Neetel Inside ニートノベル
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 地図上のピンの数は毎日の様に減っていた。



 闇に住む者達は悉く血祭にあげられ、六文組の崩壊後は、ゴンゾウ傘下であったはずの組織まで潰されている。ゴンゾウは旗下の者達まで排除の対象とし、市民自身の手で粛清を遂げさせている。



 だが、これはチャンスでもあった。



 庇護を失ったゴンゾウ傘下の者達を糾合し、共に王を葬る。賭けにも等しいが、其れが最適の方法だった。ライゾウは口から甘い煙を吐くと、正面のソファーに寝転がるシグレに目を向けた。



「今度、お前の親父は市長選に立候補するらしいぞ。今からでも、よりを戻したらどうだ?」



「何度も言わせるな。彼奴は私の親父じゃない。」



 シグレは酷く不機嫌そうだったが、誰よりも落ち着いていた。



 ゴンゾウと呂角を殺す事以外、何も考えていないのかもしれない。だが、使える駒は大幅に減り、コーポスが行方知れずの中、シグレの沈着さは不思議と頼もしく映った。



「シグレ、俺は残った全ての闇の勢力を糾合し、ゴンゾウ殺害の計略を練っている。」



「どんな策だ?」



 シグレは飛び起きると、目を輝かせながら此方を見詰めてきた。



 本当に、殺し以外は何も考えていないのかもしれない。



「策はある。だが情報が足りない。下手に探れば人数を失う。」



 ここ数日、ライゾウは配下のアカメを遣ってゴンゾウの居場所を掴もうとしていた。だが、有益な情報を得られなかったばかりか、アカメまで市民に殺されかけていた。



「だからこそ、奴の力が必要だ。頼めるか? シグレ。」



「イザヤか? 彼奴の予言は当たった試しがないぞ。」



「正直、藁にも縋り付きたい状況なんだ。可能性が零じゃない限り、使える物は、全て使う。」



 シグレは溜息を付くと、扉の方向に目を向けた。



「そこにいるんだろう? イザヤ。お前の力が必要だそうだ。」



 そのとき、ライゾウの背後で、がちゃり、と扉が開く音がした。



 驚いて振り返ったライゾウの目の先には、全身に襤褸を纏ったイザヤの姿があった。



「ライゾウ様、お久しゅう御座います。」



「遂に俺の地下室にまで現れたか。お前は本当に神出鬼没だな。」



 イザヤとはかつて敵同士であったものの、シグレを通じて協力関係を築いていた。当初は謎解きの様な言葉を紡ぐ妖しげな宗教家という認識だったが、後に思い返してみると、はっと気付かされる事がある。占いの類を信じない自分であったが、イザヤに対してはどこか魔力めいたものがあると感じていた。



「早速だが、ゴンゾウの居場所が知りたい。襲撃に最も適した時期も、併せて教えて欲しい。」



「私は神の御言葉を紡ぐ者です。お役に立てるとは思えません。」



「安心しろ、報酬は幾らでも払ってやる。」



 ライゾウは立ち上がると、自身の腕時計を外してイザヤの前に放った。以前、シグレから聞いた依頼の方法だった。イザヤは、決して現金を受け取らない。



「分かりました。では――」







「やがて嵐が来る。月は東に流れ、星々が石崖に堕ちる。



 大地が大人しく発狂し、伸びし甍はさも蛇尾のよう。



 空は割れ、猩々達が唄う。



 夢は願う物であり叶える物。夢は見る物であり望む物。



 宿命に身と魂を委ねて歩む者には、誠実な虚偽が待っている、と。」







 それきり、イザヤは時が止まった様に押し黙ってしまった。



「イザヤ。俺には何を言っているのか解らん。何か謎解きのヒントをくれないか?」



 イザヤは口を開かなかった。考えれば考えるほど混乱してくる上に、本当にゴンゾウの居場所を言ったのかさえ怪しく思えてくる。暫く考えあぐねていたとき、それまでイザヤを眺めていたシグレが、急に口元を綻ばせた。



「機は明日午後十一時、場所は千寿南の波止場、ゴンゾウは黒いバンに乗っている、そうだろう? イザヤ。」



「仰る通りです。ですが、予言とは道を指し示す物。ご油断なさらない様に。」



「お前の予言は外れる。期待せずに行くとしよう。」



 ライゾウは力が抜けた様にソファーに腰を下ろした。そして、目の前の二人がどう意思を疎通したのかは、あまり考えない事にした。しかし、イザヤの予言が正しいとすれば、準備を急がなければならない。ゴンゾウ傘下の者達にも伝達をし、集められるだけの人数を揃える。万事上手くゆけば、およそ三十人程度の集団となるだろう。



「シグレ、俺は急ぎ人数を集めつつ策を練る。お前は其処で休んでいて構わない。」



「そうさせて貰う。陸は騒がしいからな。」



 ライゾウがアカメを呼ぼうと、扉の方向に顔を向けたとき、既にイザヤの姿は無かった。

       

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