Neetel Inside ニートノベル
表紙

愛してますはまた今度
じゃんけんだけは強かった

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「あっちむいてホイ!!」
 僕が左を向くのがわかっていたかのように、結々<ゆうゆう>の手は僕の顔と同じ向きを指していた。最初は1回勝負から泣きの3回に、それから土下座の5回勝負を経てのストレート負け。結々のとんがった細い指が指示す先を僕は見ずにいられない性分なのかもしれない。
「それじゃあタケタケは今週いっぱいは私の荷物持ちだね! ありがとー、最近ソフトで肩痛めて、休みたかったところだったからさ。おかげさまで夏の試合には完全完治の最強の結々様が爆誕だよ!」
「あのなー、毎日練習終わりまで待つと思ったら間違いだぞ?」
「ちゃんと終わったら部室覗いてあげるから、おとなしくパソコンでもいじっとけばいいって。ってゲームしかしていないから急に人が来るとだめな部活だったっけ?」
 結々が茶化した僕の部活はパソコン部。といっても、活動の焦点は年に一度の学祭のみ。それ以外はパソコンのディスプレイを使ってゲームをする悪い部活であった。
「……いいけどさあ。でも最近集まりが悪くてなんにもやる気が起きないんだよね。なんか、うちのパソコンは最新じゃないとかで、ゲームを作ろうにも重くて作れなくて、結局自宅のパソコンが一番らしいんだよね」
「ふーん、よくわからないからその話は終了でいい?」
「相変わらず強引だなあ」
 と、ここで結々と別れて、僕は件のパソコン部に向かった。
 時計の針はまだ3時過ぎ。これから3時間は誰もいないであろうパソコン部で待つ必要がある。もともと、ゲームを作りたかっただの、オタクに憧れていただの、理由は何であれ僕はこの部活に入ったが、蓋を開ければ真剣にゲームを作るやつ、馴れ合うやつの2つの流派ができてしまった。僕はその方でもだめな馴れ合うやつに属しているが、部室に来る頻度は誰よりも多かった。主に結々のせいだが。
 職員室から部室の鍵を拝借し(この時点で誰も部活に来ていないことは明白)、僕は学校の隅にある部室へ向かう。パソコン部周辺は別名日陰棟と呼ばれており、非体育会系の部活が集まっていた。他の部活も僕の所と似たり寄ったりなのか、道すがら人と出会わないことはしょっちゅうであった。
「はい、一番のりー」
 誰もいないことがわかっているからこその、聞かれるとクソ恥ずかしくて悶える誰に向かっていっているんだろう台詞をつぶやく。もちろん誰にも聞かれないし、今後も誰にも聞かさない。
 部室は僕一人には広い。ボロっちい椅子と机が中央に鎮座し、窓際にはディスプレイがなく、デスクトップだけが置かれたパソコンエリアが存在していた。
 正直なところ眠りたい。横になれば3時間なんて瞬き一つですぎる。しかし、床は汚い、机は危ない、外で寝ると結々が探し回るだろう、と僕の候補はすべて即却下であった。
「本当にすることがない」
 本音を口から喋ってみた。実際には、宿題が出ているのですることがないのは違う。
「ゲームなんて一人でしても面白くないし! 宿題はみんなでしたほうが楽だし! 僕にゲームを作る才能なんてないのさ!」
 声に抑揚は付けたが、隣に聞こえないようにできる限り注意は払っていた。
 なんだか最近鬱憤が溜まっている。鬱憤というのは目に見えるものではないが、体に現れている気がする。例えば寝起きでこむら返りしたり、授業中にあくびして怒られたり、体操服を上上で持ってきたり、結々にあっちむいてホイ負けたり……。おそらく鬱憤のせいだ。
 そういえば先輩の作ったゲームでうっぷんを晴らすためだけの超絶ストレス解消ゲームがあったはず。ちくわや磯辺揚げをボコボコに殴るなんかよくわからない3Dゲームが。
 僕は椅子に根を張理想な腰を上げ、ディスプレイを所定の位置に持っていく。そしてパソコンに接続し、立ち上げた。
「…………」
 久しぶりに起動したパソコンは、僕らが虐げたことを知らなかったようでいつもどおりゆっくりとOSが立ち上がる。
 パスワードは部長の誕生日でロックが解除。見たことのない美少女の壁紙が表示され、ポツポツとその他のアイコンがデスクトップに現れる。
「確か制作実績の中にある……三年前の……なんだこれ?」
 僕が間違えて去年の作品を開いた中に『Photo』というフォルダが存在した。強烈な違和感があるのは、去年の実績は『タルトの達人』とかいうパイ投げゲームしかなかったからだ。つまり、これは誰かがあとで追加したゲームとは関係ないものである。

