Neetel Inside ニートノベル
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 深夜、何も言わずに家を出た。



 夕食の焦げたチキンステーキを食べながら、レ・マグネシアであった事をそのままに伝えたとき、アリスは珍しく狼狽した。これまでになく危険である事を直感的に感じたのか、初めて自分を引き留めた。



 それでも行く、と告げた自分に向かって、アリスは静かに語りかけた。



「私はパパと出会う前、実家を飛び出してから、色々な男性と関係を持ちながら、家を転々としたわ。そんなあるとき、ニイミという名前の男と関係を持ったの。彼はお金持ちの紳士で、魅力的な男性だった。けれど、彼はサディストだった。公には見せない裏の顔を、彼は持っていた。心も、身体も傷つけられて、私は彼の家から逃げた。それから、私は男性の裏の顔が怖くなって、セックスにも自暴自棄になって、何もかも拒絶しながら駄目になっていった。そんなとき、パパと出会ったの。パパとの家族ごっこは楽しかった。けれど、あるとき私がパパに対する気持ちに気付いたとき、ニイミとの記憶を思い出して、パパを拒絶して、また家を出た。母達に捕らえられて、レイプされかけたとき、目の前にコーポスが現れた。パパの裏の顔は、私を心の牢獄から解き放ってくれた。そのとき、私は感じたの。私は導かれて此処に来たんだなって。」



 アリスはテーブルの上にある赤い髑髏の面を取って、自分に差し出した。



「ウツミ・タクヤの、魂に。だから、必ず生きて帰って来て。」



 アリスの目から流れる一筋の雫を指で掬うと、自分は彼女を抱き寄せた。



「アリス、聞かせてくれないか? 君の本当の名を。」



「私の名前は、アイハラ・サキ。かつて、私はこの名前が嫌いだった。けれど、今は貴方に呼んで欲しいの。今なら、きっと自分を受け容れられる気がするから。」



「何度も呼ぶさ。サキ、サキ、私は君を愛し続ける。」



 神に誓った。彼女を、永久に幸せにする。



 どのような運命が待っていようとも、その愛を離さない。死に至るまで、サキを護る。



 ウツミ・タクヤのコーポスとして、生きる道を指し示してくれた彼女と、共に生きる。



 その晩、自分は寝静まったサキの頬に口付けをし、家を出た。



 深夜でありながら、千寿中央の方角からは叫び声が聞こえる。



 アカメから渡された地図によれば、六文組が潜伏している場所は千寿の南端、かつて陸道組があった場所だった。今では組をたたんで、自動車修理工場を経営している。以前は其処にゴンゾウや呂角も潜伏していたらしい。工場内の図面を見ると、曲がりくねった小さな通路や、行き止まりも多く、まるで迷路の様だった。



 だが、図面には建物への侵入経路が記載されていた。アカメが事前に建物を囲むコンクリートブロックの一箇所を破壊し、未だその修繕は終わっていないという。其処から侵入し、警備の少なそうな裏の勝手口から建物内に入る。そこから先は道を指し示すものは書かれていない。あとは任せる、という大雑把な指示なのだろう。



 だが、不思議と不安を感じなかった。アイハラ・サキの存在が、自分を強くしたのかもしれない。



 遠くから聞こえてくる喧噪を背に、南へ向けて駆けた。

       

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