Neetel Inside ニートノベル
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 地下鉄に逃げ込めばいいと思った。地上にはゾンビどもがウヨウヨしているが、地下にはまだ入り込んでいないはずだ。バリケードを作って全部の道を封鎖しちまえば、救助が来るまで持ちこたえられる。俺たちは無敵のサッカー部だ。こんなところで死ぬはずがない。誰かが持ってきたアサルトライフルを握り締めて、俺たちは階段を駆け下りた。背後を見ると、まだやつらは追ってきていた。

「ちくしょう! なんだってんだよ! 俺たちがなにしたってんだ!」
「黙って走れ!」

 俺はキャプテンだ。サッカーはチームプレーだ。だから俺は絶望して自棄になりかけていたやつの背中を思い切り蹴り飛ばした。恨みがましげな目で睨まれたが、このサル山のボスは俺だ。オスとして上なのが俺なんだ。それがわからないならぶっ殺してやる。そう思いながら睨みつけたら、やつは目を逸らした。これで決まりだ。俺がボスだ。

「はやく、はやく! やつらが入ってきちゃう!」

 メス女が泣きながら俺の隣を駆け下りていく。俺は地上を見上げながらアサルトライフルを乱射した。ちくしょう、あんなにとろくさい歩き方をしている連中に俺の弾丸はかすりもしなかった。なにか裏があるようにしか思えない、これだけ弾丸をバラまいてまともに当たらないなんて! どうして俺が当たらないんだ、俺のようなまともなやつが、こんな目に遭うはずがない!

「工藤、ねぇ工藤、どうしてこんなことに……そ、それにあいつ」
「うるせぇ! ゴチャゴチャぬかすな!」

 騒いで威勢よくしていなければ俺がライフルを外しまくっていることがバレてしまう。リーダーが不甲斐ないなんていうのはチームにとってなんのメリットもない。いま俺たちがバラバラになってどうする? 大切なのはまとまることであって、いま、俺たちを追いかけてきているゾンビどもを操っているのがクラスメイトで、そのクラスメイトが俺が手酷く振ってやった小泉杏里だなんてことはどうだっていいことだ、そうだ、どうだっていい、あの恨みがましげな目、そして俺へ復讐できることへの薄ら寒い喜びを噛み締めた唇。間違いなくあの女は俺を狙ってきているが、そんなことはどうだっていい、これはチームの危機なんだ。

「阿部、援護しろ! おまえだってショットガン持ってんだろ!」
「わ、わかってるよ、でも、これ、どうやって使えばいいのか……」
「ポンプアクションだよ!」
「ポンプアクションってなんだよ!」

 くそっ役に立たない。ポンプアクションがなにかなんて俺にだってわかるはずがない、適当に喋ってるんだ、少しは合わせてくれたっていいじゃないか? ガシャガシャやれば撃てるようになればいいだけだろうが! どうしてそんな簡単なこともできないんだ、ゴミが!

「ああーっ! 阿部くんが、阿部くんがぁっ!」
「ひああーっ!」

 阿部が喰われた。局部に噛みつかれ、目玉がひっくり返るほどの絶叫を上げながらのたうち回って死んだ。ゾンビどもが俺たちの作ったありあわせのバリケードですらないガラクタの小山を突き崩して進んでくる。死の行軍だ。そして階段のところにぼんやり立っている、ゾンビみたいに青白い顔をした小泉が、俺を見下ろしていた。なにかぶつくさ言っている。気味が悪いからライフルを向けたが、まるで守るようにゾンビが身体を乗り出してきて弾丸はすべて肉の壁に邪魔されて小泉に届かない。くそっ!

