隻眼の獣は、激情の意思に身を焦がさんばかりだった。
共に産まれ、共に育った半身を失ったチヅルの慟哭は凄まじいものだった。
六文組の事務所に、鉄槍で口から肛門にかけて串刺しとなったシズカの遺体が運び込まれたとき、チヅルは糸の切れた人形の様に、その場にへたり込んだ。
目を刳り貫かれ、爪が剥がされ、皮膚には火傷の跡がびっしりと付けられていた。
チヅルは血を吐かんばかりの発作をしたのち、眼球を失った右目に爪を突き入れ、掻きむしり始めた。慌ててサブロウとジンパチが取り押さえたが、時既に遅く、床には夥しい血だまりが出来ていた。
数日後、サブロウは病室のチヅルを見舞った。ベッド横の椅子に腰を下ろすと、右目に眼帯を巻いたチヅルの顔をまじまじと見つめた。
「暫くは休め、チヅル。今の状態では、十分に働けんだろう。」
「最近は眠れません。敵の首を取り、その腸を食わねば気が済みません。」
一瞬、その左眼から発した豪炎に、思わずサブロウはたじろいだ。
自分はチヅルを子供の頃から見てきた。だが、目の前の者は、自分の知るチヅルではない。
既に、人ではでない。その姿はまるで、人を喰らう羅刹に思えた。
「今のお前は死兵だ。死に場所を求めている。そんなお前に、与える任務があると思うか?」
「あります。そして、サブロウ様はそれを躊躇なさっています。ですが、ご心配には及びません。今の私であれば、誰よりも其れを完遂出来ます。」
その通りだった。騒乱の日はもう間近となっている。そして死兵が必要だった。
千寿警察署襲撃。開戦の一時間前に警察署を占拠し、都市網を麻痺させる。
しかし、署内には有事に備えて大量の火器が存在している。汚職警官が多いとはいえ、死に物狂いの抵抗を受ける事は確実だった。本来であればソウジが行う任であったが、彼はもういない。
「チヅル、正直に言おう。俺やジンパチは、今回の騒乱で命を捨てるつもりでいる。だが、お前はまだ若い。六文組を継ぐ者達が必要なんだ。」
「私はこの十年、贖罪の機会を待っておりました。私の咎で先代組長が死に、共に雪辱を誓ったシズカが死にました。今、私は耐え難い苦痛を味わっています。」
チヅルは燃え盛る炎の宿る左目は、サブロウを貫いた。同時に、チヅルとシズカの幼い頃からの記憶が、まるで走馬灯の様にサブロウの脳内を駆け巡った。
「サブロウ様、お願い致します。どうか、私に死に場所をお与え下さい。チヅルは必ずお役目を果たします。」
サブロウは一瞬、目の前のチヅルに、幼い頃のチヅルと顔が重なった様に見えた。
チヅルとシズカは自分を親の様に慕い、自分もまた子として育ててきた。武芸を教え、礼儀を躾けた。そして、立派に役目を果たせるまで育った。だが、シズカは死に、チヅルは死に場所を欲しいという。
なんと心憂いことか。サブロウは襟元を正した。
「チヅル、命を下す。イシンらと共に千寿警察署を襲撃しろ。決して命を顧みるな。勇敢に戦い、雄々しく死ね。」
サブロウの頬から水滴が落ちたのを見て、チヅルは何も言わずに微笑んだ。