Neetel Inside ニートノベル
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玉匣の姫 (イチロさんは…)
坊さんはものがたりのはじまり。

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01 坊さんはものがたりのはじまり。

玄関の方から声が聴こえる。
低く、落ち着きがあり、はっきりと響く男の声だった。

いま帰宅したところで、買ってきた物の品定めをしようと楽しみ
にしていたところに不意の来客である。

しかたない。「はあい。」と返事をする。
誰の声だろう。それとも来客があったことを忘れて無かったか。
などと思いながら玄関へと歩いて行く。

そこには年寄りの坊さんが立っていた。
この地域にはこのような習慣がある。僧侶が訪れ、玄関に立ち、
経を読む。
いや、目の前の坊さんは経は読んではいない。

「見てのとおりの乞食坊主ですじゃ。」
にぃ。と笑ったように見える。歯の抜けた空間に視線が吸い込ま
れる。乞食坊主と言うほど汚くは無い。それとも乞食(こつじ
き)を行じている僧であると現在のステータスを述べたのだろう
か。漫画や芝居ようなことを言うなあ。と思いながら
「はあ。」と応じる。それを承認したと捉えたのか坊さんは話し
を続ける。

「お家のご子息とお見受けします。通りかかった折りお家の佇ま
いを拝見しましてさぞ由緒のあるお家に相違無いと。」

由緒。家が古いと言ったのだろう。古いが小奇麗にしている。古
いと言われれば間違いなく古い。うん。と頷いたのだろう。坊さ
んは続ける。

「おお。やはり。では、ご子息はご存知ではなかろうか。ご家宝
に古い綺麗な函がおありでは。」

ご家宝。笑いそうだったが家には古物は多い。稼業で扱うし、先
祖から引き継いだものもあるにはある。
少し寒いなあと思いどてらの袖に手を差し込むと思い出した。
ばあちゃんはなぜかこの時季になると床の間に小さな綺麗な函を
飾る。今年も昨日あたりからそうしてある。

「おおお。やはり。そうでしたか。儂は。儂は。永い永いあいだ
函を捜しておりました。やっと。やっと。巡りあうことができた
のですな。」

坊さんはそっと目を閉じ、天を仰ぐように顔を挙げた。
目元に薄っすらと涙まで浮かべている。
どんな思いで函を捜して求めていたのか。
挫けることもあったに違いない。
ただ過ぎ去る月日を振り返り寂しく思うこともあっただろう。
あの小さな函が、この男の生涯だったのだ。
俺はいつの間にか溢れた涙をそっと指で拭っていた。
「あの。」絞りだした声は少し震えていて、気が付くと坊さんを家の中へ招き入れていた。


函を前にした坊さんは異様だった。
目を見開き函から目を離さない。
「ご子息。これは。始まりますぞ。」
はっと坊さんの顔を見る。
「目を逸してはなりませぬ。」

       

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