Neetel Inside 文芸新都
表紙

脳内麻薬が氾濫したら・・・
閉鎖病棟へ

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 鍵のかかった両開きの鉄の扉の前に着いた。
「ご家族の方はここまでで・・・」そう言いながら解錠し、扉を開くとその2メートルほど奥に動物園の檻のような鉄格子の扉が見えた。その奥の廊下に患者さんらしき姿も見える。
家族を鉄扉の外に残したまま、私だけが鉄格子の間近まで入るように誘導された。鉄扉は閉ざされ、家族の姿は見えなくなる……この扉に再び鍵をかけてから、奥の鉄格子の鍵を開けた。中に入り、鉄格子の扉にも鍵をかけ廊下を進むと、左手に診察室があった。奥にはナースセンターもあるようだ。
私は先ず診察室に入るように言われた。ここで手荷物を全部看護師に持って行かれた。泣きながら若干抵抗する私から「いらないねー、いらないねー」と言いながらリュックを半ば強引に剥ぎ取る。
何もなくなったと思った。家族も、なんにも・・・・・・・・。号泣。

 「お昼は?食べた?まだ食べてないの?」ある看護師が泣き続ける私を気遣って、「食事ある?残ってる?」と他の職員とやり取りをして昼ごはんを用意してくれた。
朝から病院をはしごしてきて、もう正午をかなり回っていた。
ご飯、汁物、おかずという、給食のようなお膳が運ばれてきた。廊下の作り付けのカウンターみたいな所で椅子を持ってきてもらって一人泣きながら食べる。
車いすの年配の方が右側に来て話しかけてくる。「泣いとるのかぁー何が悲しいー、、、」
私は父が亡くなった時の話をしてもっと泣き出した。「悲しいのかぁーウワァ〜・・・」車いすの患者さんも泣く。私、もっともっと泣き出す。
「も〜、泣いてちゃ食べられないから…早く食べちゃって」看護師がそう言いながら車いすを引き、患者さんを遠ざけた。
ちょっと認知症っぽかったけど、精神病ってカンジではないおばあちゃんだった。

     

 鉄格子の奥のエリアには何十人かの患者さんがいた。60〜70代くらいの人が多そうだ。大半の人が上体を腰から折り曲げ、額を床につけてへたり込んでいる。掃除をしている人もいた。
膝を抱えてうつろな目でずっとちっちゃく揺れてる女の子…彼女が一番若そう。二十歳位かな。 
「あんた、今日初めて来たの?なんにも持ってないでしょう?これあげるわ」そう言ってポケットから乱雑に折りたたんだチリ紙の束をよこしてくるオバちゃん…「あぁありがとぉございますぅ・・・」と受け取ったけど精神病なんだろうなぁ・・・こんな気の狂った人たちと一緒にされるなんて・・・正直、そう思った。

 看護師が左手にあるナースセンターの前で「私達ここにいるから、何かあったら言ってね。」と言って去った。この鎖された空間の中には・・・わたしの記憶では病室が4つあった。すべて畳の敷いてある和室で、ベットが2つ置いてある部屋が一箇所ある。
入って一番手前右側の部屋が私が居て良い場所らしい。たたみ十数畳ぐらいの和室に、10名ほどの患者さんがいる。
古びた大型のエアコンが備えてあるが稼働してないのか、とても寒い。特に足元が。私は、着ていたパーカーを脱ぎ、袖部分に足を突っ込んで丸まった。
「リョーさん、私が初めてココに来た時と同じことしてる〜」部屋にいた同世代くらいの女性がそう言って笑った。名乗った覚えはないが、なぜか私の名前を知っていた。
「今日来たんじゃーなんにもないよね。これ、私のだから使っていいよ。」パラソルハンガーに掛かった“まなみ”と書いたフェイスタオルを指差して彼女が言う。まなみさんは夜になった時も「わたしの隣で寝る?」とか、やたらと世話を焼いてくれていたので、本当に隣で就寝するまで実は職員なんじゃないかと思っていた。私の名前も最初から知ってたし。

 ベッドでおばあちゃんが「ちょっとアンタ〜、トイレ連れてってー!」と叫んでる。ナースセンターを覗くと、3人でお茶を飲んでいる。
「呼ばれてますよ」と、声をかけると、一人の看護師に「・・・…今、休憩中ー」と、憮然とした口調で言われた。数秒無視された後に。
    ーーー何かあったら言ってねって言われたんですけど…。
別の看護師が出てきてベットのある部屋へ。
「オムツしてるからいいのよーしちゃって。ここですればいいから〜」寝たきり老人のようだった。もう1台のベットにも高齢者が寝ていた。
さっきの車いすの人といい、寝たきり老人といい、こんな厳重に鍵のかかったスペースに閉じ込めておく必要なんてないのに・・・。
「ここは家族に捨てられた人たちが来る場所なんだよ」ある看護師がポツンと言った。
「こんなトコに居たら誰でもおかしくなるわ」と、言葉を続ける。
ここでは患者さんを人道的に扱ってないと感じる看護師を彼女を含めて2、3人見た。自分たちのことを言ったのかな・・・。

     

 夕方になると「ご飯だからこっちへ来て」と奥の部屋に呼ばれた。「毎回ご飯はこの部屋で食べるからここへ来てね」と。
折りたたみテーブルがセットされたこの部屋で、このスペースで暮らしている人たち全員がここに集まって食べることになっているらしい。
「こんな生活でも住んでりゃ慣れるから」「ここ、ご飯は美味しいよ」「ねぇ」患者さんたちが口々に言っていた。確かにご飯は美味しかった。注ぎ分けられた状態でワゴンに乗せて持ってきた割には温かかった。真冬なのに。
でもさっき昼食を食べたばかりの私にはもう食事は苦しかった。
「薬飲まなきゃいけないから、食べて」「肉食べて」「ご飯食べて」「野菜食べて」「もうちょっと食べて…」くるし、、いらなぃ、、、食べれな・・・
私の訴えは聞き入れてもらえず後ろから複数の看護師が指示してくる。「もう、さっき食べたばっか!いらないから!!」私が強く言うと、
「もういいわー、この子…。」一人の看護師がそう言ってやっと解放された。
「薬は飲んでね」この日はその場で即座に薬を飲まされ部屋に戻った。
 
9時に布団を敷いて全員寝る。10人ぐらいで寝るので部屋いっぱいに布団が敷き詰められた状態だ。消灯時間は9時と決まっていて、電気をつけることはできないのだそう。
夜中にトイレ行きたくなったらどうしよう…
私の隣にはまなみさんが寝た。
 トイレの話だが、個室が7個くらいあって、まともに鍵がかかる所は1カ所もなかった。扉はすべてついているが鍵がない。1つだけついてる個室はあるんだけどコツがいるのか、かけたらなかなか外せない。15分ぐらいかけてやっと出てこられる感じだ。はじめは鍵をかけないなんて抵抗があって、この個室を選んで入っていたが、めんどくさくなって鍵のない個室でも入るようになった。慣れると抵抗もないし、人が入ってるドアを開けちゃったってのも普通になってくる。最初はびっくりしたのに。あと、ボットン便所で紙は備えていない。自分で買って(家族に買って補充してもらう)トイレに行く時、使う分だけ持っていくのだ。
患者のオバちゃんにもらったチリ紙の束はホントに助かった。気の狂った人が変なものよこしてきた…と思ってたけど、彼女はまともじゃないか。



       

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