チェス家のメンバーにはそれぞれ他にない特質があるが、その中でも極めて目立つとしたら、それは『ポーン』の存在だろう。『ポーン』はチェス家の末っ子であり、一つの集合体で成り立っている。あるいは、複数的な一人の『ポーン』なんていなくて、四人の子供たちが集まっているだけだ。ポーン長男がいて、ポーン次男、ポーン長女に、ポーン三男。これで全部。もちろん、この兄弟はただの四つ子であり、ちゃんと個別的な名前もある。事実、『ポーン』という呼称も、この四つ子の中の誰かの名前なのだ。しかし、キングやクイーンが四つ子を呼ぶときに「ポーン逹」と纏めて言うから、四つ子もその呼称を自然と受け入れることになった。そして四つ子も名前がある一人でいるよりも、集合体である『ポーン』を演じることが本来の自分の役割であると考えている。

 このポーン四兄弟は――便宜上、彼らを纏めてこう言わせてもらう――四つ子であっても似ているわけではない。性格もみんな違えば、顔の形も見分けがぱっと見でわかるぐらいには判別できる。しかし彼らの絆は四つ子であることで結びつけられている。そこに求められるのは、同じ時間をクイーンの胎内で共に過ごし、同じ日に生まれた子供であることだけだ。当然、誰も胎内で過ごした日々の記憶はないが、そこのところをポーン四兄弟はあまり気にしていない。彼らにとって、かつては一つであったという過去があれば何も問題ないのだから。

 だからポーン四兄弟は互いに喧嘩もするし、いつも一緒にいるわけではない。趣味もそれぞれ変わっている。ポーン長男が昆虫採集で、ポーン長女は家でクッキーを焼くこと、ポーン次男はクラブでの野球、ポーン三男は一人でするテレビゲーム。それぞれ違っていて特徴的だ。ただ、彼らは常として、その日の出来事や、それに伴う感情を詳細に語り合うことで情報を共有し合っているので、同じ行動をしなくても他の三人のことを可能の限り理解しようと勤めている。時にそれは彼らの部屋でひっそりと行われ、または公園の滑り台の下で行われる。恥ずかしいことも、悲しいことも、四兄弟は暴露し合わなければならないのだ。そして哲学的な問題がある話は、長々と討論して一つの意見にまとめる。彼らは幼いながらも無意識的に、体験を限りなく並列化することで、『ポーン』という仮説的な存在を維持させ続けようとしているのだ。四人で一つであること。これが宿命であるかのように暗黙の了解として彼らは成り立っていた。そこに五人目が入る隙はなく、たまにナイトが会話に入れてもらおうと話しかけても話がぷつりと途切れて四人は場所を変えるのだ。これにより、ナイトは口に出さないが、内心では弟たちに好かれてないのではないかと心配している。しかし四兄弟はルークにも、キングにも、クイーンにだって話さない。知っているのは四人だけ。ある時、それに辟易としたクイーンが四人に、「お前たちは何でそんなに秘密主義なの? 」と言ったことがある。四人はぽかんと口を開けた。しかし互いの顔を見つめ合うと、示し合わせたようににやりと笑った。

 「なんたって、四つ子だもの! 」