Neetel Inside ニートノベル
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 明るい夜だった。月明りに照らされ、見通しがよい。



 ウツミは髑髏の仮面をかぶる前に、必ず座禅を組む。集中力を高める効果もあるし、何より目を慣らす為だった。ウツミの戦う相手の殆どは闇に生きる者達であり、それらと渡り合うには必要不可欠の準備だった。



 コーポスとして活動を始めた頃、虎徹という名の相棒がいた。虎を模したマスクを被った大男で、怪力の持ち主だった。性格は豪放磊落で、二人でヤクザの事務所に殴り込みに行った事もある。正反対の性格だったが、互いに不殺の信条を掲げ、千寿を良くしたいと願う同志にして、掛け替えのない相棒だった。



 だがあるとき、虎徹は死んだ。



 今夜の様に、月明りに照らされた夜だった。路地裏で児童ポルノの取引を行っていた十人前後の集団を襲い、多くの者を捕えたとき、一人の男が隠し持っていた拳銃を取り出す様子を、ウツミは見逃していた。



 男が銃口をウツミに向けたとき、間に入った虎徹が脳天を撃ち抜かれ、脳髄がはじけ飛び、その巨体が倒れる様子を、ウツミは信じられない気持ちのまま、茫然と見ているしかなかった。



 ほんの一瞬の油断で、大切な者が死ぬ。ウツミにはそれ以来、相棒はいない。



 自分を逃がす為に両親が死に、自分の身代わりに相棒が死んだ。



 アリスが誘拐されたとき、生きた心地がしなかった。もう二度と大切な者を失いたくない。



 ウツミは如何なるときも準備を怠らないことを決めていた。



 今夜の相手は違法薬物の売買を行う者たちだった。



 年齢は若い者で十六歳。三日前に十八人で龍門会の隠し倉庫を襲撃した。そして、盗んだ荷物ごと運河を利用して千寿を脱出する。



 慣れた手口だ、とウツミは思った。



 恐らく、他の都市でも同じ方法を使ったに違いない。



 千寿の南には橋田川という運河がある。そして湾に繋がる下流には、長さ四十九メートル、幅二十七メートルの鉄橋が架かっており、橋の下には荷下ろし為の空間や、町中のマンホールに繋がる地下水道の入り口がある。今回、彼らはそれを利用した。



 彼らを捕えるには、迷路のように入り組んだ地下水路で追跡するか、もしくは船に荷を下ろす瞬間を襲うかのどちらかを選択する必要があったが、ウツミは後者を選んだ。



 こういったケースの場合、一網打尽に捕えなければ鼬ごっこになりかねない。だが、その分スピードが要求される。ウツミは橋の影に隠れ、その時を待っていた。



 そのとき、水路の奥から足音が聞こえた。しかし、音は一人のものだった。それも何者かに追いかけられているように、徐々に速くなっている。



 荷を運ぶときそれとは明らかに異なるものだった。それに、まるで突風がふいたような風切り音まで聞こえてくる。地下水路で強い風がふくわけがない。



 地下水路内で、何かが起こっている。ウツミは橋の影から水路の出口まで駆けだした。



 すると、出口から出てくる息も絶え絶えの一人の少年が見えた。何者か追われている、とウツミは直感的に感じた。その少年の後ろには、猛烈な速さで迫る黒い一陣の風が見えた。



「やめろ! シグレ!」

 黒い風が少年を貫こうとしたとき、上空からもう一つの突風がふき、間に入ろうとしたウツミを弾き飛ばした。二つの風がぶつかり合ったとき、甲高い金属音と共に、マスク越しにも分かるほどの強い風圧を顔に感じた。



 ウツミが立ち上がって正面を見たとき、目の前にはカラスを模したフルフェイスのヘルメットを被り、指の先から短槍を伸ばしている者の姿があった。その後ろには、同じく指から短槍を伸ばし、黒いサングラスをかけた壮年の男がいた。



「シグレ、やはりお前か。協力者がいたのか。」

 シグレは半身に構えたウツミを一瞥すると、もう一人の男に向き合った。



「師よ。どういうつもりだ。」



「悪いなシグレ。俺も仕事なんだ。そのガキは依頼者の息子でな。俺はそいつを生きて連れ戻すよう言われてるんだ。」



 壮年の男は、腰の抜けた少年を一瞥すると、ウツミに目線を合わせた。

「久しぶりだな、コーポス。いや、代替わりしているんだったか。悪いが、シグレを倒すまで、そいつを守っていてくれ。」



「師よ。邪魔をするなら容赦はしない。コーポスとガキ諸共、貴方を殺す。」



 シグレと男は、互いに間合いを取るように距離をとりつつ、短槍を向き合わせた。



 異様な雰囲気だった。先程まで発していた両者の殺気は消え、まるで空間の一部を切り取ったかのように、静寂な二人の間が生じていた。この距離であれば一瞬の勝負となる。



 殺すか、殺されるか。この間合いは、生き残るための間合いではない。相手を殺す死合いの間だった。



 そのとき、ウツミの後方で微かな金属音が聞こえた。自衛官の頃、反射的に動くように上官から教えられた音だった。ウツミは振り向くと、少年の方へ走り出した。



「やめろ! 撃つな!」

 少年の手には三十八口径の拳銃が握られていた。怯えた表情のまま、少年は震えた手で安全装置を外した。駆け寄って手を伸ばそうとしたとき、ウツミは背中から猛烈な風圧を受けた。



 そして、発砲音が響いた。

       

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