白色の煙が漂う中、コバックスは千寿の月を見上げていた。
「今日は仕事にむかん夜だ。明るすぎる。」
「私もそう思っていた。師よ、お陰で貴方を仕留め損なった。」
「言うようになった。」
シグレもその場所に腰を下ろすと、コートの袖から折れた短槍を取り出し、コバックスに放った。
「貴方はまだ現役だ。私の突きをいなしつつ、短槍を圧し折った。」
「その技なら、お前にも教えた気がするがな。また、昔のように修行が必要か?」
「遠慮する。それに、またどこかへ突然消え去っても困るからな。」
シグレは皮肉交じりに笑った。
シグレが十三歳のとき、コバックスはシグレの元から去った。
シグレから、父に対する情を向けられたからだった。厳しい世界生き抜くには、冷酷にならなければいけないことを話し、五年間、一暗殺者として育ててきた。
父、と呼ばれたとき、嬉しさより失望の方が勝った。妻を失ってから、暗殺者に肉親の情は不要と、当時のコバックスは感じていた。
「俺がいなくなったあと、どうしていた。」
「さあな。むしろ、貴方に聞きたい。私がどこかで野たれ死んでいるとでも思っていたのか?」
「いや。俺はてっきり、また糞尿に塗れて泣いているのかと思っていた。」
同じく皮肉まじりに笑ったコバックスは立ち上がると、睨みつけているシグレの視線に背を向けた。
「風がでてきたぞ、シグレ。あと半刻ほどで、月が隠れるかもしれん。」
「今度会ったときこそ、仕留めるからな。」
「それは楽しみだ。」
コバックスは微笑むと、月明かりの下をまた歩き出した。