Neetel Inside ニートノベル
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ぼくたちは死ぬべきだから
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 仕事をやめてしまった。


 前からつらいな、つらいな、と思っていたんだけれども、ついに限界がきた。会社でぶっ倒れて病院に運ばれた。そこで採血されて、ストレスホルモンが基準値を超えていることが判明した。どのみち勝てる勝負ではなかったのだ。俺はそのまま仕事をやめた。収入もないのにどう生きていけばいいのか。何もわからなかった。
 生活保護はかんたんに申請が降りた。俺の体はもうボロボロになっていて、労働基準に達していないらしい。逆にもうそれ以上は再就職も許可されず、俺の社会的人格は死滅した。俺には守るものもなかったし、別にどうでもよかった。明日がどうなろうと知ったことじゃなかった。俺は疲れていて、もう限界だった。それだけなのだ。
 生きるとはとても悲しい行為だった。ずっとずっとつらかった。どれだけ叫んでも誰にも届かない。通じたところで、誰も他人を助けられない。共喰いばかりだ。俺はとてもそれがいやで、なにもかもいやで、うんざりしていた。
 だからゾンビによる世界の終焉は願っていた通りのものだった。



 街で爆発が起こり、感染が拡大したらしい。俺は家にいたから無事だったが、都心のほうは悲惨な状況だ。だが、それがなんだというのだろう。どのみち世界は終わっていたのだ。俺が信じていたものをないがしろにした生き物どもが死んでいくのは見ていて痛快だった。みんな自分だけは助かると思っていたのだ。そうはいくか。みんな死ぬんだ。俺よりも先に死ね。
 武装を整えて、そうだ、外へ出てみようと思った。すると不思議なことが起こった。俺だけゾンビに狙われないのだ。きっと俺のような発達障害の遺伝子には感染させても意味がないとゾンビどもは判断してくれたのだろう。好かれなくてよかった。世界の終焉の時だけは愛されないことが武器になる。
 鉄パイプだけ持って、街を歩いた。そして生存者たちに追いかけられた。やつらは俺が嫌いなのだ。俺を殺せば世界がよくなるというおかしな思想に取り憑かれていて、大勢の生存者が俺に武器を向けてきた。俺はそのうちの一人を撃退した。動かなくなったが、じきにゾンビが噛んで動けるようにしてくれるだろう。なぜか涙が出た。それは悲しみの涙ではなかった。鬱陶しさ、めんどうくささ、月曜日に学校へ行かなければならない憂鬱の涙だった。
 どうして俺を攻撃するのだろう? こんなゾンビだらけの世界になって、どうしてまだ俺を攻撃するのだろう? 俺だって役に立つかもしれないじゃないか。話してみてくれたっていいじゃないか。いきなり武器を向けて攻撃してきた。ゾンビだってそんな不躾なことは俺にしないというのに。



 人間が多すぎることが問題だった。俺を傷つけるのはいつも人間だった。なのに残った人間どもまで俺を毛嫌いしてきた。どうしてなんだろう。俺は愛されたいだけなのに。
 自販機を壊して水を手に入れた。裕福そうな家の窓を破って忍び込み、夜を過ごした。俺はもう自分の魂を信じられない。この世界はどうなってしまうのだろう? だが、ひとまずは、きっと何不自由なく育ったであろう、ピアノのある家の女の子の部屋のベッドでぐっすり眠れるのは、世界が死んでくれたおかげだった。いいにおいがした。においによって哺乳類は性的な選別をするというけれど、だとすればなぜ男からはいいにおいがしても、女からは不快なにおいだと思われる齟齬が発生するのだろう。男と女では目指すべき子孫の性質が違うのだろうか。男はひたすらに子種をばらまいて数だけ多くしたがり、女は確実に優秀な遺伝子を残そうとするのだろうか。だとすればこれは男という生物と女という生物の生存競争であり、どちらがより多く自分の目的に近い子孫を残せるかというゲームなんだろうか。おかしな話だ。どうせ血を混ぜなければ繁殖できないのに。財布を共有しているカップルが、自分がほしいお土産を旅先でより多く買い取ろうとしているみたいだ。そこには利己的な真実しかない。財布を独り占めにしたいのに、そうすれば殺し合いになって絶滅するから、仕方なく手を取り合う。だとすれば俺は欲しい、絶対に自分に歯向かわない奴隷のパートナーが。殺し合うより、支配のほうがマシだ。


 翌朝、俺は目覚めた。扉のそばにパジャマ姿の女の子のゾンビが立っていた。自分のベッドを占領する見知らぬ男を、青紫色に染まった顔でじっと見ていた。そんな顔をするな。おまえだって生きていた頃、ただ生きて裕福であるというだけで、俺からたくさん奪っていったんだ。たんと味わえ。これが奪われるという気持ちなんだ。これが最低な気分というやつなんだ。死んだくらいで、おまえらが赦されるわけがないんだ。たんと苦しめ。俺のように。



 

       

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