「どうしよう工藤、この先、行き止まりだよ!」
「なんでだよ! 線路はどこまでも続いてるはずだろォッ!?」
「列車が横転してるの!! ど、どうしよう!? ねぇどうすればいい!?」
「俺が知るかァッ!!」

 この糞バカ女、顔がいいからって付き合ってやったのに、どうしようだと? 少しは頭を使えよ列車が倒れてるなら窓ガラスでも割って先へ進むしかないだろゾンビはもうゾンビはもうこんなにも目の前に来てるんだぞ! 阿部が喰われたんだぞ! もう少し危機感を持って自分の頭で考えたらどうなんだ? 俺ばっかりか、俺ばっかり悪者か。いつだって俺のせいにされるんだ、キャプテンだから、兄貴だから、イケメンだから、運動神経バツグンだから。なんだって俺のせいになるんだ、その尻馬に乗ってラクしてきた糞女風情が、俺にどうしようだと? それを一番言いたいのは俺だ、俺なんだ!

「えっ、やだっちょっとやめ、あっ、ああああああアアアアアアアアアアアアアアああ!!!!!!!!!!」

 糞女がもたもたしているうちにゾンビに追いつかれて転がされ、顔面から枕木に顔をぶつけた。そのままむしゃむしゃと足から貪り食われる。手足から喰われるのが最悪だ。死ぬまで時間がいくらかかかる。俺はクソ女の手からふっ飛ばされた自動拳銃を拾い上げるとさっと悲惨な背後を見てから先へ進むことにした。

「工藤ォォォォォォォッ‼ だずげっ……逃げなッ……でッ…………アッ……」
「逃げるに決まってるだろ」

 小泉が追ってるのは俺なんだぞ。
 俺は横転した列車の窓ガラスをシューズで思い切り蹴り込んでぶち破った。よかった、まだ俺にツキはある。死んだ二人の分も俺は生きなきゃならないんだ。だがすぐに列車がどうして横転したのか理解した。列車の反対側には何もなかった。土砂崩れを起こしたのだ。崩落だ。いったいどうして? テロでもあったというのか。そもそもこれはどんなバカ騒ぎだっていうんだ? いきなり死者が蘇って人間を喰い始めた。俺たちは必死で逃げて、そしたら小泉が俺たちの前に現れて、そして、
 俺たちは小泉に銃を向けて、



「工藤くん」



 俺は横転した列車の中で、反対側の落石で潰された窓を傾いだ座席を踏みつけながら見上げていた。振り返ると俺が入ってきた
窓ガラスの枠から、小泉が顔を出していた。ブサイクなツラ。のっぺらとしていて、馬ヅラで、目にクマがひどく、唇が気持ち悪いほど小さい。一重まぶたで、眉毛が男みたいに濃い。それでも胸だけは大きいから、揉んでやるつもりで一ヶ月だけ付き合った。最悪の一ヶ月だった。痛がって泣きながら牛みたいに吠える女をバックから攻め立てる自分に嫌悪感で一杯だった。喘ぎ声すらブサイクは下品だ。だからそう言ってやった。小泉は泣いた。だからなんだ? 泣いてどうなる、ブスが直るか。こんな上玉の俺と本気で付き合えると思い上がったおまえが全部悪いんだ。身の程を知らないのか? 奇跡なんて起きねぇんだよ。阿部が喰われたように、バカな女が喰われたように、そして今、俺が……

「ひひっ」

 小泉が笑った。楽しそうに笑った。その瞳が青く輝き、すっと窓枠から首を引っ込めた。次に出てきたのは、無数の爛れた死者の手だった。少しずつ、少しずつ、ゾンビが入ってくる。逃げ場はない。俺はアサルトライフルを構えながら、64のゲームだったらバグ抜けできそうなほど列車の角に背中を張りつけて汗でぬめる手を何度も拭った。死にたくない。死にたくない。死にたくない……どうしてゾンビどもはあの女に従うんだろう? ゾンビと見分けのつかない生き物だからだろうか? だとしたら笑える。こんなやり方で復讐するなんて、人間以下だ。ゾンビ以下だ。くそったれ……ああ、やめろ、俺の足にさわるな、俺の足に


       

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