Neetel Inside ニートノベル
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 チヅルとシズカは千寿北東の暗黒に包まれたスラム街にいた。



 千寿の北には極貧層が居住する過密化した地区がある。



 日中ですら強盗や発砲事件が起こり、違法薬物も当たり前の様に取引されている。



 夜になれば薄暗い灯がぽつぽつと点在するのみで、千寿中心のビル街の路地とは比べ物にならない、暗黒のアンダーグラウンドだった。

 今夜、チヅルとシズカはサブロウよりある男を仕留める命を帯びていた。



 十年前、自分達の前に幾度となく立ち塞がった千寿の髑髏の怪人、コーポス。



 サブロウの話によれば騒乱の終息後、まもなくコーポスは殺害されており、今活動しているのは代替わりしている者であるという。



 だが、チヅルにとってはどうでも良い事だった。



 今回再びゴンゾウが動けば、またもやコーポスは敵として現れるのは間違いなかった。



 ゴンゾウや六文組にとって障害であれば、それを取り除く事が自分達の役目だった。



 龍門会の会合を襲ってからというもの、敵の間者を一晩で十人以上殺したこともある。



 第二次騒乱は既に始まっている。



 静かな暗闘が水面下で行われている此の状況が、やがて迎える大規模な騒乱への重要な布石となっていく事は、サブロウより前々から伝えられた事だった。



 数日前、元陸道組の経営していた自動車修理工場が襲撃され、潜伏していたゴンゾウは無事だったものの、呂角が手傷を負った。



 これは六文組の失態でもあり、自分の失態でもあった。



 だが、サブロウは六文組の新組長となった後、戦略設計や人事決定、物資管理などを一手に引き受け、その多忙さゆえジンパチからは、たびたび休みをとるよう諌められている。



 そんなサブロウの姿を見ているチヅルにとって、今回の失態に関して言い訳など言えるはずがなかった。



「姉様、お顔が強張っていますよ。」



 重苦しい表情をしているチヅルを励ますように、双子の妹のシズカがひょっこり顔を覗き込んできた。双子の姉妹ではあるが、顔も体型も性格も正反対だった。



 シズカは童顔で艶やかな上に闊達。反対に自分は有り顔で細身の上に狭量。



 まるで、同じ身体を持ちつつも前と後に顔を持ち、正反対を向くヤヌス神の様だった。



 十年前の騒乱の際に先代組長が亡くなってから、共に雪辱を晴らす事を誓い、鍛錬を続けてきた。



 今年で二十九歳となるが、人として、女としての幸福を望んだことは一度もない。



 六文組の為に雄々しく戦い、壮絶に死ぬ。



 同じ想いを抱きつつ、昨晩も二人で闇を駆け、敵の間者を幾人も殺めた。



 間者を見つけ出しては、その頭蓋を砕き、喉を斬る。



 日に日に多くなってゆく間者を全て始末する事は至難の業だが、必ず遂行せねばならない任務だった。



 だが、今夜の相手は此れまでの相手とは一味違う。



「すまないな、シズカ。決して気負っている訳ではない。」



「それなら良いんですけれど。最近の姉様、何かに対して酷く憂いている様に思えて。」



「心配ない。お前こそ、私の心配なんてしている暇はないぞ。今夜の相手は、あのコーポスだからな。」



 代替わりしているといえど、コーポスを名乗る者である以上、油断は出来ない相手だった。



 現に、此れまでの千寿の犯罪取締人の中では最も多くの犯罪者を刑務所へ送っている。



「姉様は一人で抱え込み過ぎます。私達は血を分けた双子の姉妹なのですから、苦労も分けさせてください。」



「ああ。私はいい妹を持ったよ、シズカ。」



 今までシズカの闊達さに救われた事は多い。



 シズカがいなければ、自分の失態が原因で先代会長が殺された事も、十年間にも及ぶ雌伏の時を耐え忍ぶ事も出来なかったかもしれない。



 血だけではない。まるで前世から続くような絆があるのかもしれない、とチヅルは思った。



 チヅルはネオンに照らされ、林立する高層ビル群を見た。



 もうまもなく、六文組の手の者達がコーポスを北へ誘い込み、この暗黒の世界にやってくる。この十年間の全てを試すのに、これ以上の相手はいない。



「シズカ、油断はするなよ。」



「姉様こそ、落ち着いてね。」



 もう春であるというのに、南西から流れてくる風は冷たく感じた。

       

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