 ゴクリ。

 生暖かい唾が僕の気持ちを高ぶらせる。

 やばい写真か? それとももっとやばい写真か?

 僕はマウスポインタを『Photo』フォルダに乗せると、すばやくダブルクリックした。開かれるも、はじめは何もない――と思いきや、画像ファイルが雪崩のように僕の視界に飛び込んできた。アイコンの並びが初期と違い、リスト化されて中身が表示されていない。
 まだこいつは僕を焦らしてくれる。だが、それもこれまで。僕は高速のダブルクリックを写真ファイルにお見舞いしてやった。
「……部活の写真? それも結々のソフト部じゃん」
 開かれた写真は僕の予想を裏切る、何の変哲もない写真だった。ソフトの試合で、結々が打席に立っている。去年の試合のものだろう。夏の大会に一年ながらも抜擢された

 確か今年のはじめぐらいに上の階の写真部が持ち前のパソコンが壊れて賞に応募することができなくなったとか言って、確かこのパソコンを使って応募したんだっけ……。
 でも――。
「なんでこのフォルダがあるんだろう」
 僕にとっては不思議だった。だが、フォルダの中身を調べていくと納得がいきそうなファイルが一つあった。そのファイル名は『arigato.txt』。写真とは無関係のテキストファイルで、間違いなくこの中身について書かれている。はず。とりあえずダブルクリック。
『貸してくれてありがとうな! 結々の写真きっとほしいだろ? 入れといたぜ! by写真部の良心』
 普段から結々と会っているせいでありがたみというのはまったくない。というのは少し嘘で、部活をしている姿をまじまじと見るのは殆どなかった。

