Neetel Inside ニートノベル
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「血迷ったか! コーポス!」



 ウツミの左肩に鎌が深く突き立てられ、血が飛び散った。後ろには短刀を振りかぶるシズカの気配を感じる。



「私は、死ぬ訳にはいかない。」



 ウツミは鎌を突き立てられた左肩に渾身の力を籠めてチヅルの右腕を掴むと、右足前裁きでチヅルを後方へ突き飛ばした。同士討ちを狙いつつ、後方の短刀を躱す為の行動だった。



 普段の自分であれば、こういった手段は取らなかった。だが、アリスの表情が走馬灯の様に頭を過ったとき、自然と身体が動いていた。



 そのとき、右腕に絡まった鎖が硬直し、不自然な振動を感じた。ウツミが振り向くと、チヅルの右目には短刀が一本突き立っていた。その目からは夥しいほどの血がした垂れ落ち、その身体はまるで痙攣した様に震えた。



 ウツミが左肩に刺さった鎌を引き抜くと、チヅルは甲高い絶叫を上げ、握りしめていた鎖鎌を放り投げ、右目を両手で抑えながら地面をのたうち回った。



「姉様! 姉様! ああ、私は何という事を!」



「落ち着け。今、手当をする。」



 ウツミは動揺しているシズカを一喝すると、レザージャケットの裏ポケットから厚手のガーゼと白布を取り出した。そしてチヅルの目から眼球ごと短刀を引き抜くと、目をガーゼで覆い、その上から布を縛り付けた。



「少し痛いぞ、耐えろ。」



 ウツミが布を結んだとき、チヅルは短い呻き声を上げた。



「コーポス、どうして姉様を。私達は貴方を殺そうとしたのに。」



「私は殺しをやらない。」



 暫くすると、チヅルは力が抜けたように仰向けになった。その左目は虚ろだった。だが、荒い息をしながらも口元は少し微笑んだように緩んだ。



「代替わりしても、変わらないんだな、お前は。」



「なぜ六文組は私を襲う。其れを教えてくれれば、私はこれ以上お前達に危害を加えない。」



「それは言えない。だが、お前が最悪の奴ではない事は分かった。」



 何かを誤解しているのかもしれない、とウツミは思った。



 チヅルとシズカと名乗った二人は恐るべき使い手なのは間違いない。先の男といい、これ程の者達が、自分を本気で殺しにきたのは何か重大な理由がある事は明白だったし、目の前の彼女は父の事を知っているようだった。



「であれば頼む、せめて先代のコーポスについて、知っている事を教えてくれ。」



 チヅルは僅かに頷き、シズカの方を向いて目配せをした。

だが、シズカがその口を開こうとしたとき、遠くから此方に向かって猛スピードで走ってくる車が見えた。



「姉様! 伏せて!」



 シズカがウツミとチヅルの前に仁王立ちになったとき、車の中から銃声が響いた。



 シズカの身体は一瞬硬直した様に震えると、腕を押さえながらその場にへたり込んだ。



「シズカ!」



 起き上がろうとするチヅルを抑えながら、ウツミもまた身体を伏せた。



 六文組ではない。龍門会か。



 ウツミが目を上げたとき、その車は目の前で急停止し、中から複数人の男が降りてきた。



 白いスーツに髪を短く束ねた中年の男と、サングラスを掛けた男達だった。



 意味あり気な笑みを浮かべた白スーツの男はコーポスを一瞥すると、シズカを部下らしき者達に担ぎ上げさせた。



「久しぶりだな、コーポス。いや、代替わりしているんだったな。俺の名はシゲノ・ライゾウ。お前とはじっくり話したいが、今日は時間が無い。」



「待て。その女性をどうするつもりだ?」



「この女には色々と聞きたい事があってな。少しの間、借りるぞ。」



 部下の男達は抵抗するシズカを無理やり車に押し込んでいるようだった。



 ウツミが駆け寄ろうと立ち上がったとき、ライゾウは懐から取り出した銃を向けた。



「お前を殺したくないんだ、コーポス。じっとしていろ。」



「断る。お前達はその女性を殺すつもりだろう。其れは断じて許さない。」



 ライゾウは笑みを浮かべると、ウツミではなくチヅルに銃口を向けた。



「お前が動けば、其処で頑張って起き上がろうとしている女を撃つ。其れでも良いのか?」



 ウツミはライゾウが冗談や脅しを言っているようには思えなかった。



 自分が動けば、目の前の男は間違いなくチヅルを撃つ。そして自分が動かなければ、シズカは殺される。



「コーポス! 私には構うな! シズカを助けてくれ!」



 チヅルが後方で悲痛な声を上げている。



 どうすればいい。途方に暮れた様に、ウツミは立ち尽くした。



「前のコーポスであれば、俺が銃を取り出す前に此の場を鎮圧しただろうな。」



 ライゾウはふっと笑うと、車に向かって歩き出した。その後ろには銃を構えた部下達が此方を伺っている。



 身体が動かない。まるで、父母を失い、コテツが殺され、シグレに殺されかけたときと同じだった。指一つ動かせず、頭は真っ白になっていた。



 そうしているうちに、車は走り出した。



 辺りにはチヅルの悲鳴にも似た叫び声が響いていた。

 

       

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