Neetel Inside ニートノベル
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 チヅルとシズカとの戦いから五日経っていた。



 毎日の日課である朝食の支度をしながら、キッチンに立つウツミは悶々とした表情を浮かべていた。シズカを連れ去られてから三日後、ウツミは暗い闇に包まれた路地でライゾウと出会った。顔を見た瞬間、思わず身構えたが、ライゾウは平然とした表情のままウツミを制した。シズカの居場所を聞いても知らぬ顔で答えようとしない。それに、まるで常に居場所を知られている様で嫌な気もした。だが、ライゾウの口から出てきたのは、耳を疑う話ばかりだった。



「パパ、おはよう。遅くなってごめん。」



 背後の声に振り向くと、水色のエプロンを着たアリスがいた。



「おはよう、アリス。もう少しで出来上がるから、座っていなさい。」



 ウツミはフライパンの上の卵を器用に畳むと白い皿に移し、チャービルを盛りつけた。



「肩を怪我しているんだから、無茶しちゃ駄目。パパこそ座っていて。」



 アリスは盛り付けた皿をひょいと持つと、手早くテーブルへ運んで行った。



 此処に住んでからというものの、アリスの表情は少しずつ柔らかくなっている気がしていた。氷の美貌はそのままに、時折笑みを見せる様になったし、本来の彼女に戻ってきているのかもしれない。信じた男性や母に裏切られた事によって出来た心の傷は、彼女から年相応の感情を奪っていた。耐え難い苦痛を感じた記憶は消えない。だが、其れを乗り越える力をアリスは持っていた。



 ウツミはフライパンを水に浸けると、アリス共に食卓に座った。



「いただきます。」



 焼きたての卵を頬張ると、口の中にほんのり甘く、柔らかい食感を感じた。



 ウツミはいつの間にか、毎日こうして朝食を作り、アリスと食事をする事が、掛け替えのない時間になっていた。アリス以上に、自分の心は癒されているのかもしれない、とウツミは思った。



「パパ、ちょっといい?」



 突然話しかけられたウツミが思わず顔を上げると、目の前にはアリスの直視があった。



 アリスの直視は思わず見惚れると同時に、誰もが目を逸らせない。その眼差しに見詰められれば自分が裸になった気分を味わう。それはアリスが自分を咎める手段の一つであり、何か隠し事をすると必ず向けてくる眼差しだった。



「アリスには嘘を付けないな。」



「パパはすぐ隠し事する。ここ数日、何度か目が泳いでた。そろそろ話してもいいんじゃない?」



「大した事じゃない、大丈夫さ。」



 アリスの眼が徐々に冷たさを帯びてきた。



「分かった、アリス。話すよ。ただ少し段階を踏みながら話す必要がある。」



「私はどんな話でも驚かないから大丈夫。準備が出来たら話し始めて。」



 何から話そうか。ウツミは考えを巡らせながら、すぅっと息を吸った。

       

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