Neetel Inside ニートノベル
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玉匣の姫 (イチロさんは…)

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天気がいい。
暖かくなって庭の緑の勢いがいい。
生命の素直さ。清々しさがいい。
その清々しさに長く浸っているのもいい。
そう思い縁側に寝そべって本を読む。
古い木の香と庭の土の匂いと
ゆるい日の光と…
蔵の白い壁を、いつの間にか、ぼーっと見ていた。少し眠っていたようだ。

蔵のトビラが開き、奥からあおいが出て来るのが見えた。
木でできた細長い箱を抱えている。
ホコリまみれだがうれしそうに笑っている。

蔵には古物が眠っている。うちは古物商だからだ。
蔵が建ってるくらいだからもとはいい家柄だったのかもしれない。
切り売りでしのいでたところ、商売がうまくなったのかもしれない。
長く続けていると「曰く付き」の品物に出会うことがある。
その中には稀に、本物が見つかる。
掛け軸の人物が喋ったり、人形がひとりでに動いたり、異世界へ繫がる屏風だったり。
あおいの玉匣なんかも、そんな一品だろう。

「曰く付き」が本物かどうかすぐにはわから無い。現象を知覚して初めて本物だとわかる。

あおいはそれが見えてしまうのだ。
いや。実際に見えるかどうかは分からないが
「見える」とか「聞こえる」といった感覚器から受け取ることのようだ。

物を目にするとなんとなく使い方も分かってしまうという。
これは彼女の持つ膨大な記憶が自然とそうさせているのだと思う。


蓋を開けると、綺麗な木の筒が出て来た。
黒く漆を施したシンプルなシルエット、所々に孔が空いている。

「これは。笛か。ああ。いい音が出そうだな。吹いてみようか。」
箱から取り出していろいろな方向に傾けて見ていたが、縦に構えて息を吹き入れた。

「ぽー」という温かい丸みのある音が出た。

「ほーお。これはいいねえ。いい音だ。」

ニヤリ。と笑うと小躍りしながら笛を吹く。
和風な見た目に似合わずラテン風の陽気なメロディが溢れ出す。
思わず目を上げる。超絶ウマイのだ。
メロディに合わせてくるくる舞うあおいを見ているとなんだかカラダを動かしたくなった。

庭に出てあおいに駆け寄ろうとしたとき笛の音がひときわ高く鳴った。

足がピタリと動かなくなり顔が地面に向いた。
そわそわと目が何かを探し始める。

あった。そこには一本の草が生えていた。
緑色のその草はいつの間にか庭で伸びていたものだった。
手がムズムズしたのでその草を掴み、引き上げてみた。

パラパラと根に着いた土が落ちる。


その瞬間。感じたことの無い快感が生まれた。

ヘンだな。とは思うが手が伸び、草を掴み。引き抜く。
ああ。やはり背中がぞくぞくする。

もういちど、抜いて見よう。
笛の音を聴きながらビッシリ密集した株を掴み思いっきり引っ張る。

「ああ。」と今度は声が出てしまった。

笛の音色は強くなり細くなり起伏を繰り返しながら勢いを増す。

オカシイ?とは思うけれど草を抜く手は止まらくなった。

戸惑い、頬が赤らむのを感じながらむしり続ける。
素手で抜いているので少し痛い。
が、もうそんなことはどうでも良かった。
ひとむしりひとむしり全身に快感が走る。
ただただ、貪るように草をむしり続ける。

家の奥から素早い足音が聞こえた。
学校から帰ったばかりの制服姿のミコが走って来る。

庭に飛び出すと演舞を始める時のように合掌し、俺に向かって立った。
何とも言えない笑みを浮かべている。
戦る時の目だ。
一瞬の後、目にも止まらぬ速度で草の束が出来上がって行く。
流れるような滑らかな手つきにつぎつぎ草が抜かれて行く。

美しい。武を極めた者のむしりは心を洗う。
だが、これは俺のむしりのはずだ。

あおいは額に汗を浮かべる。笛は熱狂的に高鳴る。

二人のむし6りは激しさを増す。今や命の奪い合いのようにむしり合いになった。

「イチローさん!」
家の奥から叫ぶ声がした。
た。た。た。とおしょうさんが飛び出してきた。

「イチローさん!むしるならなぜ僕に声を掛け無いんですか!」

おしょうさんはすぐに草を齧り始める。
その表情は無。
「神」と等しい。食を通して草をむしる。
「生きる」とは「むしる」ということを体現している。

陶酔したあおいのメロディはメロウさを帯び、震える。むしるモノの心にそっと語り掛ける。

ああ。そうでは無い。
「誰が」とか「どれくらい」とか
そんなことどうでもいい。

「むしり」の前では総ては平等なのだ。
上も下も。聖も俗も。人間も動物も無い。

俺は。 
俺たちは。
「むしる」ために生まれて来たんだ。

目の前の一本に手を伸ばすと、向こうからも手が伸びてきた。

見るとミコが涙ぐんでいた。
その脇ではおしょうさんが食べ過ぎで伸びている。

「ふふっ。兄ちゃんヘンな顔。」
「はは。お前こそ。」

頷きあい。二人の手で残りの一本を引き上げた。
零れ落ちる土が、最後を惜しむかのように散り落ちる。バラバラと。

「あー。スッキリした。庭がボーボーでどうしようかと思ってたんだ。おつかれさま。
いいねえ。この笛。また使おう。
さあさあ。晩ごはんの仕度しようかな。」

あおいがひとりニヤリと笑っている。

手が、じんじんする。イタイ。草で切れたり泥だらけだったり。

「あれ?」という顔でミコがキョロキョロしている。スカートの泥を払うが手が泥だらけだといま気づいた。

笛に、踊らされた。ということか。
とにかく。祭りは終わったのだ。

       

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