Neetel Inside 文芸新都
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昔々、バラの花で知られた国がありました。
その国は町という町、畑という畑、山という山すべてがバラに覆われていました。
バラの香りに包まれた美しい国だと、だれもが誉め称えておりました。

バラの国の王様には、一人の美しい、しかし気難しいお姫さまがいました。
お姫さまは赤い色が大好きで、お姫さまの周りを取り囲むものはすべて目の醒めるような鮮やかな紅色に染められていました。
お城も例外ではありません、かつては色とりどりの花々が咲き誇った中央庭園も、今やうんざりするくらい赤いバラに敷き詰められています。
「お姫さま、様々な花々が色とりどりに咲くからこそ美しいのですよ?」
と、家来が言っても、
「いいえ、私は赤が好きなのです。だからこれが最も美しいのです」
と耳も貸しません。

鮮やか過ぎる赤いバラに誰もがめまいを起こしそうになっていた、ある日のことです。
隣の国の王子さまが、お姫さまを尋ねてやってきました。
王子さまは城門をくぐり、驚きました。
しばらく見ないうちに、お城はすっかり紅に染まっていたからです。
驚く王子さまを、お姫さまは満面の笑みで迎えました。
けれどその格好は、真っ赤なバラの庭園の中にもひときわ映える深紅のドレスでした。
王子さまは目を回してしまい、耐えきれずこう言いました。
「姫、確かに庭園は美しく、そなたはそれに勝る美しさだがいささか程度が過ぎています。私には耐えられません」
お姫さまは、怒って言いました。
「あなたはわかってくれると思ったのに!もういい、二度と顔も見たくありません・・・」
その言葉を聞いて、王子さまは悲しそうに振り返り、立ち去りました。

帰り道、王子さまは従者につぶやきました。
「あのやさしかった姫が、ああも変わってしまった・・・」
とてもとても、残念そうに。
その言葉に、従者も黙ってうなずきました。


王子の一件から、お姫さまはいっそうわがままになってしまいました。
そして、自分の部屋に閉じこもることが多くなりました。
あの美しい赤の部屋も陽の光にすっかり色あせ、カーテンを閉じて一人泣いているのでした。

お姫さまが久しぶりに庭園に顔を出しました。
あれほど好きだった赤いバラが、ちっとも綺麗に見えません。
お姫さまは無性にいらいらして、家来に当たり散らしました。

お姫さまが家来をどなりつけていると、庭園に一匹のウサギが迷いこみました。
真っ白な、かわいいウサギ。
けれど赤の中ぽつんと白い点になったウサギが、お姫さまにはとても気に入りません。
「見苦しい!誰かあのウサギを捕らえよ!!」
金切り声で、お姫さまは命令します。その声におびえるように、城中の家来は皆、ウサギを追って必死になります。
けれどウサギはすばしこいもので、だれも捕まえることが出来ません。
最初は庭園をぴょこぴょこ楽しそうに跳ねていたウサギは、いつの間にかお城の中へ。
王様の玉座にちょこんと乗ったり、こっそり古い物置に忍びこんだり、調理場で呑気にニンジンをかじったり。
そのウサギの様子と、対照的にくたくたの家来たちを見て、お姫さまは思わずくすりとしてしまいました。
「こんなことでは・・・誰か、さっさと捕まえなさい!」

相変わらず跳ねるウサギと家来。
そんな事が続く間に、気がつけばみんな、ウサギを見失ってしまいました。

みんな城中を捜索しましたが、一向にウサギは見つかりません。
家来全員があきらめかけたそのとき、お姫さまが思い出したように言いました。
「私の部屋に、いるかもしれません」

日も暮れて、鮮やかな夕焼けがお姫さまの部屋を照らします。
紅に染めたとげとげしい色合いと違い、とてもやわらかい、暖かい光。
お姫さまは、何かを思い出しかけていました。
お姫さまの部屋はとても広くて、あちこち探しても見当たりません。
あらかた探して見つかったのは、お姫さまのベッドの上でした。

