Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 夜空の星々が堕ちていく様子を見て、ある詩人が詠った。





「私たちは押し殺すことが出来るのか、あの年老いた、長い後悔を。



 生き、蠢き、這いずり、蛆虫が死者を食らう様に、青虫が樫の木を食らう様に。



 果たして私たちは押し殺すことが出来るのか、あの年老いた、長い後悔を。



 どの媚薬の中に、どの酒の中に、どの煎じ薬の中に、この古くからの敵を沈めようか。



 娼婦のように破壊的で貪欲で、蟻のように辛抱強いこの敵を。



 それはどの媚薬に、どの酒に、どの煎じ薬に。



 言うがよい、美しい魔女よ。知っているなら言うがよい、



 苦悩に満たされて、幾人もの負傷者に押し潰され、馬の蹄に傷つけられている死者にも似たこの精神に向かって。



 早く言うがよい、美しい魔女よ。知っているなら言うがよい。



 狼がすでに嗅ぎ付け、カラスが目を光らせている



 この死に際の者に向かって、この傷ついた兵士に向かって。



 彼らが十字架と墓とを持つ事を、諦めねばならぬかを。



 狼がすでに嗅ぎ付けた、この死に際の者を。



 泥まみれで暗黒の空を輝かすことが出来るのか。



 闇を切り裂くことが出来るのか。



 瀝青よりも濃く、朝も夜もなく。



 星もなく、陰鬱な輝きもない。



 その泥まみれで暗黒の空を輝かすことが出来るのか。



 宿屋の窓格子に輝いていた希望は、吹き消されて、永遠に死に絶えた。



 月もなく、光もなく、劣悪な道に苦しむ殉教者を、どこに泊めるというのか。



 悪魔は宿屋の窓格子にあった全てを消し去ってしまった。



 素敵な魔女よ、お前は地獄落ちの者を愛してくれるのか。



 言ってくれ。



 お前は許されない罪を知っているか。



 お前は知っているか。



 その毒矢で私たちの心を的にする後悔というものを。



 おお、素敵な魔女よ、お前は地獄落ちの者を愛してくれるのか。



 取り返しのつかぬものは、その呪われた歯でもって、私達の心という惨めな記念碑を貪る。



 そしてしばしば攻撃する。



 あたかも白蟻が建物の土台から襲う様に。



 取り返しのつかぬものは、その呪われた歯を以て貪る。



 時折、私は見た、凡庸な劇場の奥を。



 響きの良い楽団に照らされ、一人の妖精が地獄の空の中で、奇跡的な暁に火を灯すのを。



 時折、私は見た、凡庸な劇場の奥で。



 光と黄金と紗に他ならないとある存在が、巨大な魔王を打ちのめすのを。



 しかし私の心には、興奮が訪れることは決して無い。



 それは一つの劇場だ、そこで人は待ち続けている。



 常に、常に無駄に、羽根の生えた紗の存在を。」







 月明かりの下、ゴンゾウは天を眺めていた。



 血に塗れた腹部を押えながら、地に腰を下ろし、流れゆく星々を見ていた。



 水飛沫のみが聞こえる静寂の波止場で、王は天に吸い込まれる様な気分を感じていた。



 遠くから、長い尾を引いた箒星がぐんぐんと近付いてくる。



 そして、その箒星は己の真上を飛び越え、遥か彼方へと落ちていった。



 鉛によって肉を裂かれた痛みは徐々に消えつつも、丹田より血と気が漏れ始め、皮膚の表面から色が抜けていく。



 だが、暖かだった。



 水飛沫の音が遠くなっていく。



 ゴンゾウはふっと笑うと、懐から一丁の拳銃を取り出した。



 やがて正面を向くと、目の前には人の姿をしたワタリガラスが佇んでいた。







                     【散華の章  完】

       

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