Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 研ぎ澄まされた静寂を斬る刃は、日に日に鋭さを増していった。



 月は隠れ、暗闇の部屋でジンパチは刀を振った。



 かつては六文組にその人ありと恐れられたジンパチだったが、第一次騒乱の数年前に前線を退き、次代の組員を育成する立場にあった。当初は説教が古臭いと若い組員に煙たがられる事もあったが、粘り強く接するうちに、徐々にその精神や剣技、数々の武勇伝は若者の羨望の的となっていった。



 だが、肉体の衰えは隠せなかった。身体は硬くなり、頭で思い描く通りに動く事が難しくなった。座している間にも身体中から気が漏れ始め、刀を取る機会も減っていった。死に近づいていく心境に至ったとき、第一次騒乱が起こった。竹馬の友であった先代組長が落命し、雌伏の十年を過ごしている間、ジンパチは再び刀をとった。



 久々に振る刃の音は鈍く、全盛期の其れと比べると、まるで見る影もなかった。それでも、ジンパチは刀を振った。傍らで訓練に励む若い組員達を見て、再びジンパチの心火が灯された。先代組長を失い、意気を消沈させている暇などなかった。年齢は七十を過ぎ、髪や髭は白くなり、刀の振りは全盛期の半分以下の速さとなった。全身の関節も錆び付いている。一線級の殺し屋と斬り合えば勝ち目はない。そうであっても、ジンパチは刀を振り続けた。



 そして齢七十六のとき、遂にその時が来た。ゴンゾウ出所と共に、六文組は動き始めた。その戦場にジンパチの姿は無かったが、精神的支柱として後方に鎮座する生ける伝説は、六文組員を大いに鼓舞した。



 次代を背負うべき若い組員達は、想いと血潮を燃やし尽くして散っていった。ジンパチは其れらを全て見た。彼らが何を思い、どう生きたのか。ジンパチの刃音には、今でも散った者達の想いが息づいている。



 やがて、暗闇の中でジンパチは刀を鞘に納めた。丁度雲が晴れ、月の光が部屋へ差し込んだ。明日、また新たに補充される組員達がやって来る。それらを視て、急ぎ六文組の戦力に変えなくてはならない。サブロウが机上の仕事に忙殺されている分、自分が身命を賭して行わなければならないものだった。



 月の明かりが部屋の中央を照らしたとき、ジンパチの背後に一陣の影が降り立った。



 影は振り向きざまに刀を抜こうとしたジンパチの腕を叩くと、鳩尾を強く打った。だが、ジンパチは倒れなかった。影に向けて拳を振り下ろし、その左肩を掠めた。



 影は怯む事なく距離を取った。そして、その姿を月の光が照らした。



「コーポスか。生きている内に相まみえようとは思わなんだわい。」



「衣服の下には鎖帷子か。名のある相手とお見受けした。ご老人、名は?」



「舐めるでないぞ、コーポス。わしは六文組のカキヅカ・ジンパチ。かつて一夜で百人を斬った夜桜のハチとはわしの事じゃ。」



 ジンパチは鎖帷子ごと上着を脱ぎ捨て、刀を抜き放った。七十六とは思えない鋼の肉体が露わとなり、その肌には、大小合わせて百近くの傷が刻まれている。ジンパチは剣先をコーポスに向け、左から一歩ずつ進み出した。半身のまま重心を前に送り、足で蹴る事無く左の膝を緩めるだけで体は前に進んだ。美しく、隙のない半身だった。その動きは間合いを詰むごと速くなっていく。



 宗巖無心流。一の太刀を疑わず、初太刀から勝負の全てを掛けて斬りつける先手必勝の剣法。体と刀が一体となり、コーポスの正中線を捉えた。



 猿叫。神速の太刀がコーポスの頭蓋を目掛けて振り下ろされた。



 暗い室内で甲高い金属音が響き、赤い火花が飛び散った。



 振り下ろされた刃はコーポスの右拳と交錯し、その手に付けていたカスタムスチール高強度製の右手甲を弾け飛ばした。だが、斬った感触はなかった。剣先が床の上で止まったとき、ジンパチは腹部を突き破られた感覚に襲われた。丹田が軋み、呼吸を忘れる衝撃だった。薄れゆく意識の中で、ジンパチは刀を握る力を強めた。



 もう一太刀。腕を上げようとしたとき、その身体は前のめりに倒れた。

       

表紙
Tweet

Neetsha