真っ白な体に、赤い点が浮かんでいます。
ぴくりとも動きません。お姫さまは、誰かが猟犬か銃でウサギを殺してしまったのだと思い、わぁっと大声で泣き出しました。

「私は殺せとは言っていない!ただ目触りだからどこかへやってしまえと言ったのだ!おぉ、かわいそうに・・・」

お姫さまは、泣いていました。
その表情は、誰もが見る、久しぶりのやさしいお姫さまでした。
お姫さまが泣き続けていると、突然ドアが開き、もう2度と顔も見たくないと言われた王子さまが現れました。
お姫さまは王子さまの顔を見るなり、抱きついていっそう大声で泣き出しました。
「ごめんなさい、私はあのウサギを殺してしまったの・・・ただ迷いこんだだけなのに・・・」

王子さまはお姫さまの頭をやさしくなでて、それからベッドに横たわるウサギの体をひょいと持ち上げ、言いました。
「ほら、姫・・・みてごらんよ。アレは血じゃない、この子のつぶらな愛らしい瞳だ」
お姫さまはきょとんとしてしまいます。
茫然とするお姫さまに、王子さまは白いウサギを抱かせて言います。
「このウサギはきっと、姫と仲良くなりたかったのです」

王子さまの言葉に、お姫さまはハッと思い出しました。
お姫さまが小さなころは、聞きわけもよく、とてもやさしい娘でした。
時々やんちゃな王子さまとこっそり野原にかけ出すと、庭園にはない可憐な花や変わった草をいっぱい摘み、かわいいウサギを追って遊んだりしました。
時々なつくウサギがいて、気がつけばとっても仲良しに。
こっそりパンくずやニンジンなどを持って行ってはそれをウサギにやっていたのですが、ある日それが王様に見つかってしまいました。
お姫さまと王子さまはとても悲しみました。
それ以来、お姫さまはとってもわがままになってしまったのでした・・・。

子供のころの、素直な表情に戻って、お姫さまは言いました。
「ごめんなさい、前は王子さまにひどいことを言ってしまった・・・とても許されることではありません」
そしてまた泣きそうになるのを、王子さまが抱きしめて言いました。
「気にしてはいません。それよりあなたが心配だった。あなたはやさしい人のはずなのに、すっかり人のことも考えなくなってしまった。けれど今日は安心しました、昔のやさしいあなたに戻ったようだから」
泣きそうだったお姫さまの顔は、いつの間にか笑顔で、けれどまるでピンクのバラのように頬を赤く染めていました。
ふたり手を取り合っていると、王様とお妃さまが、まるで王子さまとお姫さまと同じように手を取り合ってやってきました。

「まぁ、いつの間に貴方たち仲直りしていたの・・・」
お妃さまの言葉に、二人の足元にいる白くて小さなものに目を止めた王様が、笑って言いました。
「この白いウサギが、二人の仲を取り持ったのか!」
そして王様とお妃さま、家来も王子さまの従者もみな嬉しそうにおお笑いしました。ちょっぴり決まりの悪そうな二人でしたが、ウサギがぴょんと跳ねると顔を合わせて、にっこりと笑いあいました。
そして二人は、キスをしました。
とっても幸せに。


二月経って、王子さまとお姫さまは結婚式をあげ、それとともに王子さまは王様に、お姫さまはお妃さまになりました。
二人はよく国を治め、臣民の誰もが敬愛する王様とお妃さまになりました。

庭園は前のように、いいえさらに色とりどりで、来るものの目を楽しませてくれます。
その中に飛びっきり、目を引くものが・・・・・・。
垣根の間を通って、庭園に遊ぶかわいいウサギ。
咲き誇るバラの元、幸せに遊ぶウサギは、まるでこの国の人たちのよう・・・そして、王様とお妃さま。
昔、こっそり野原へ抜け出した、小さな王子さまとお姫さまのように。

       

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