不意の殺気に思わず身がよぎった。



 距離は決して近くはない。だが、その相手は間違いなく自分の姿を捉えている。



 東の方角に、大気を裂く風の音が聞こえる。百メートル、五十メートル。



 その速く、鋭い風はコバックスに向かって真っすぐ一直線に向かってきた。



 コバックスはコートの右袖から短槍を伸ばすと、風の方向に駆け出した。



 風と交錯した一瞬、鈍い金属音と共に、右手の短槍が震えた。



 同じ流派の相手だ、と直感的に感じた。



 天晃流短槍術。

 千年の遥か昔より伝わる秘伝の暗殺術。これを使う者は自分の知るところ数人しかいない。



 そして、風の姿を直視したとき、コバックスは無意識に死を連想した。あのときと同じだった。痣だらけで、糞尿にまみれた姿の中で自分を見つめていた二つの眼。まぎれもなく、あの少女だった。



「シグレか。大きくなったな。」

「師よ。腕が鈍ったのではないか?」



 お互いに短槍を袖に収めたとき、思わずコバックスは口元を綻ばせた。



「父、とは呼んでくれんのだな。」

「子を捨てた親に、子が肉親の情を抱くわけがない。」



「冗談だ。俺もお前を、子と思ったことはない。」



 シグレはその場に座ると、煙草に火を灯した。



「師よ。なぜ、今になって帰ってきた。まさか、故郷が恋しくなったわけではないだろう。」



「仕事だ。小賢しいガキ共が、千寿に逃げ込んだ。あと、お前の様子を見に来た。」



「嘘をつけ。」



「シグレ。煙草は止めろ。運動の機能を低下させる。それに、敵に匂いで気付かれる。」



「五月蠅い。私の勝手だろう。」



 シグレは苛立った様子で靴を鳴らすと、少し咳き込んだ様子で煙を吐いた。



 糞尿に塗れていた頃とは比べ物にならないくらい美しくなった、とコバックスは思った。横顔を眺めていると、血は繋がっていないが、若いときの死んだ妻の面影を感じる。



 だが挨拶程度とはいえ、互いの剣を交えた際の其れは、一暗殺者の腕として申し分ないものだった。



 自分がシグレに見切りを付けて去ったあと、一体どのような年月を送ったのか。



 コバックスは聞いてみたい思いをぐっと堪えると、その場に腰を下ろし、シグレと過ごした日々を思い返した。