らした。
すると魔女の若返りはそこで止まり、そこにいたのは―――

10歳前後の幼女だった。


「あ、あ、あ、こんな……ばかな……」

 幼女は自分のちっちゃな手を見つめ、顔面蒼白で震えている。
顔を触るとぷにぷにの柔らかい頬にちんまりした鼻。
胸はぺったんこで寸胴。細く短い手足。

「約束通り、若くしてやったぞ。永遠の若さだ。
 貴様はそれ以上歳をとる事は無い。永遠にそのままだ」

 それを聞いた幼女は顔を真っ赤にして怒り狂う。
服の中に落ちていた拳銃を掴み、悪魔に向ける。

「ふざけるな!このクソ悪魔が!!」

 感情的に引き金を引き、鉛玉を悪魔にブチ込む。
しかし悪魔はそれを素手で掴むと握り潰してしまった。

「この恥知らずが。賭けを汚すだけでなく私に銃を向けるとは……
 そうだな、一つ私から貴様に贈り物をやろう。恥知らずな貴様に似合いの品を」

 そう言うと悪魔は自分の小指の爪を剥がし、ふっと息を吹きかけた。
すると爪は真っ赤な宝石に変わり、そこから黒い金属が伸びて首飾りへと変化した。
悪魔がそれを幼女に投げると、まるで蛇のように首飾りがうごめき、
幼女の細い首にするりと巻きついた。

「なんだこれ!?くそ!はずれない!」

 幼女が首飾りを掴んで引っぱったが、
首飾りの繋ぎ目はまるで溶かしたようにくっつき外れない。
そして次の瞬間、幼女の身体に絡み付いていた服が弾けとんだ。

「は!?なんだ!?」

 驚いた顔の幼女に、悪魔がにやりと笑みを浮かべる。

「私の贈り物の呪いだよ。それをつけている限り、貴様は服を着れない。
 それは絶対に外れないぞ?どうしても取りたいなら首を切断するのだな」

「な……なんだと?!」

「貴様はこれから殺されるか、自ら命を絶つかする以外に死ぬ事は無い。
 永遠にそのみすぼらしい身体で恥辱にまみれて生きていくがいい。
 それが嫌なら野の獣のように山奥で暮らすのだな。
 恥知らずな貴様にはお似合いだろう?」

 そう言うと悪魔は立ち上がった。
テーブルが消え、椅子が消える。

「まて!これを外せ!年齢を戻せ!」

 慌てて掴みかかろうとした幼女だが、次の瞬簡にはもう悪魔は消えていた。
誰も居なくなった十字路で、風に乗って声が届く。

<もし貴様が再度私と出会い、正々堂々と賭けに勝てたなら今の願いを叶えてやろう>

 その声を最後に、辺りからはなんの気配もしなくなった。
残されたのは全裸の幼女と、乗ってきた馬だけだった――――




「すごい雨だ。土砂降りだな…」

 サンダウンの町にある仕立て屋は窓を打つ雨音を聞きながら呟いた。
そろそろ寝るかと痛む腰をあげてベッドに向かおうとした時だった。
ドンドンとドアを叩く音が鳴り、「開けろ!」と子供の声がする。

 何事かとドアを開けて仕立て屋は驚いた。
そこにいたのはカウボーイハットをかぶり、全裸にガンベルトを肩からかけた幼女。
ずぶ濡れになりながら鬼のような形相で、肩を震わせながら息をしていた。

「どうしたんだいお譲ちゃん?!いったい何が――」

「服をだせ!アタシが着られる服を!」

 そう言って銀色に光る拳銃を突きつける。

「ちょ!ちょっと待ってくれ!いったい何がなんだか……」

「いいから着れる服を持ってこい!」

 幼女の剣幕に押されて、仕立て屋は急いで子供服を見繕い持ってきた。
ところが幼女がそれに袖を通しただけで、すぽんと服が飛んでいく。
無理矢理押さえつけて着ろうとすれば、縫い目からビリビリと裂けてしまう。
結局、幼女は持ってきた服を着ることは出来なかった。

「ちくしょう!ちくしょうめ!」

 幼女は怒りに我を忘れて飛び散った服を踏みつけた。
仕立て屋は分けも分らずおろおろとするばかり。
その時、幼女は肩に何か付いているのに気が付いた。
それは裂け飛んだ服の切れ端で、ハンカチ程の布が張り付いている。

 幼女はそれを取ると、一回り大きい切れ端を肩に巻いて見た。
するとそれはふわりと弾かれて飛んでしまう。
それを見て幼女は、握り締めていたハンカチ程の切れ端を仕立て屋に突き出す。

「これで服をつくれ」

「はぁ?!なに言ってるんだ……そんな切れ端で服なんて…」

「いいからつくれってんだ!」

 そう言って再度、銃を突きつける幼女。
仕立て屋はうろたえながら仕方なく布を受け取りミシンの前に座った―――



 日が登り、まばゆい太陽の光が窓から差し込む。
店の中で裸のまま眠ってしまった幼女を、仕立て屋が揺さぶる。

「ちょっと…起きてくれよ、お譲ちゃん」

「ん……できたか?」

 隈のできた仕立て屋は、何ともいえない表情で『服』を差し出した。
一見何がどうなっているのか分らず、幼女は仕立て屋の説明を受けながらそれを着た。

 それは股間と尻をギリギリ隠す程度の布を紐で結び合わせて留め、
胸も極小の布を紐で繋いでかろうじて覆っている程度の物だった。

「……ふざけてんのか」

 幼女は殺気の篭った目で睨みつけたが、仕立て屋は精根尽き果てた様子で言った。

「あのハンカチ程の布でどうやって服を作れってんだい?!
 それ以外に出来る物はないよ!どうやったって無理だ……」

 一晩中、試行錯誤した結果がこの非常識すぎる服。
悪魔の呪いは『服を着れない』というものだ。
たしかにこれは服とはいえない、別の何かだった。
だからもう、それを受け入れるしか道は無い。全裸よりはマシなのだ。

「ぐぐぐ……ちくしょう」

 幼女は覚悟を決めた。
仕立て屋から合わせて子供用ブーツを買い、着替える。
持っていた有り金、数枚の金貨を渡すとドアを開けて通りに出た。

 道行く人々の視線が、一気に幼女に突き刺さる。
なんだあれは、あたまがおかしいのか、そんな声が連なり聞こえてくる。
幼女は恥辱を怒りで抑え込み、開き直るように大股で通りを進んで行った。

(くそ!くそ!くそ!なんでこうなった!あのクソ悪魔め!
 かならず探し出して元に戻させてやる!そして次こそ鉛玉をぶち込んでやる!)

 その為には調査費や何やらで金がいる。
まずは金を稼いで仕切りなおしといかなければならない。
幼女は怒りと恥辱に震えながら、酒場を目指して歩いていった―――。