崇高な力が命じるところによって、詩人がこの憂鬱に落ち込んだ世界へと現れたとき、彼の母は慄き、呪詛の言葉に満ち溢れて、神に向かってその拳を握り締めた。
「ああ! こんな情けないものを育てるくらいなら、どうして私はマムシの塊でも産み落とさなかったのでしょうか!
呪うべきは、私の腹が贖罪を宿した儚い快楽の日々でございます!
あらゆる女の中から、御身が私を選び、私の不運な夫に嫌悪を抱かせたのですから。
そして私は、この背の歪んだ怪物を、恋文のように、炎の中へと投げ捨てることが出来ないのですから。
私を苦しめている御身の憎しみを、御身の悪意が奏でる呪われた楽器の上に投げ返し、そして、この憐れな木を力いっぱい捻じりあげて、病毒に侵されたその新芽が生えてこないようにしてしまいましょう!」
「その詩は、お前自身の事か?」
シグレは不機嫌そうにイザヤの言葉を遮った。
夜、酒を飲んだ後のイザヤは普段の何倍も饒舌になり、酔いが覚めるまで謡い続ける。
酷い時は三日三晩謡い続け、シグレは不眠症になった事がある。
「私ではありません。ある非凡な詩人のものです。闇があるからこそ、光があります。そして闇から出てきた者ほど、本当の光の有難さが分かります。」
「酔いが回ったな、イザヤ。暫くは酒を慎め。」
シグレはコートのポケットに手を入れると、イザヤの潜む闇へ顔を向けた。
「私は千寿を出る。此処は眩しくて敵わん。」
「我が主に告げます。貴方が道に迷われたとき、傍には必ず私がおります。」
それきり、イザヤの声は途切れた。そして、路地裏に残った小さな闇が、霧散する様に消え去った。
シグレは煙草に火を灯すと、星々が照らす夜空を見上げた。
「次は、何処の宙へ往こうか。」
血に濡れたワタリガラスは、何処へと飛び去っていった。
時季の変わり目を知らせる、雨となって。
【時雨の章 完】