 結々がピッチャーからの投球を待っている姿。

 足を上げる。

 地面に付き、バットを振るう。

 ボールを捉える。

 すかさず一塁に向かって走る。

 ソフトのことを詳しくない僕でも結々が上手いプレイヤーというのが伝わってくる。打つときも投げるときも表情は真剣だが、時折ベンチで笑い顔をしている。そのギャップは普段のツンとした対応とは全然違った。
 ちょっとだけソフトに嫉妬した。
 だって、僕といるとこんな表情を見せることはない。おそらく、退屈なんだろう。緊張感がないんだろう。つまらないんだろう。
 僕が何事にも真剣に取り組んでいない。小学校から、中学校へ、高校へと、どんどん結々の背中が小さくなっていることに気づいていた。それでも僕は走らなかった。その結果をひしひしと感じないように過ごしていた。
 でも、気づいてしまった。僕はろくでなしで、結々はその真逆。思わず鼻で笑いたくなる。
「僕は何も頑張ってないんだな」
 これ以上写真を見ると苦痛を覚えそうな予感がしたので、当初の目的であった先輩のゲームをプレイすることにした。
 ちくわ、磯辺揚げ、たまにじゃこ天が登場する。どの食べ物でもクリックすると穴が空く。それだけ。たったそれだけのゲームに、確か2ヶ月かかったとか言っていた。入部したときはすごいと思った。それから半年すると馬鹿らしいに変わった。でも今はやっぱりすごかったと感じる。背景は真っ暗で、食べ物はそこらで拾った画像。プログラムはどう組んだか知らない。でも、自分の発想を形にしたことのない僕には、批判するのもおこがましかった。
「じゃあなにか作れば……」
 僕はテキストファイルを開いた。……が、そこで指は止まった。正確には、それ以上先の作り方は把握していなかった。
 その理由は、まず発想がない。次に技術がない。最後に根性がない。ないないないの僕には0からエッフェル塔を作るぐらい、プログラムは険しく、途方もなかった。
 ふと時計に目をやる。あと2時間ぐらいで結々は来る。でもなぜか、ぼーっと過ごすことが許されないような気持ちに駆られていた。
 漫画ばかりが陳列されている本棚の中に、4冊しかないプログラムの教本を手に取る。この部活に代々伝わる古の教本と言われているだけ合ってボロい。昔はパラパラとめくって眉間にシワ寄せて終わりだった。
 今回は一ページずつ読んでみようと思う。
 見出し。この本の立ち位置。パソコンとは。プログラムとは。……やっぱりサンプルプログラムのところまで飛ばす。
「じゃんけんアルゴリズム」
 ふと今日、結々に負けたことを思い出した。正確に言えばじゃんけんには勝てた。でも僕の指の方向に結々は顔を向けない。動体視力が優れているのか、ほとんど当たった試しがない。
「……あっち向いてホイを作ろうか」
 その前に、じゃんけんの原理について教本から学ぶことにした。
 プログラムのじゃんけんは、プレイヤーが手を決める。CPUが手を決める。その2つの手を比較して、勝ち負けあいこを決める。とのことだった。
 教本通りのプログラムを組めば、じゃんけんが成立するとのことなので、たどたどしいタイピングを進めていくことにした。
 ……。
 …………。
 ………………できた。
 じゃんけんエクストリームという名前の初めてのプログラムが完成する。と言っても丸写し。僕のオリジナリティはゼロである。
「じゃあ、実行して……手を入力する。えーっとチョキは2だから……」
 2と入力して、判定。僕はチョキを出し、CPUはパーを出し、なぜか僕が敗北した。もう一度2を入力すると、僕はチョキ、CPUはグー、これは僕が敗北だった。
 次はグーである1を入力。僕がグー、CPUはグー、やはり敗北であった。どうやらこのプログラムには致命的なバグが存在するらしい。
「……待てよこれを逆手に取れば絶対にプレイヤーが負けるじゃんけんが完成したってことか! これは面白いぞ!」
 そのまま、僕はあっち向いてホイも作ろうと考えた。だが、頭で考えてもそう簡単に答えが出ないため、ひとつずつ紙にじゃんけんとあっち向いてホイの違いを書く。
 じゃんけんは、掛け声と同時に手を出す。
 あっち向いてホイは、じゃんけんで勝った人が、掛け声と同時に手を出す。
 じゃんけんでは、グー、チョキ、パーの3つの手が出せる。
 あっち向いてホイでは、上、下、左、右の4つの手が出せる。
 じゃんけんには、勝ち、負け、あいこがある。グーはチョキに強く、チョキはパーに強い。パーはグーに強く、同じ手の場合はあいこである。また、あいこの場合はじゃんけんをもう一度行う。
 あっち向いてホイには、勝ち、負け、あいこがある。じゃんけんに勝っている人は、同じ手を出した場合、勝ち。じゃんけんに負けた人は同じ手を出されると負け。それ以外の場合はあいこで、もう一度じゃんけんから仕切り直す。
「あっち向いてホイは手が4つのじゃんけんで、同じ手か、そうでないかを比較すれば勝敗が決まるんだ」
 僕は一つの答えを見つけた気がした。さっそくプログラムに取り掛かる。と言ってもさっき作ったじゃんけんをコピペして、中の言葉を変えるぐらいのことしかしていない。
 ……。
 …………。
 ………………やったぞ。
 僕は作り上げてしまった。あっち向いてホイエクストリームを。早速テストを行う。
「まずは、じゃんけんだ」
 僕が3を入力して、パーを出すと、そのまま結果判定が表示される。敗北。
「よしよし、CPUの手を言わなかったら普通のじゃんけんみたいに見えるな」
 僕は先程のバグを修正する方法がわからなかった。とりあえず、CPUがグーだろうがパーだろうがチョキだろうがプレイヤーが負けるので、違和感のない進行ができるように調整した。糞プログラムである。
「あっち向いてホイは……4の右だ!」
 画面に「右!!!!」と表示され、また敗北した。
 もう一度じゃんけんから試してみる。じゃんけんは負け、あっち向いてホイも負け。
 さらに試す。じゃんけん、あっち向いてホイ、ともに負け。
 それもそのはず。コピーしたプログラムがおかしいので絶対にあっちむいてホイも負ける仕様になっていた。
「よし、このプログラムで結々に一泡吹かせるぞ!」


