Neetel Inside ニートノベル
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理想的な人生
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 それは、実に理想的な人生だった。
 男子高校生として生活を営んでいる僕は、17歳だった。
 僕はどうしようもないくらい馬鹿で、人の話を聞くのがひどく苦手で、何を聞かれても自分の話ばかりする人間だった。僕はどうしようもない人間だった。
 だけどそんな僕は、人間関係に恵まれていた。愛すべき恋人や憎めない友人に囲まれ、苦しくも楽しい高校生活を送っていたのだ。
 春になれば桜が芽吹くのと同じように新学年への期待に胸を膨らませ、夏になれば友人や恋人とひと夏の思い出を作るために奔走する。夏祭りや花火に胸をときめかせる。
 秋になれば文化祭に精を出す。文化祭をきっかけに、僕の周りをとりまく友人達は、想い人との距離を少しずつ縮めていく。
 冬になれば卒業式に涙を流す。先輩のいなくなった三年生の教室に入ると、先輩と過ごした思い出が頭の中に溢れてくる。先輩の席に座ってみる。机や椅子は新三年生のために汚れ一つないくらいピカピカに拭いてあり、先輩の所有物なんて机のどこを探しても存在しない。途端に胸が苦しくなってしまう。先輩のいない教室をあとにして、校門へ向かう。 僕を待ってくれていた恋人が、僕に向かって手を振る。寒かったよ、どこ言ってたの?
 そう聞かれると、僕は正直に先輩の教室に行っていたんだ、と答える。
 そうなんだ、と恋人は寂しく言う。先輩、卒業しちゃったね。寂しいよ、と恋人は物悲しい声色で言う。寂しくなるね、と言いながら、僕は空を見上げる。
粉雪が降っていた。手を伸ばして粉雪に触れてみると、すぐに溶けてしまった。
 恋人と話しながら、粉雪舞い散る帰り路を行く。
 ポケットに入っていたカイロでかじかんだ冷たい手温め、そして来たるべき春に想いを馳せた。
 ……以上のようなイベント群が、僕の送っている学生生活であった。
 つまりはそれは、理想的な人生だったのだ。
 ……なんていうのは、嘘である! まあ、そんなことはもうここまで読んでくれた人ならわかるよね。むしろわかってこれなきゃ困る。
 そもそも今の僕は高校生ではないし、高校なんてとっくの昔に卒業したんだ。
 それに高校生活だって、こんなリア充イベント盛りだくさんのハッピー青春ライフなものではなかった。むしろ、それとは対極的だったのだ。友達は数人いたが、どれもモテず、恋愛に精を出す男女を羨望のまなざしで見つめるばかりだった。
 モテない冴えない顔も良くないのないないづくしの僕は、文化祭だって蚊帳の外だった。
文化祭において表舞台に上がることは一度もなく、いつも大道具や買い物係などの裏方に回っていた。
 もちろん、それが嫌だったわけじゃない。文化祭を謳歌する男女は、なんというかきらびやかで、眩しかったのだ。直視できなかったのだ。だから彼らが脚光を浴びている裏で、僕はひっそりと暮らしたかったのだ。――もちろん、何かチャンスがあれば想い人と恋人になることができればいいな、とずっと思ってはいた。そう、思ってはいたのだ。
 モテない冴えない顔もよくない、この三拍子に加え、僕は勇気も持っていなかったのだ。
 だから僕は、入学当初から想いを寄せていた女の子に、結局卒業式の日になっても告白することができなかったのだ。
 くだんの理想的な高校生活を送る僕とは、大違いである。
 それでは、先ほどの理想的な高校生活を送る僕というのは、一体何者だったのだろうか? 一体どんな時間軸の話をしていたのだろうか?
 端的に説明すると、僕が思い描いていたあの理想的な高校生活というのは、今朝の夢であった。


 現実の僕は、どうしようもない人間になっていた。塞ぎこみがちのコミュ障で、リア充とは最も遠い星に住んでいるであろう者。
 最近では、では野良猫と目を合わすことさえままならないという体たらくだ。


 そんな僕は、今ガソリンスタンドに向かっている。もちろん、某アニメ好き放火魔のように、タンクいっぱいにガソリンを給油するためではない。
 僕がタンクいっぱいにガソリンを貯める、その理由――それは――。


 眼前には見たことのない高さの炎が舞い上がっていた。ガソリンスタンド内の敷地でガソリンをまき、火を点けたのだ。
 幸い、セルフのガソリンスタンドだったので、僕の周りに人はいなかった。もし僕の周りに人がいたとしたら、大変なことだ。そうなれば某放火魔の二の舞だ。
 僕は、僕の人生に対して言葉には言い表せないような怨みを持っているけれど、かといって僕が持っているこの底なしの社会への復讐心に、関係のない他人を巻き込みたくはない。むしろそうなってしまっては嫌だ。それは僕が望んでいることじゃない。


 バチバチと音を立て、黒い煙がもくもくと空へと舞い上がっている。
 僕は天を仰ぎ、僕に降りかかるこの世の全てを憎んだ。
 そして僕は、残ったガソリンを全て周りに撒き散らす。空になったタンクを床に乱暴に叩きつけ、僕はめらめらと燃え上がる炎の中に歩を進めていく。
 ――それは、実に理想的な人生だった。
 そして、次の瞬間――。


 ……、……。



<終わり>



       

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