Neetel Inside 文芸新都
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昔々の、出来事です。
ある帝国が、世界侵略の野望を胸に、世界相手に戦争を起こしました。
これは、その帝国の、暗い闇の物語。

帝国は周辺の国々を支配しようと兵士を送り込み、様々な武器で人々を殺し、略奪しました。
その中に一風変わった武器がありました。それは缶に詰められた毒ガス。
ひとたびそれが外に漏れ出せば、人々はもがき苦しみ死んでしまうのでした。

その死の缶は、帝国のとある島で作られました。
国から技術者を集めて、「だれにも口外してはならぬ」と島に閉じ込められながら。
毒ガス作りは危険でした。何しろガスですから、いつも漏れ出す恐れがあります。けれど、味もにおいも
色もないのですから、気付かない間に死神は充満してしまいます。
遥か彼方で、他の国の人々を苦しめたのと同じ死神が・・・。
そこで彼らは、おとなしくか弱いウサギを見張りがわりに飼うことにしました。
人よりも弱いですから、ガスが漏れれば真っ先に死んで教えてくれるのでした。かつての炭鉱のカナリヤとおなじです。
点々と一定間隔で、籠に飼われる愛らしいウサギ。

彼らは、いつ死ぬとも知れない仕事場で唯一の友達になりました。
愛らしくおとなしい、その姿がいじらしく、毒ガス作りの作業員たちはウサギを眺めては平和だったあのころを少し思い出したりしました。

毒ガスが漏れてウサギが死んでしまった時には皆悲しみ、仕事が終わった真夜中にこっそり葬式を挙げたりしました。
そのうちに、人々はガスが漏れそうになると、何よりもウサギの籠を抱えて逃げ出すようになりました。
ウサギは人間よりも弱いから、死んでしまうことも多かったのですが、それでもあきらめず、人々はウサギを抱えて逃げるのでした。

・・・月日は流れて。
あの長い長い残酷な戦争も、ようやく終わろうとしていました。
連戦連勝を謳う帝国は、とっくにズタボロになっていました。
そんなことは、毒ガス工場の人々にはわかりきったことでした。・・・こんなことをやっているのだから戦争に勝てっこないと。

この島は、秘密兵器である毒ガス作りのために地図からも抹消された秘密の場所でした。
あんなにも人を長く苦しめ死に至らしめる残酷な毒ガス作りなど、ばれてはなりません。
人々は証拠を隠滅し、島を去ることにしました。

施設を破壊し、毒ガスの痕跡を可能な限り消し去って、さて逃げよう、となったとき、人々が気にかけたのは大勢のウサギたちでした。
できれば助けたい、でも船にこんな多くのウサギは乗せられません。
・・・誰ともなく、声が響きました。
「みんな、ウサギの籠を開けるんだ」

・・・何十年も経ったある日。
再調査に来た人々を迎えたのは、幸せそうに暮らす大勢のウサギでした。
あの時放ったウサギたちは、この島でいっぱいに増えていました。
調査団の一人が、おもわず漏らしました。

「これじゃあ毒ガスの島じゃなくて・・・まるでウサギ島だ」


※この話はでたらめなつくり話ですが、ウサギ島といわれる場所は本当にあります。
広島県にある大久野島。一度地図から消された毒ガス製造プラント、そして今はウサギの「楽園」・・・といっても、毒ガスの成分であるヒ素が残留していて、このせいでガンに苦しむウサギも少なくないのですが。
本当にカナリヤがわりに連れられたウサギたちは、どれだけ哀しいことを目の辺りにしたのでしょう。
想像するだけで胸が詰まります。かつてそんなことがあったのだと、知っておかなければならないと。

       

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