短槍は、シグレの喉元で止まった。

「クソガキが。」



 コバックスは拳銃を撃った少年を一瞥すると、目の前で右肩を抑えているシグレを見下ろした。

「いらぬ邪魔が入ったな。」



 一瞬の出来事だった。

 互いの短槍が交わる寸前、少年の放った弾丸がシグレの右肩を貫いた。



 シグレの短槍は大きく揺れ動き、柄から先を圧し折られた挙句、川岸まで弾き飛ばされていた。



「師よ、私を殺せ。」

「そうして油断させ、いつかのように俺の喉を突いてくるのだろう?」



 コバックスはふっと笑うと袖に短槍を収め、ウツミに向かって歩き始めた。



「コーポス。手間をとらせたな。」

「貴方は、シグレと関係が?」



「大ありだが、今は話している時間はない。俺はそいつを両親の元に連れていくよう依頼を受けている。引き渡してくれるな? コーポス。」

「必ず両親と会わせると誓うなら、いいだろう。」



 コバックスは微笑むと少年に歩みより、頬を拳で勢いよく打った。

「帰るぞ、クソッタレのガキ。またな、コーポス。」



 昏倒した少年を担ぎ上げ川岸を走り去っていくコバックスを、ウツミはたた茫然と見ている事しか出来ずにその場に立ち尽くしていた。



 壮絶な死合の間を目前にし、一歩も動けなかった。

 グローブを強く握りしめると、滲んだ手汗が冷たく感じる。 



 ウツミが身を返すと、仮面の横を短槍の切っ先が掠めた。



「コーポス、私とお前の戦いは終わっていない。」

「なぜ、私を殺そうとする。」



「お前の青臭い正義感と偽りの仮面で、苦しむ者達がいる。」

 右肩がだらんと垂れさがり、震えた左手で短槍を構えているシグレの息は荒かった。



「殺人に快楽を見出している残忍なお前の仮面とは違う。私は、千寿を良くしたいだけだ。」



「千寿の守護者にでもなったつもりか? お前、いやお前たちによって、十年前、千寿はおかしくなった。秩序がなくなり、混沌が生じた。お前たちによって、千寿は再び闇の世界になった。」



 シグレは左腕を突き出した。

 だが、ウツミはそれを躱すと返し拳で短槍ごと腕をへし折った。

「今のお前に、私は殺せない。」



 骨の砕ける音と共に、短槍の破片と血が川原へ飛び散った。



 シグレは短い苦悶の声を上げると、まるで子鹿のような足取りで地下水道の奥へと走り去った。



                                                    【迅雷の章 完】