幼い頃、稽古は痛みとの戦いだった。

 コバックスは、相手が子供であろうと全く容赦がなかった。
 棍棒で血反吐を吐くまで叩きのめし、地に臥せれば容赦なく背を打ち据えた。

 いつ終わるとも知れない稽古を繰り返し、痣の痛みを堪えながら食事と睡眠を取る。その毎日であったが、幼いシグレにとって、決して悪い生活ではなかった。

 物心が付く前に母のチグサが死に、父のゴンゾウは家庭を顧みなかった。

 シグレはコバックスに対して、父にも似た感情を抱いていた。糞尿塗れの身体を洗い、衣服を着せ、食事を与え、生きる術を教えた彼に、愛を伝えたかった。

 そして、コバックスが五十二歳の誕生日を迎えた日、十三歳のシグレは摘んだカスミソウで押し花を作り、夕食を終えた頃に手渡した。だが、コバックスは失望した表情を浮かべると、何も言わずに寝室に入って行った。

 悲しみに暮れたままシグレが眠りに付き、やがて目覚めた頃、コバックスは姿を消していた。途方に暮れたシグレに残されたのは、かつてコバックスの死んだ妻が身に着けていたワタリガラスを模したヘルメットだった。

 父と思った二人の男に捨てられ、独りとなったシグレは、ただ生き抜く為に、各地で殺しの術を学んだ。人を殺し、生を得る事に、初めから躊躇いは無かった。誰よりも早く殺しの術を覚えられた上に、其れ以外に自分が出来る事は無いと思っていた。

 やがて、千寿における抗争の末、シグレは街を出た。

 昔から、明るい場所は好きではなかった。自分の姿が露わとなる瞬間が尚又嫌だった。

 今も、シグレは屋敷内の中庭を、日を避ける様に歩いている。

 コバックスは少しも気にする事なく日の下を歩いているが、二人の距離は一定の距離が空いていた。

「偶には親子の散歩も良いな、シグレ。」

「何も話す事はない。」

「そう言うな。お前に貰った押し花は、今でも大切に持っているぞ。」

「なら、なぜ姿を消した。」

 コバックスは足を止めると、その場で振り返った。

「今なら、お前も分かるだろう? あの時、俺が去らねば、二人共駄目になっていた。」

「薄情な父親だ。」

 コバックスは、ふっと笑うと、袖から銀の短槍を伸ばした。

「久しぶりに稽古を付けてやるぞ? あの時の様に。」

「此方こそ、長い屋敷暮らしで腕が鈍っていないか、確かめてやる。」

 シグレもまた、袖から銀の短槍を伸ばした。

 二人の周りを風が囲んだ。そして、嵐に散った欅の葉が旋風を成した。

「大人になったな、シグレ。」

 次の瞬間、二つの風が交差し、辺りに金属の音が鳴り響いた。