いつの日か償えると信じて、誰もが罪を背負い、悪を犯し続ける。
黒光りの千年の都は、そんな人々が必死に生き続ける地だった。
だがその地には、決して魂の救済を求めない者達がいる。全身に血を浴び、殺した敵の腸に巻かれないと眠りに付けない者達がいる。
彼らは過去を顧みず、ただ己の為に戦う。その目的は名誉や誇り、栄耀栄華への欲求、或いは崇高な志と様々であったが、今回の戦いは違った。
逆らいようのない運命に逆らう。
戦いから生還したとしても、待ち受けているのは破滅しかない。
それでも彼らは、銃を手にとり、刀を構えた。
無意味な戦いに命を賭ける事の愚かさを知りながら、彼らは身を潜め、その時を待った。
やがて、王はやってくる。王自身が企みを知っていたとしても、その王はやってくる。
それが孤高の王、ワタリ・ゴンゾウだった。
一直線上に伸びる己が道の上に、他者が入り込む事を決して許さない。
生きるべくして生き、死ぬるべくして死ぬ。
道を違えず、後方を振り返らず、王はその道を往く。
やがて、暗闇に身を潜めた者達の目の前に、王を乗せた車が停まった。
王は扉を開けると、自らその矢面となる様に車から降りた。
三十人前後の刺客に囲まれた周囲を、虎の様な瞳でぎょろりと見回すと、正面に向けて咆哮した。
「我こそが、ワタリ・ゴンゾウだ! 闇に生きる者共よ、此処で共に死ぬか、どちらかが滅びるか、天の理を賭けて殺し合おうではないか!」
刺客達が吼えた。構えていた銃から鉛の弾が撃ち出された。
だが、ゴンゾウの前には金剛不壊の城壁が立ち塞がった。
其れは、大方天戟を構えた呂角だった。
隻腕で九尺の大方天戟を神速の如く振り回し、飛び交う鉛弾を蝿の様に、一粒残らず叩き落としていく。
呂角は囲みのある一点に飛び込むと、刺客に向けて大方天戟を一閃した。
刃は唸りを上げて旋回し、刺客達の囲みを寸断し、薙ぎ払った。
幾多の首が血の飛沫と共に宙に舞い、鞠の様に落ちていく。
そのとき、囲みの外から白い衣服を纏い、一際長い刀を携えた異形の獣が、一陣の疾風の様に暴風の中へ突入した。
「やっと見つけた、ワタリ・ゴンゾウ。あと呂角。」
それはウンノ・ソウジだった。
左手を鯉口に添え、右手で柄を掴むと、暴風の一点へ虎眼丸を抜き放った。
刃が生き物の様に伸び、暴風の一点に吸い込まれたとき、呂角の動きが止まった。
ソウジの眼には、虎眼丸の刃が呂角の左腕を斬り落とした様に見えたが、柄を持つ手には、僅かな手応えしかなかった。
この距離で、避けられた。
ソウジは荒ぶる夜叉の様に飛び掛かると、虎眼丸を呂角の首に目掛けて突いた。
「ゴンゾウ様、お逃げください。」
呂角はそれだけ呟くと、大方天戟を縦に振り下ろした。
振り下ろされた刃はソウジの頭蓋から足元までを虎眼丸ごと両断し、一際大きな血の柱が立った。
「頼んだぞ、呂角。」
乱れきった囲みの中を走り抜けようとするゴンゾウの前に、もう一人の刺客が躍り出た。
「我らの罠に飛び込んでおきながら、思い上がるな、ゴンゾウ。」
右手に短刀を持ったアカメだった。短刀を真横一文字に振り抜き、後方に避けんとしたゴンゾウの胴を浅く斬った。
ゴンゾウの胴から少量の血が飛び散ったとき、呂角の表情が変わった。
その貌は悪鬼か、羅刹か、鬼人か。
呂角は両断したソウジの亡骸を蹴倒すと、ゴンゾウの盾となる様に、その前へ立ち塞がった。そして、尚も返し刀で短刀を振るうアカメの胴に、大方天戟を突き通した。
だが、アカメもまた怯まなかった。
腹部に刺さった槍を手繰りよせ、その柄を両手で掴んだまま離さない。
「ライゾウ様! 今です!」
アカメが血の塊を吐きながら叫んだとき、遠くから銃声が轟いた。
灰色の煙と共に銃口より射出された弾丸が空気を裂き、呂角の真横を通り過ぎた。
大方天戟を横に薙ぎ払い、アカメの胴を真っ二つにした呂角の後方で、肉が弾ける音がした。振り向くと、腹部を右手で押えたゴンゾウの姿があった。
「問題ない呂角。此処は任せたぞ。」
息を切らしつつも、ゴンゾウの声にはいつもと変わらぬ覇気が宿っていた。
右手で腹部を押えながら、ゴンゾウは囲みの外へと駆け出した。
追いかけんとする刺客達を塞ぐ様に、呂角は血に塗れた大方天戟を天に向けて振り上げた。仁王立ちとなった鬼人を前に、刺客達の手が止まった。
眼を怒らせ、二十人近くの刺客を見渡したとき、刺客達の中に見覚えのある男を見定めた。
白いスーツに髪を短く束ねた中年の男。紛れもなく、シゲノ・ライゾウだった。
「貴様らの馬鹿げた夢は、此処で終わりだ!」
ライゾウとその周辺の刺客が引き金を引くのと同時に、呂角は鬼人の笑みを浮かべ、ライゾウを目掛けて突進を始めた。
飛び交う幾多の弾丸を叩き落とし、その元へ迫ったとき、ライゾウの放った弾丸が呂角の左頬を抉り取った。
「地獄に堕ちろ! 化け物め!」
ライゾウが次の引き金を引くよりも早く、呂角の大方天戟が一閃した。
夥しい血の飛沫が上がり、首を失ったライゾウの身体はその場に崩れ落ちた。