「わだつみと痛み」
いま《痛み》が天を割ってさしこみ
けがれない皮膚の表層をうがち
衝撃は、頭蓋のくらい穴ぐらの奥から、
身悶えする意識をひきずりだす
痛みよ、わたしはおまえを初めて知る
眠りのうらで降りそそぐ雨が
きたならしい落ち葉で側溝をあふれさせるように
おまえは早くもわたしの朝を、当惑の水路になげこんだ
痛みよ、おまえはむしろこの肉体を
奪い返しに来たようだ――まだわたしが実態を把握しえない
《世界》という名の、ざらざらした砂浜へ
海神(わだつみ)の声の遠くひびく場所へ
どよもす不吉な潮騒にも似て
どぎつい曙(あけぼの)がおびやかすその声が
さあ進みでよ、生きる証を訴えでよと
消しがたい反響を刻印しようとするそのとき
告訴が、感情が、名付けようのない戸惑いが
受理されぬ訴状が、彼方へむけて届け出られる
痛苦、それは絶望が血となる夜であり、
肉をふるわす――明け方だ
(2020/3/8 Sun.)