Neetel Inside ニートノベル
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 降りそうで降らない、そんな曇り空がどこまでも広がっている。

「大丈夫、藤堂? 疲れてない?」
「ああ、大丈夫だよ梓」

 どこかで誰かの悲鳴がした気がする。いちいち気にしていられない。
 学校から脱出した俺たちは崩壊した街を歩いていた。ハンドガンを構え、敵に用心しながら進んでいく。戦車や軍用車が大破しているが、これは近隣駐在自衛軍が急報を聞きつけて駆けつけたものだ。まだ数人のゾンビが群がって中の重装備をした隊員を貪っている。アサルトライフルが運転席からぶら下がっているのが見えたが、危険すぎて取りにはいけない。

「ひどい……どうしてこんなことに」
「さあ。それより、この事件の発生源を突き止めないと」
「どうして?」

 梓は俺の手を取り心配そうな顔をしてきた。

「藤堂が危険な目に遭うのは耐えられないよ……このままゾンビがいないところまで逃げられないの?」
「いや、それより真実を追いかけたい。いまここから逃げたら何もわからないまま終わってしまう」

 この事件を起こしたやつにしか聞けないことがある。それを聞くまではたとえ梓を連れていたとしても逃げるわけにはいかない。
 だが、どこへ向かえばいいのか皆目検討もつかない。このバイオハザードがどこまで広がっているのかも……いや、そうか。
 俺は今、どこまでこの現象が発生しているのかわからない。全世界規模なのか、それともこの街だけなのか? それを確かめるためには高いところへ登ってみるのが一番だ。スマホは圏外になっているから電波塔は機能不全を起こしたようだが……それでも街の混乱状況を高所から見ることで状況は把握できるはず。
 このあたりで一番高い建物は一つ隣の駅のライフタワー50だ。確か地下鉄直結の駅ビルだから最寄りの地下鉄から行けば歩いてもいけるだろう。

「梓、こっちだ」
「う、うん……」

 梓は不安そうになりつつもついてくる。手を繋いでいると梓の手の暖かさが滲んできて幸せな気持ちを味わえる。俺だけの特権だ。
 地下鉄……学校への通学に使っていたが、いつも嫌な空気が漂っていた。空調が詰まっていたんじゃないだろうか。あんなところに人間を押し込めたりするから妙なウイルスが蔓延するのだ。サッカー部の連中のバカ笑いを思い出す。何が楽しくてあんなに笑っていたんだろう。理解不能だ。だが、もうすでに立場は逆転した。俺が王で、やつらが奴隷になったのだ。このチカラのおかげで。
 その証拠に、地下鉄へ降りていく階段の途中で阿部が死んでいた。下半身から下を食いちぎられている。可哀想にな。授業のサッカーで散々俺を足手まといしていたおまえにもう足はないんだ。自慢の足はどっかのゾンビの腹の中だ。ざまぁみろ。俺は思い切り阿部の頭を蹴っ飛ばすと、首がごきりと嫌な音がしてひっくり返った。梓が悲鳴をあげる。

「あ、阿部くん……どうして……」
「バカだから捕まったんだ。いや、足が遅くてノロマだからか。サッカーなんかやってたって糞の役にも立たねぇじゃねぇか。バカバカしい。実にバカバカしいゲームだよ。そう思うだろ?」
「う、うん」
「ショットガンか……」

 阿部のそばにショットガンが転がっている。中を調べてみると一発も撃たれていなかった。おそらく撃ち方がよくわからなかったんだろう。俺は常日頃から銃器を調べて学校の連中を皆殺しにする妄想をしていたから、どんな銃器も扱える。これも約得というやつだ。この世界では、俺が正しいんだ。阿部ごときじゃなく。

「もらっておいてやるよ、阿部」

 俺は阿部の死体を階段の下の闇まで蹴り転がした。物音はしない。阿部を殺したゾンビどもはもう去ったようだ。俺はあたりにサッカー部キャプテンの工藤がいないか探したが、顔もわからないほど喰われた女子生徒が一体転がっているだけだった。

「隣駅か……どうするかな」

 俺は周囲を見回して、改札横の駅員がいる詰め所を調べた。案の定、防災用バッグがそのまま残されていて、その中に非常食や懐中電灯などが残されていた。これがそっくりそのままゾンビ世界では役に立つ。俺は少し肌寒そうにしている梓にブランケットをかけてやった。

「ありがとう、藤堂」
「なら、抱き締めてくれ」
「うん、わかった」

 梓が俺をハグする。俺はそこから伝わってくる暖かさを取りこぼさないように閉じ込めておきたかった。しかし何分、何十分ハグしても、離れるとすぐに冷えた。なぜだろう。俺には、熱が逃げていく体質でもあるのだろうか。
 悲しい体質だった。

       

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