カラスの王が飛ぶ。リンとリクが遊んだ柴犬を喰い殺した奴だ。羽根が赤黒いのは返り血を浴びすぎたせいだ。彼が近付くと他の鳥や木々がざわめく。王は一喝して彼らを脅す。騒ぎを止めない奴から喰い殺す。王は他のカラス達より二回りほど大きくなってしまっており、生きていくのにより多くのカロリーを必要とする体になってしまっている。タガの外れた体になってしまったのは、街の底に流れる毒を浴びすぎたから。喰らい続けて取り込み過ぎたから。それでも死ねない強靭な体であってしまったから。

 雲を割って光の束が王の体に降ってくる。冬桜を散らす風が吹いてくる。負けずに王は飛び続け、すれ違う同族を飛んだまま捕らえ、喰らう。嘴の中で同族が鳴く。美味いはずはない。咬み千切った同族の嘴を吐き捨てる。地上に突き刺さったそれはそのまま墓標となる。

 王も眠る。
 まだ幼い頃の夢を見る。
 まだ空を飛べなかった昔の夢を。
 小さな虫だけ食べていたあの頃を。
 猫になぶられ、餓えた同族に襲われかけた幼き日を。彼を守る為に命を落とした親カラスを傍目に見て、初めて空に飛び立ったあの日の夢を。
 覚めた目が見つめる空は、あの日と変わらない。
 変貌したのは自分ばかりで。
 王は自分では気付いていないが、いつだって同じ街の空を飛んでいる。降りて喰らうのはかつての自分に似た者ばかりだ。

 リクが拳を握り締めている。空にカラスの王の姿を認め、遊び仲間だった野良犬の復讐を叫んでいる。涙は出ない。寝起きの王はリクの叫びに気付かず、かつての同族のなれの果ての糞を街の底に向かって落とす。公園で本を読んでいた村野の腕にそれは落ちる。村野は構わずページをめくる。行間に村野の書いた文字がびっしりと埋め尽くされている。元から印刷されていた文章と、自分で書き足した文章とをどちらも村野は読んでいる。激しいくしゃみをして「ちくしょう」と呟き、村野は寒さに気付く。
 
 叫び続けたリクが声を枯らしたのとは対照的に、リンは美しい声で歌っている。彼女の父が好きだった歌を。二人の元にも光の束が降ってくる。激しい風が冬桜を散らす。口に入った花びらをそのままリンは呑み込む。ボロアパートに帰り、二人は寄り添って眠る。地面を掘り、小さな虫ばかり食べる夢を見る。いつの間にかボロアパートの屋根に降り立っていたカラスの王と、夢が混ざる。


(続く)
 
sage