***


 結々が来たのは、6時ちょっと。いつもの時間だった。
「あー、今日も疲れた。おつかれおつかれ―。さっさと帰ろっかー」
「ふふふ、今日は素直に帰ると思ったら大間違いだ! こいつを食らえ!」
 僕は口では強気だが、頭を低くして練習でお疲れの結々をパソコンの前に座らした。
「えーなに? なんか変なことさせる気? というかこの部屋暑いって」
「まあまあ、すぐに冷えるよ」
 僕はあっち向いてホイエクストリームをダブルクリックし、結々にルールを説明した。
「……あっち向いてホイエクストリーム? クソダサってことはもしかしてタケタケが作ったの?」
「く、クソダサ!? 本当か?」
「あ、やっぱりタケタケだったんだね。というかすごいね、プログラマーに一歩近づいているじゃん」
「……まあ、置いといて、こいつに勝てば帰ってやろう。ただしギブアップすると……」
「ギブアップすると?」
「僕の勝ちだ」
「……何が?」
「ともかく、僕の勝ち。散々負けているからプログラムで勝たせてもらうってことだ」
「ふーん、でも私負けないよ?」
 結々がフラグを立ててから、数分後。僕の思惑通り結々は敗北を積み重ねる。というよりも勝利どころかあいこすら成立させない。心を覗かれてあっちむいてホイをされるとこんなにえげつないんだろうと、実感させてくれる。
「クソ。はい、クソ。とても、クソ」
「英語翻訳みたいになってるなー。ギブアップはしないのか?」
「しない」
「来年は何の何年生になるんだっけ?」
「えーっと、高校3年生」
「略して?」
「高3」
「はい、降参いただきましたあああ!」
 僕がガッツポーズした姿を、気温を2度下げそうな目線で結々は見る。
「タケタケ、じゃんけんほい」
「え、あ」
 唐突な結々のじゃんけん。結々のパーが僕のグーを粉砕する。
「あっち向いてホイ」
 僕の視線は結々が指示す方へと流れる。
「あー、すっきりした。やっぱりタケタケはザコザコで安心したー」
「あのなー、僕のあっち向いてホイエクストリームは最強なんだぞ」
「最強ってどうせ負けないようにしているんでしょ? 完璧とかつまんないよ。勝っても負けてもさ」
「いーや、それでも僕は勝った。れっきとした勝利だ」
「……しょうがないなあ。今日だけはタケタケの荷物を持ってあげるよ。ほら、カバン。鍵返して帰ろう」
「よっしゃあああ! ブイ! ブイ!」
「そんな事言うともう持たないよ」
「ごめんなさい、ありがとうございまーす!」
 結々は自身のエナメルバックに加えて僕の学校カバンを背負う。この光景は珍しい。これを提案してきたのは結々だが、勝てたのは最初の数回だけ、それ以外はほとんど負けていた。
 ……ほとんど負けていた?
 先に部室の外に出た結々に僕は投げかけた。
「もしかして、僕に勝てる必勝法があるのか?」
 結々は申し訳無さそうな顔をする。
「実はね、タケタケってあっち向いてホイするとき、ほとんど上か右にしかしないから、避けるの簡単なんだよね。これでイーブンだから、来週からまともな戦い出来そうだね」
「おい、さっきは完璧とかつまらないと言ってたくせに、自分は棚上げかよ!」
「対価があればそれは別。過ぎたことはもう気にしなーい。さっさと帰ろ」
 スキップしながら職員室に向かう結々の横顔は、あの写真で見た楽しげなものだった。だから、僕もつられて笑った。柄にもなく。

       

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