Neetel Inside ニートノベル
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 お互いに素顔を晒さないという条件で、彼女と向かい合った。マスク越しにも香る甘い匂いに包まれた部屋の中で、机を挟んだ対角線上に彼女はいた。



 顔に歪な鳥のマスクを被り、黒いロングコートのポケットに手を入れた彼女は、今にも得物の短槍を抜かんばかりに、静かな殺気を放っている。



 この距離で短槍を突き出されれば、間違いなく命はない。肌が泡立つほどの緊張感の中で、彼女と対峙していた。



「ライゾウ、早く仕事の話をしろ。私が殺意を抑えている間にな。」



「今は貴重な味方だぞ、シグレ。なあ、コーポス。」



 ライゾウは此方をちらっと見つつ、口元を綻ばせた。



 数時間前、自分はリビングでニュースを見ていた。暴徒と化した民衆を静止する方法を考えながら、アリスと朝食をとっている最中だった。そのとき、玄関のチャイムが鳴った。警戒しながら扉を開けると、目の前にはライゾウが立っていた。そして、今すぐコーポスとして、レ・マグネシアに来る様に言われた。



 拒否権はなかった。万が一断れば、アリスの身に危険が及ぶかもしれない。



 心配そうに此方を見つめるアリスの姿を背に、ライゾウの車に乗り込んだ。やがて店に着くと怪しげな地下室に通された。



 部屋に入ったとき、目に映ったのはソファーに腰掛けるシグレの姿だった。



 ライゾウは、思わず身構えた自分の肩をぽんと叩くと、シグレの対角線上に座る様に促した。



 改めて向かい合ったとき、生きている心地がしなかった。



 長いテーブルを挟んで、今にも殺しの間が起きようとしていた。



「お前達の味方になったつもりはない。私はただ、市民と秩序を守りたいだけだ。」



「それは俺も同じだ。千寿には光と闇が存在し、絶妙な均衡を保ちながら秩序があった。だが、あの火災を機に、全てが変わった。」



 ライゾウは咥えていた葉巻を灰皿の上に置くと、すうっと甘い香りの煙を吐いた。



「龍門会という大木が倒れ、残る闇の勢力もまた駆逐されようとしている。このままでは、闇に生きてきた俺達もお終いだ。だからこそ、手を組む必要がある。それに、お前は六文組に借りがあるんじゃないのか? コーポス。」



「借りはある。しかし、六文組もまた闇の勢力ではないのか?」



「奴らはゴンゾウの庇護にある。それに、今回の暴動を扇動したのは六文組だという噂もある。」



 六文組が敵であるとすれば厄介だった。彼らは任務の為であれば、自らの命を惜しまない。



 ライゾウはこほん、と咳を鳴らすと、テーブルの上に大きな地図を広げた。



 それは、千寿の複雑に入り組んだ路地や地下の水路が描かれた地図だった。ライゾウはその地図の上に、一つずつ駒やピンを乗せていく。



「青いピンが残った闇の勢力だ。随分と少なくなったろう?」



 暴動が起きる以前を思い返すと、その数は明らかに少なくなっていた。



 この一週間で、千寿を支配していた幾つもの組織が市民によって駆逐された。



 彼らは護るべき存在だった。だが、今は千寿に巣食う闇を晴らそうと武器を取った戦士となっていた。



「まずはゴンゾウの手足たる六文組を潰す。場所はアカメが掴んだ。シグレ、コーポス、頼めるか?」



「私は嫌だ。」



 シグレはマスクを取ると、灰皿の上にあった葉巻を口に咥えた。



 シグレの素顔を見たとき、思わず息を飲んだ。絹のような長い黒髪に、きりっと整った目鼻立ちに、何者をも寄せ付けない気の強さを感じさせる瞳。年齢はアリスとさほど変わらない様に思えた。



「そう我儘を言うな、シグレ。お前も、ゴンゾウや呂角に借りがあるのだろう?」



「奴らにはあるが、六文組にはない。それに、私はこいつと仕事をするなんて嫌だ。」



 ライゾウはやれやれといった表情を浮かべると、コーポスに目配せをした。



 その目は、頼めるか? と言った様に思えた。



「分かった。そこの我儘な小娘の為に、私が一人で行く。それで良いな? ライゾウ。」



「それでこそ、千寿のコーポスだ。頼んだぞ、二代目。」



 ライゾウは満足気に頷くと、此方に向かって片手を差し出してきた。



 二代目。そう言われたとき、一瞬父の姿がぼんやりと頭に過った。



 自分は、自分であれば良い。アリスに諭されてから、父の姿が段々と遠くに感じていた。コーポスは、もう父の影ではない。二代目として、ウツミ・タクヤのコーポスとして自立し、生きる。



 ライゾウと手を握り合ったのち、顔を真っ赤にしたシグレに背を向けて部屋を出た。

       

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