Neetel Inside ニートノベル
表紙
 十年間、待ち望んだ日だった。



 僅かなシマを命がけで守り続け、漸くこのときを迎えた。



 身体中から気炎が上がるのをぐっと堪え、サブロウは窓の外を眺めていた。



 事務所の窓から木漏れ日が差し込み、部下たちの顔を照らした。



 みな、万感の思いを抱き、今このときを迎えているに違いない。



「長かったのう、サブロウ。儂は生きている間にこの日を迎えられるとは思わんかった。お主の忠義心と尽力があっての賜物じゃ。」



「皆の働きが一つでも欠けていれば、この十年を乗り越えられなかった。貴方が生きている内で良かったよ、ジンパチ。」



 左隣りに座るジンパチが白髭を撫でながら灌漑深そうに微笑んだ。



 ジンパチはもう齢七十六になる。五年前にはもう後先がないと嘆いていたが、最近は再び足腰を鍛え、心に気を蓄え、全盛期の頃の剣技を取り戻しつつある。



「それで、ゴンゾウ殿はいつ頃お見えになるのじゃ?」

「もう間もなく到着なさる頃だ。道中はチヅルとシズカが護衛している。問題はない。」



「この十年、あの二人も苦しかったじゃろうな。特にチヅルは。」

 サブロウは静かに目を閉じた。



 玄龍会が壊滅して三年後、千寿の闇の勢力を二分とする抗争が起きた。サブロウが若頭を務めていた六文組は組長を失い、戦いに敗れた。そのとき、組長を護衛していたのはチヅルとシズカという双子の姉妹だった。



 十八歳になったばかりであったが、年齢に比して抜群の力量を持っており、護衛に抜擢された。だが、チヅルが眼前の敵に目を逸らしている隙に、組長は殺害された。今でも、あのときの泣き崩れたチヅルの顔が目に浮かぶ。



「チヅルも、シズカも、六文組の再建に力を尽くしてくれた。心身を鍛え、技を磨き、この日を迎えた。」



「そして、お主の尽力で、ゴンゾウ殿の早期出所が叶った。何もしておらぬのは、儂だけかのう。」

 ジンパチはからからと笑った。



 かつて、玄龍会を壊滅させ、混沌とした千寿に秩序を生み出そうとした男がいた。名は、ワタリ・ゴンゾウ。貧困層を救う志を掲げ、全ての闇の勢力を自らが管理し、それらが生み出す富を貧者へ公平に分け与えた。



 反対する者は善悪を問わず容赦なく殺し、千寿には一定の秩序が生まれた。だが、それは長くは続かなかった。



 ゴンゾウに反発する一部の闇の勢力が玄龍会の残党を抱え込み、ゴンゾウに対して敢然と蜂起した。千寿を二分した闇の勢力同士の抗争は、後にゴンゾウの渾名からデスポート騒乱と名付けられた。



 当初はゴンゾウ派が優勢だったものの、コーポスと呼ばれる髑髏の怪人などの自警団の活躍によって徐々に追い詰められていった。行政機関の上層部がゴンゾウを見限ったことによってゴンゾウは逮捕され、三か月という余りにも短い裁判の期間の末、無期懲役となった。



 そして三か月前、ゴンゾウは十年の刑期ののちに仮釈放を果たした。サブロウを始め、ゴンゾウ派の者たちが早期出所に向けて東奔西走した結果だった。



 仮釈放後、三か月の監視期間を終え、ゴンゾウは再び闇の世界に舞い戻った。



 十年の間、臥薪嘗胆の日々を耐えてきたサブロウたちにとっては、まさしく一日千秋の思いだった。



 事務所の外に車の止まる音を聞こえたとき、サブロウは目を開いた。



 サブロウは今年で四十三歳となる。このまま老け込んでいくかと思ったときもあった。だが、今は猛る心、滾る想い、身体中からあがる気炎を必死に抑え込み、事務所の扉が開くのを待った。



「齢七十六にして、最期の一華を咲かせられようとは思わなんだわい。」

 サブロウは隣から気を発したジンパチを見た。



 この老人もまた、内なる炎が燃え盛っている。この日を迎えることを一番待ち望んでいたのはジンパチなのかもしれない、とサブロウは思った。



 竹馬の友であった先代の組長に仕え、若い頃は剣術の達人として六文組の屋台骨を支えてきた。組長が殺されたのちは、若い衆の指導に力を尽くし、ジンパチを手本としている若い者は多い。



「逸る闘志、胸に秘めし心火は同じだ。ジンパチ。」

「わしらの想いに宿りし徒花、たとえ散る運命であろうとも、共に咲き乱れようではないか。」



 サブロウが頷くと同時に、外から扉を叩く音がした。

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