“人間”

「殻」


ある朝、わたしの部屋のまわりを、
流砂が雨と降りそそいでいた
黄色い雨は殻となった
雨がわたしの殻となった

いじけた殻
無精卵の殻
居心地のいい殻
冷ややかで固い殻
決して誰にも破られず、
傷つけられることもない殻
わたしの頭蓋骨に似た殻
無益なことばでいっぱいな殻
殻のための殻
空っぽの殻

誰もわたしの殻をこじ開けには来ない
そんなこと望まない、望むだけむだ
なぜって、この殻はわたしにしか見えないんだから
わたしにしか見えない絵、
わたしにしか見えない文字、
わたしにしか見えない自画像を描くための殻なんだから

ああ、それにしてもなんて立派な殻だろう
わたしはただ一人うっとりとなって、
この流砂で包まれた果てしなく広い部屋のなか、
得意になって散歩しながら、
叩くと心地好い音をひびかせる、
わたし自身の殻になりたいと願う



「碇」


すきまのような人でした、
人波にするどく切りこめば
モーゼのように彼らを分かち、
かまいたちのように喧騒を運び去る
切り傷のような人でした。

けれども、だれが気づいたでしょう
彼が刻んだそのヒビに
声という声、
苦悩の泡がのまれることに。

だれが見つめていたでしょう
彼の背中を、
視線の果ての海溝を。

それはきっと呼び声のうちよせる断崖、
浮かぶことなき沈黙、そしてなにより
この海で私をつなぎとめる
ただひとつの
碇。


sage