この世には、弱さを曝け出しながら生きる人々がいる。
聡明さを敢えて愚で包む事を生きる術とした者達である。
奇怪極まり、したたかで悲愴な生き物だと思った。
イザヤに説かれるまで、自分はそれらを見ようともしなかった。
イザヤの言が的を射ていた事は後になって分かった。
呂角が重症を負い、イザヤが自分の元から去り、騒乱に敗れて投獄されてから其れを一層強く感じた。
冷たい独房の中で、ゴンゾウは一人となっていた。
打ちっぱなしのコンクリートに包まれた、六畳ほどの広さの部屋で、ゴンゾウは足を組み、目を閉じていた。
無期懲役を言い渡されてから既に三月となったが、会いに来る者は誰一人としていない。
当然の事だ、とゴンゾウは思った。
自分は誰も顧みなかった。真に愛を注いだ妻は死に、もう一人の女性は行方が知れない。
力によって立った者が力を失ったとき、それは破滅だった。
だが、アライを殺し、千年の都の王となった頃を懐かしんでいる訳ではない。
これは自分の征く道の一つである、と頑なに信じていた。
此処で終わるはずはない。
天意には確固たる信念はなく、ただ意思のみが存在し、自分がこの世に生まれ落ちた。
それを天命といい、宿命と言う。
何者をも恐れず、己が性のままに生きる、それが、ゴンゾウにとっての信念だった。
ゴンゾウは目を閉じたまま、何者かが檻の外にいる事を感じた。
「お久しぶりにございます。」
「イザヤか。我を嘲りに来たのか?」
「お暇を頂いてから、丁度一年となります。」
イザヤがどの様にしてこの場所に立っているのかは知れない。だが、その気と声は紛れもなくイザヤの物だった。
「くだらん詩歌など聞きたくない。去ね。」
「私は貴方の魂に導かれて来たのです。貴方はどこに居てもワタリ・ゴンゾウでいらっしゃる。決して己を見失う事がない。」
「俺の考えを見透かしたつもりか?」
イザヤは何も話さなかった。静寂の中で、長い沈黙が流れた。
「イザヤよ、サブロウに伝えろ。コーポスを殺せ、と。」
「そして、私がその手伝いをするのですね。」
「お前は既に俺の従者ではない。だが、お前もまた闇に生きる者だ。報酬は払う。」
「私が力をお貸しするのは、今回で最後とお考えください。」
ゴンゾウが目を開いたとき、イザヤの姿は無かった。
天井の見上げると、虚空の中に一筋の光が見えた気がした。
まるで彗星のように尾が伸び、其れはやがて独房の角、影の間に潜む影に消えていった。
「運命は我自身が決める。全ての神々にすら、変えはさせん。」
ゴンゾウは立ち上がると、闇の中で吼えた。
その雄叫びは地獄の業火の如く燃え盛り、全てを灰塵に帰すほどだった。